第一話1 Evening
もう日が暮れかかっていた。壊れたビルの残骸の瓦礫の中をいくつかの大きな影がせわしなく動き回っている。それらは瓦礫を持ち上げてはトラックに積み上げていた。
「おい! アサヒ! もう上がっていいってよ!」
そう呼びかけられて一つの大きな影の動きが止まる。
四本のアメンボのような脚とむき出しの運転席、そしてそこから伸びる二本の巨大なアーム。無骨にもほどがあるガラクタだったが、驚くほどに滑らかにそれは瓦礫の山を降りてきた。
「やるなあ、アサヒ。お前の操縦技術はやっぱ半端ねえわ」
先ほどその機械に呼びかけた大柄な青年が、朗らかに笑いながらその機械に近づいて行く。
泥だらけのボンタンに赤い丸が雑に描かれた白いTシャツを着た整備士の茶髪の男だった。
大きな駆動音を立てていた巨大な機械が静かになると、運転席に座っていた黒髪の青年が軽く息をついてから飛び降りた。こちらも同じように泥まみれの作業着に身を包んでいる。ただ、こちらのシャツには何も描かれていなかった。
「そんなことないだろ、どこにでもいるって、このぐらいできる奴」
「なわけねえだろ! サポート無しでイレイザー動かせる奴なんてお前しかいねえよ」
武装換装式多脚戦術機イレイザー。
先ほどまで動き回っていた機械の通称だ。
戦車の無限軌道を脚に変え、砲塔に腕を取り付けたようないびつな見た目だが、その腕によって人間と同じように武器を取り替えてあらゆる戦況に対応できる。
現代の戦場の主役であり、作業機械として生活の中でも多くが使われていた。
もちろんここで使われているガラクタは時代遅れの作業用機械だったが、イレイザーには共通の弱点があった。
「サポートねえ……」
そう、あまりにも操縦が難しすぎるため、基本的には一人では動かせないのである。
作業用イレイザーですら五人程度の遠隔サポートが必要になる。軍事用に至っては機体によっては十五人を越すほどだ。
イレイザーの登場からかれこれ七十年は経っているが、コンピュータが発達した今でもそれは変わっていない。あらゆる戦況に対応する、という謳い文句が皮肉にもコンピュータ制御を難しくしていた。
「絶対探せばいるって」
「いない! だからさあ……」
にやっ、と大柄な青年が口元を歪めた。それに対しむしろ少年に近いかもしれない青年、アサヒは嫌そうな顔をして彼の言葉を遮った。
「またレジスタンスとか言ってるのか、シゲ」
「頼むよぉ〜入ってくれよぉ〜」
「嫌だっつってんだろ、他を当たってくれ。第一俺なんて勧誘してもなんにもならないよ、興味ないしな」
「それでも日本国民かお前は!」
「日本人の血は半分だけだよ」
そう言う彼の目は翡翠色だった。確かに純粋な日本人ではなさそうだ。
「なら日本人だろ! 取り戻したくないのかよ、この国を!」
その大声に、周りで作業していた人々がちらり、とこっちを見て「またか」というような顔で作業の片付けに戻っていった。ぎこちない動きで数機のイレイザーが瓦礫の山を降りていく。
真ん中あたりから綺麗に丸く食い取られたかのようなビルの廃墟の影がゆっくりと伸びて彼らのいる作業現場を覆い尽くして行く。
もう日本という国は存在しなかった。
西暦千九百四十五年、日本は太平洋戦争に負けた。
度重なる敗北と空襲で疲弊していた日本にとどめを刺したのは、当時のイギリスの企業が開発した最新式の戦車、イレイザーの本土上陸だった。
イレイザーは連合国全てに技術供与され、ありとあらゆる国がこぞって日本を蹂躙した。
圧倒的な火力と耐久性の前に日本人はなす術も無く、国会議事堂の陥落でもって政府は消滅し日本は敗戦を迎えた。
そこから先は地獄だった。上陸した国々や戦時中日本に占領されていた国たちによって日本は数十に分割、占領され植民地となった。
そこから世界は西側と東側に別れ、新たな戦争へと突入したが、従来兵器から見て圧倒的な機動力と殲滅力、そして汎用性を誇るイレイザーにとって、お互いの国を滅ぼす事など容易いことは誰の目から見ても分かっていた。
そのため、冷戦という戦いの無い戦争へと世界は進んでいった。
しかし、日本に至っては違った。
この島国は数十の国家が一同に会する世界の縮図だったのだ。
世界は日本という島国を戦争のためのコロシアムとして使った。それは、本国の平和を保ちつつ武力を持って戦争ができる画期的な手法だった。
イレイザーによって数万回にも及ぶ戦闘を繰り広げられ、町も都も焦土になり、かつてアジアを支配した帝国の姿は消えた。
それから停戦と再開が繰り広げられ、未だに世界にとっての冷戦は終わらないまま今に至っている。
「お前さ、俺らニホンジンに何の力があるわけ? 戦争を終わらせる? 日本を取り戻す? 無理に決まってんだろ。ていうか厄介事に巻き込まないでくれ」
「いや、できる可能性があるから言ってんだよ! 頼むよ、お前のその操縦テクが必要なんだ!」
「……操縦テク? まさかお前ら、軍事用のイレイザーを……?」
アサヒが眉をひそめるとシゲと呼ばれた青年はしまった、というような顔になって口を押さえた。そして顔を寄せると困ったような顔をして両手を合わせた。
「今のことは忘れてくれ!」
「あぁ、忘れた。レジスタンスの勧誘も全部忘れたわ、じゃあ帰る」
「あっくそっ! 待って! ウェイト!」
「英語使うなよニホンジン。シーユー」
ひらひらと手を振って踵を返すアサヒに対し、シゲはがっくりと肩を落とした。
「あいつは面倒くさがりじゃなけりゃなあ」
そう彼がぼやいていると、後ろから近づいてきていたヒゲでマッチョな主任がお前もとっとと片付けしろや、と頭に拳骨した。
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