第4話 終

 終 雨開【あまあけ】


 例大祭から一月。どことなく盛夏の中にも秋の気配が僅かに漂い始める八月末。

 真尋は例大祭の片付けが一段落した二日後に、大学の寮へ戻った。寂しい気持ちはあったが、今では頻繁にやりとりするようになったメールや電話が二人を結びつけてくれている。

「おはよう小春ちゃん。今朝は少し涼しいのう」

「あ、おはようございます、辰田さん」

「この暑い夏に涼しいと感じるのはおぬし位のもんだ、タツよ」

「木常さんもおはようございます」

「何じゃとうっ、このすかした爺ぃが!」

 辰田と木常が睨み合う。そうやって喧嘩しながらも、結局二人は仲がいいのだ。とりあえず小春は二人の気が済むまで放っておく事にして、境内を掃き清める箒を動かした。

 あの騒動の時気付けば姿を消していた辰田と木常だったが、祭りが終わった後にあらためて二人は小春の前に姿を現し言ったのだ。

『もうわかっておるじゃろうが、わしは龍女様の使いでの。普段は天におられる龍女様に代わって、龍神様のご様子をお伺いしておったのじゃ』

『タツとは別で、わしは稲荷神様の使いだ。わしの仕える稲荷神様はその昔、龍神様の母御と縁があってな。その子供であられる龍神様の事も気に掛けておられるのだ』

『そこでわしとツネの二人で、要らぬ世話を焼いていたという訳なんじゃよ、小春ちゃん』

『まあ小春ちゃん程わしらの事を疑わん人間も珍しかったし、わしらも随分楽しい時間を過ごしたもんだ』

『そういう訳じゃから、わしらの存在を口止めしたんじゃが、あの子倅めには気付かれておったのが口惜しいのう、タツよ』

『末の小倅は、なかなかに侮れん小童よ、ツネ』

 神様だの神使だの話のスケールが違いすぎて、正直小春にはそれが現実の事だとはとても思えなかった。人をくったような、いつもの二人の作り話を聞いているとしか感じられない自分は、やっぱり真尋の言う通り鈍いのかもしれない。

 それに辰田と木常が人間ではないと知った時には驚きも多少の恐怖もあったが、今では以前のように気安い常連の氏子だと思えるのだから、自分という人間の神経は随分図太く出来ていると小春は思う。

「そうだ小春ちゃん。忘れるところだった」

 木常が腰の曲がった辰田を羽交い絞めにしながら、急に思い出したように声を掛ける。

 それって他人が見たらどうなのよ、と小春は心の中で突っ込むが、どうやらこの二人の老人は小春以外の人間には見えていないようなので、とりあえずはよしとした。

「今朝方、稲荷神様よりお言葉があっての。龍神様の天界での修行も順調のようで、あの笛吹きの小僧が戻って来る頃には修行も一段落するだろう故、こちらへ戻れるだろうとのことよ」

「え、龍神様、戻って来られるの!?」

 小春は嬉しげな声を上げた。

「そればかりではないぞ小春ちゃん。わしは龍神様より直々のお言づけを頂いての。『私が戻ったあかつきには舞巫女を引退するなどとは言わせぬ故、心しておけ』と。いやあ小春ちゃん程龍神様の御加護のある者はそうは居ないのう。ここへ来る度、雨に降られるのがその証拠じゃ」

 辰田が背後の木常を逆に訳の分からない関節技で締め上げながら、言い添えた。

「―――え、ええ~……」

 小春は嫌な予感がした。そして何となく真尋の言っていた言葉の意味が、今ようやく理解できたような気がした。

「と、とりあえず、今日もいい天気よね!」

 嫌な予感を吹き飛ばそうと空を見上げた小春の鼻の頭に、ぽつり、と大粒の雨粒が落ちたのだった。       

    

(了)

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雨や雨 のり @nori-n

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