短編 推理談義

貝塚息吹

第1話推理談義

 夕日の光が差す教室の中、黒板にチョークで文字を書き、なぜか楽しそうに一人の少女は何かを書いている。黒い髪を腰ぐらいまで伸ばし、セーラー服を身に纏っている。その少女はチョークを書き終え、満足げな表情で振り向いた。

 振り向いた先には、机と椅子がずらりと並び、その中の二つを少年と少女が使っている。少年は、頬杖をついて退屈そうにしながら眠たげな目を黒板に向けている。

 少女の方はというと、笑顔を浮かべながら椅子に持たれることもなく、いい姿勢で黒板の文字を見ていた。


「後輩君と妹ちゃん、話を始めよう」


 黒板の前に立っている少女、黒嶋逸子は二人の顔色を伺いながらそう言った。

 黒板には、推理談義、と書かれてある。


「唐突にどうしたんですか、先輩」


 心底面倒だと言わんばかりに、嫌そうな顔をしながら後輩君と呼ばれた少年、波野晴は答える。


「ちょっとした話し合いだよ。殺人事件が起きた時の対処法でも考えようっていうものさ」

「先輩さんって、そういう本読むんですか?」

「なんだい、妹ちゃん。私に興味を持ってくれたなら嬉しいな」

「明日、先輩さんの靴箱に蜂蜜ぶちまけてあげますね?」

「悪質過ぎない!?」


 的はずれな逸子の返答に平然とそう返す妹ちゃんと呼ばれている少女、波野枢。逸子の妹というわけではなく、晴の妹である。


「とりあえず、殺人事件が起こった前提で話を進めるんですね?」

「そういうこと。妹ちゃんも理解できたかな?」

「いいから、話進めてください」

「あ、うん。殺人事件でトリックが使われた場合を想定すると、どんなトリックがあるかなってね」


 枢に気圧されて、逸子は話を進める。


「私たち自身がそういう事態に遭遇する場合、使われないトリックってなんだと思う?」

「叙述トリックですね?」

「さすが妹ちゃん、即答でびっくりした」

「先輩さんよりも出来がいいですから」

「辛辣過ぎない!?」

「叙述トリックってあれですよね。母の妹、つまりおばさんに当たる人が実は副担任だったっていう」

「後輩君、具体的過ぎるよ! その例ホラーじゃん! 推理ものじゃないよね!?」

「妥当な例を出すなら、ストーカーから手紙が送られてきて、見張ってそれを防ごうとしても怪しい人物がポストに手紙を入れることはなかった。正解は郵便配達の人ってやつですよね」

「そういうこと。文章でしか見てないからこそ使える作者が読者に直接仕掛けるトリックだよ」


 枢にもう一度暴言を吐かれるのではないか、と心配していた逸子だが、ちゃんとした説明だったので、ホッと胸を撫で下ろした。


「でも、他にも使えないやつってあるんじゃないですか?」

「ほう。後輩君、それはなんだい?」

「見立て殺人って実際、ないと思うんですけど」

「わらべ歌に見立てて殺人を犯す、みたいなやつだね。確かにあまりなさそうではあるね」

「こんなところでしょうね。案外、先輩さんってこういうこと知ってるんですね」


 感心したように枢は言う。

 晴も内心、感心していた。枢から暴言を吐かれて、年上としての威厳を完全に損なっていたが、だんだんと取り戻したようで、表情も少し明るくなっている。普段からこの様子だと美人なのになぁ、と晴は物思いに耽っていた。


「後輩君、ちゃんと話を聞いてほしいな。何か考え事でも?」

「先輩は普段からやたらどや顔とかふふんって言いそうな顔しているから対応が面倒くさいなって思ってただけですよ」

「後輩君までひどい!」

「私の愚かな兄さんですから」

「お前暴言大好きだな」

「普段は言ってませんから大好きじゃないんですけど。兄さん勝手に人の趣味決めるのやめてもらえませんか」

「待って、二人とも話それてるから。あと、怖いから妹ちゃんストップ」

「そうですね。じゃあ、使われるとしたらどんなトリックだと思うんですか?」

「妹ちゃん、よくぞ聞いてくれた。やっぱり妥当なのはアリバイだろう。といってもそのトリックは私はあんまり知らないんだけどね」


 と言って、逸子は口を閉じる。私は知らないから二人が例を挙げろ、ということだろう。


「自分が知ってるのは時計ですね。といっても、これはクローズドサークルの場合なんですけどね」

「クローズドサークルってある程度の場所の外にはいけない、みたいなものですからね。館とか、絶海の孤島とか、噴火した山とか、あとは橋が落ちた田舎の村とかですかね。ああ、あと雪山の山荘とかも含まれるんでしょうね」

「……妹ちゃん物知りだね。で、後輩君。その例っていうのは?」

「時計ですね。時計の秒針が進む速さが違うから、本来の時間と違うっていうやつですね。詳しく覚えてませんけど」

「それは、カップラーメンが三分のはずが二分三十秒で不味いって話ですよね、兄さん?」

「お前よく知ってんな」

「兄さんより出来がいいですから」


 枢は笑顔で言い放つ。


「えっと、それは妹ちゃんの決め台詞?」

「普通の言葉ですけど、何か文句でも?」

「ごめんなさい、何でもないです」

「先輩、枢はほっといて話進めましょうよ」

「そうだね。さて、他のトリックの話でもしようか。やっぱり有名なものがいいかな」

「それだと血を凍らせて武器にしたり、氷を凶器にするパターンですね」

「ああ、氷の時間差のトリックが見た目は子供、頭脳は大人のやつでやってましたね」

「後輩君、もうちょっと隠そうよ!」

「そういう遠くにいても大丈夫な話だと、密室でも使えますからね」

「密室の場合はやっぱり、針と糸を使ったトリックが多いのかな?」

「それよりも、鍵自体に何かトリックを使おうって話をよく見かけますね。正直、手間がかかることをしなくても、窓壊したりとかドア開けっぱなしの方が絶対楽だと思いますけどね」

「妹ちゃん、それぞれ事情があるからそれは言ったらダメ」

「ちぇっ」


 枢は不服そうな顔をする。現実的じゃない話は枢はそんなに好きではないのだ。


「でも、館ものだったらやっぱり秘密の抜け道も」

「中村さんですか」

「後輩君、具体例出しすぎだから!」

「でも結局あれですよね。殺人事件に遭遇しても先輩さんはまず、探偵役にはなりませんから」

「否めないけど、それは言わないでほしかった!」

「先輩さんが推理して失敗しなくても、勝手に解決しますよ」

「なんで失敗する前提なの!? もし、将来の職業の知識とかが役に立つかもしれないでしょ!」

「医者が死体を調べるみたいな感じですね」

「後輩君、いい例を出してくれた」

「先輩さんの将来……鳥とかの追い払い方ですか?」

「何の職業!?」

「かかし」

「職業ですらないよ!?」

「えっ、これ以上まともな職につけるんですか?」

「妹ちゃんの毒舌がすごい! 後輩君助けて!」


 さすがに枢の相手をし続けるのは逸子には無理があるらしく、それなりに疲弊してるようだ。一番年齢が高いにも関わらず、力が完全に逸子が一番下になっている。


「つまり、先輩には謎は解けないってことですよ」

「兄さんの言う通りですし、先輩さんは放っておいていいんです」

「でも、謎は解くものでしょ?」

「悪が滅びるのは不滅のお約束ごとですから、犯人は大体捕まりますって」

「妹ちゃん、それらしいこと言って終わらせようとしてない?」

「そろそろ帰りたいですから」

「直球過ぎるよ!」


 ふと、逸子が時計を見ると、もう少しで下校時刻だった。


「でも、今日はそろそろ解散にしようか」

「明日もあるんですか?」

「後輩君、愚問だよ」

「兄さん、明日は勝手に帰りましょう」

「わかりましたもうしません。妹ちゃん、そろそろ勘弁してほしいなぁ……」

「では、私と兄さんはこれで失礼しますね」

「無視!? さようなら、また明日会おう」


 このあとも逸子は推理談義をしようとしていたが、果たしてすることになったのか、それは別のお話。

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