私のそばに貴方はいない
カタカタカタと滑らかにキーボードが鳴る。いくら薄くなっても、その音が小さくなっても、それらは一定のリズムを刻む。
「お先に失礼します」
私の目の前のディスプレイはもう真っ暗だ。しかし、小気味良いリズムは鳴り止まない。
「お疲れ様ー」
「お疲れ」
リズムを刻む二人が画面から目を話さず応える。私はそんな二人を流し目に見て部屋を出る。
こんな気持ちになるなら最後までいればいいのに。
私は無意識にスマートフォンの電源に触れ、明るくなったディスプレイを確認してまたすぐ電源ボタンを押した。
何をするでもない。意味のない癖。
いや、違う。
私は、ほんの少しだけ、指に指令を送ったのだ。
メール、しちゃいなよ。
だけど、その指令はいつも途中で終わる。
オフィスに残された二人に、私の入る余地などない。
私の気持ちは、二人の奇妙な関係よりもまっさらで純粋で、真っ当なはずなのに、甘ったるい匂いでもなく、逆にぐずぐずと腐った臭いでもなく、ただただその時を流れるさらりとした風のような二人の前では私の方が酷く醜い。
容姿端麗でもなく、女子力と言われるお手入れもそんなにしていないだろう先輩は、それでも笑顔が素敵で、仕事もできて結婚もしていて。
中途採用の彼は奇しくも同い年で、話題も合うし優しくて気が配れて、それでいて仕事もテキパキとこなす、私の好きな人。
私だって負けていない。負けては、いないのだ。ただ一歩踏み出せないだけ。なのに、彼がこちらを見ないのを先輩のせいにしている。
先輩がいなかったら?あの事をみんなにばらしたら?……旦那さんに、ばらしたら?
彼と先輩の関係が、世間で言うもので無くても、それは、既成事実がないだけで精神上ではもうそうなんじゃないかと思ってしまう。きっと、精神上も、まだ、そうではないのだけど。でもいずれ、そうなると、そこまで考えて私は唇を噛んだ。
この痛みがある内は、まだ駄目なのだ。
貴方はいつまでたっても、私のそばにはいない。
Side story Jami @harujami
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