君はいつもそこにいる。

 人妻。という言葉はどこかイヤラシイ響きがあってあまり好きではない。現実に、誰かの妻であるからこの言葉はあっているし、自分もやっと適齢期のうちにそうなれたのだから文句は言えない。

 夫、夫という言葉も難しい。旦那、もっとしっくりこない。悩むが夫としよう。

 夫となってくれた人は優しく、ありふれた小さな衝突以外はお互いのことを尊重しあい信頼しあっている。つまり満足している。


 しかし私には一つ。夫に秘密にしていることがある。


「今日もいいかね?」


 疲れてヘトヘトで、このままデスクで一夜明かしてもいいくらい動きたくないそんな日は、いつも少し離れたデスクの後輩君に声をかける。後輩君といってもさほど歳は離れていないし、中途採用で付き合いもとても長いわけでもないのに最初から馬が合うように仲良くなれた。もちろん、邪な考えなんて一ミリも思ったことはない。だからこそ、最初はノリで彼の家に行った。姉が弟の(女友達が男友達の、の方が近い?)家に気軽に家に行くように、自分の家まで帰りつく気力がない日には彼の家にお邪魔するようになってから私に奇妙な日常が生まれた。彼も呆れた顔はするものの、嫌な顔はせず普通に家に招いてくれる。

 私はそんな彼に甘えて、置き服までして。いちいち用意するのも面倒臭いしね。もちろん洗濯は自分の家でする。


 ここで確認しておきますが、私は夫に満足しているし、愛もあるし、他の男に目移りなんてする気はない。秘密にするのは変な誤解で夫を傷つけたくないから。不信感を持たれたくないから。

 これは少し自分勝手かもしれない。もし仮に、万が一に、彼が変な気を起こしたら、私は、抵抗しないと思うし。それだけのリスクと、そんなことは起こしてこない謎の確信。私はあまり深くは考えずただ行動している。


「もうちょとしたら顔洗う…」


 独り言のように、夢うつつに声を出すと、彼のため息が返ってきた。

 今日も彼は眠気に負けて床に寝そべる私に声をかけるだけ。触れないことが妙に生々しくて逆効果だよってつっこみたくなる。でもそれが心地よくてそのまま、寝てしまう。


 きっと彼はそこにいるだろう。

 いつも、少し離れた、その先に。

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