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カランランラ…
ドアベルの余震音がかすかに聴こえる中、先に開いた口を動かしたのは翼を携えている彼女だった。
「オリフェ!アンタも今ちゃんと聞いたわよね!?”募集を見た”って!あらヤダ、アタシったら学ばずとも魔法が使えるようになったのかしら!天性の才能がようやく開花したのかしら!引き寄せの術かしら!ほらほらいつまでも座ってないで迎えてあげなさいよ!」
高揚をあらわにしながら彼の左肩の袖生地を口ばしで引っ張ろうとしているのだが、彼の10分の1程しかない身長と大きさでは当然彼を使役することは叶わず、自発的に立ち上がるのを待つしかなかった。
彼…オリフェと呼ばれた者は、目を細めて微笑んでいた表情のまま、少し首をかしげながら入口付近で硬直したままの彼女に近づいた。
身長156…いや、膝小僧が隠れるくらいの編み上げブーツにヒールがあるため151センチくらい…。
足元のブーツしか着衣はわからず、年中涼しい気候であるディオルアに似合わない、深緑の薄汚れた分厚いマントをフードまでしっかり身にまとっていた。
フードの影に隠れ、表情が読み取れない。
オリフェが一歩ずつ近づいていこうとも鼻筋と口元がわかる程度だった。
ただ、彼は首を傾げただけで、不信感は一切醸し出さず、そして表情も濁すことはなかった。
「いらっしゃいませ。わざわざお店に出向いてきてくれてありがとうございます。このまま面接志望ということですかね?」
二人の距離は1メートル少しだというのに、彼の声が届いていないのか聴力がすこぶる劣っているのか、彼女からの返答はなかった。
「……?」
オリフェは右に傾げていた首を左に移し替えた。
「……し…喋ってる…」
「?」
左に移し替えた首を元に戻す。
「とり…鳥が……鳥が喋ってる………っ!!」
オリフェの声は本当に届いていなかったようで、ようやく硬直魔法から解けた彼女の人差し指は、オリフェを通り越した後ろのカウンターに留まっている”鳥”に向けられた。
潤いのない擦れていた声のボリュームが徐々に上がっていく。
「ま、魔物は言語を話さないのに…!それはどんな術であっても不可能だって証明されているのに…!」
「あら…」
「ほら!また喋ってる…!”あら”って言った!婦人みたいに”あら”って言った!」
「なにこの小娘。いきなり喋り出したかと思えばピーピー五月蠅いわね。どっちが鳥なのかしら。ま、アタシは”ピーピー”なんて生まれてこのかた、擬音として発したことはないけれどね。それに鳥じゃないわよ、あんな捕食される人生で終えるだけの下等で粗末な魔物と一緒にしないでほしいわねっ。あ~ヤダヤダ」
「困惑してしまっているのは紛れもなく君が原因だよ、ジェシラ。毎度毎度看板ペットのように振舞ってほしいと頼んでいるのに、気が緩んだらすぐ普通に喋ってしまうのだから…」
オリフェは”ジェシラ”を固有名詞として呼ぶ鳥…に対して振り返らず、わなわなと震え続ける彼女に目線を向けたまま、腕を組み嘆息を漏らした。
コホン
悪い空気を正すかのように、いかにもわざとらしく咳払いをする。
「ええと…とりあえず落ち着いてもらえないかな。詳しくは説明し難いんだけれど、彼女は鳥ではなく正しくは”水竜”。つけ加えるとすると、この状態は本来の姿ではない、まぁごもっともだと思うけれどね。全然竜らしくないからね」
「大きなお世話だわっ」
ジェシラが羽を広げ滑らかな飛行と共にオリフェの左肩に留まる。
「ま・ず。そんな戯言を抜かす前にフードをとって顔を見せたらどうかしら。それってどこの国でも、対人でも対竜でも基本的に持ち備えておくべき常識だと思うわ。拒むのであれば何か犯した逃亡者か対人恐怖症かコミュ障か極度の恥ずかしがり屋か…。なんであれ好意は持てないわね、アンタに対して。面接をする段階を踏むまでもなく回れ右をしてお見送りさせていただく…—」
「ジェシラ、いい加減稚拙な発言はやめなさい」
彼は表情を一変も二変もせず声色も変えず微笑みながら割り込んで言った。
子供をあやすのと同じような柔らかい印象の言葉だったにも関わらず、ジェシラはマスコット人形に変えられてしまったかのように発言も動きも止まってしまった。
それを不思議に思ったのか戸惑いを匂わせながら彼女は右手でコートを掴む。
「ご、ごめんなさい。今…とります…」
ファサ…
フードから顔を出した女性…いや、この一瞬で少女とわかる幼さがある。
真ん中の旋毛に近いところから混じり気の一切ない金色の髪を二つに結び、そこから刺繍の入った髪紐と重ねて三つ編みを結っている。
長さは腰下ほどまで続いていた。
それと比べて、髪と同色の麻呂眉の上までしかない乱雑な切り口の前髪。
耳前には、高い三つ編みには結えなかったであろう、はみ出た毛がピヨッと出ている。
猫目の大きな瞳はダルマギクの花びらのような薄紫の色がキラキラ輝くようだった。
その薄紫の瞳を引き立てるかのように対照的なほどの褐色な……———
「あ、あ、あ、アンタ…その肌の色……っっ!!アンタまさか……火竜!?」
ジェシラはキャーキャーと騒ぎ立てながら左肩から遠くへ飛び逃げ、カウンターの影に隠れた。
その姿は正に”ピーピー”と鳴く鳥とそう変わりなかった。
恐る恐るカウンターから顔を出す。
「アンタ!!一体なんの目的で人族の地におりてきたの!?まさか…竜の
その後もピーピー罵詈雑言をたやさない鳥を他所に、オリフェは怯えた様子の彼女の瞳をまじまじと覗き込んでいた。
「確かに竜が生力を用いて”竜人族”のように人族化すると、火竜の場合は褐色の肌と紫色の瞳が特徴として挙げられている…。間近で確認することは少ないけれど、君の瞳はどうにも色素が薄い気がするね。その上分厚いグローブから見ても火竜特有の大きく凄まじい爪は持ち合わせていないようだ。もしかしてなんだけれど君は……——」
「そうです…。生力で人族化しているわけじゃないんです。私は人族と火竜から生まれました」
「なるほど」
「生力は生まれてこの方無いので使えません。なので竜の姿になれないし、なったことがありません。勿論襲うつもりなんてありません」
声に迫力はなかったが、それでも必死の弁解に受け止められた。
十分に伝わっているのか、オリフェは彼女の旋毛あたり…正確に言うと三つ編みが邪魔で撫でるところがそこしかなかったのだが…柔らかく撫でた。
「君のことをそんな風に偏見して決めつけてはいないよ。ジェシラ…あ、彼女はジェシラという名前なんだけれどね、彼女は水竜だから本能的に火竜が苦手なだけなんだ。どうか大目に見てあげてほしい。…それで今教えてくれたことに対して質問したいんだけれど大丈夫かな」
「…はい」
「君なら同じ年を生きている火竜より幾分詳しいとは思うけれど、古来から火竜と人族は敵対関係。水竜が人族に溶け込み共存することで他の竜から守ってくれている。だから今は抗戦も少なく冷戦状態。まぁ、たまに自分の実力を誇示するために戦いを挑む愚か者もいるけれどね、人族であれ竜であれ、ね。それでも互いを忌み嫌っているのはいつになっても変わらない。互いが互いの地で生活する…それどころか近づくことも許してはくれない。君の家族は一体どこで暮らしているのかな」
どれかの言葉に引っかかったのか、彼女は眉間にしわを寄せて俯いた。オリフェは話題を変えるべきかと口を開こうとしたのだが、すぐに前を向き直し、その表情は何か覚悟を背負ったような気合の入った顔つきに一変していた。
「最近までは火竜の地、『ジャーマセロ』で身を隠して生活していました。火竜同士は内戦が多いので、まわりと同様私たち家族も縄張りを転々としていました。でも………わ、私のせいで…見つかってしまって………。人族との子を宿す禁忌を犯したお母さんはかつて仲間だった火竜たちに捕縛され、家族を守ろうと立ち向かったお父さんは…………っ…――――」
彼女の鼻をすする音が響く。
「ディオルアには竜人族がいるからお前でも身を隠せるってお父さんが言ったから、言う通りにここまで逃げこんだけど…宿泊するにも電車を乗るにも物を買うにも個人カードが必要だなんて知らなくて…。そもそも人族の貨幣を持ってないし…。人目を盗んで魔物を狩るにも限界で……それで………チラシをみて……」
「うん。話してくれてありがとう。じゃあ…あ、痛い痛い」
ぐいっ
カウンターで隠れていたはずのジェシラはいつの間にかオリフェの右耳をくちばしで挟んでいた。
彼は微笑みながら言うものだから、痛みを感じておらず演技をしているようにも捉えられた。
「オリフェ!ちょっとこっち……」
「ん?なんだい?」
急かす彼女に気にもかけずゆっくりとした足取りで店の奥へと歩く。
「ちょっとちょっと!何小娘の経緯を頷いて聞いてるのよ!アンタ自身が最初に言ったんじゃない、火竜と人族は一緒に生活できないって!実際そうじゃない!禁忌なのよ禁忌!”禁忌”って何か知ってるでしょ!?”タブー”なの!”してはいけないこと”なの!ねぇっ……ちょっ……お、オリフェ!?」
マントの裾で鼻水を拭っていた彼女は、気が付くと彼が先ほどより近い距離で微笑んでいることに驚いた。
「…君、名前は?」
「え………あ…あ、アリーニャベ…アリーニャ・ベオメルグ」
「僕はここの店主をしているオリフェヌル・エンリテージ。よろしくね」
「!……は、はい!!!」
今にも倒れそうに頭をぐらつかせていたジェシラの姿を、オリフェは見て見ぬフリをしていた。
防具クリーニング『ホワイトヒーリング(24時間年中無休)』 如月 真 @plastic_liberty
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