ヒグマのお料理バンザイ!

まくわうり

ゆうえんち仮設キッチン前

 ピカピカに磨かれた幾つもの鍋を前に、ヒグマの眉間には皺が寄っていた。

 腕を組み、鍋をにらみつけるその表情には、セルリアンを前にした時のような鋭さと、それ以上に難題に直面した苦悩が宿っていた。

「あら、どうしたのヒグマ?」

 派手な衣装に似つかわしくない物腰柔らかな声は、ハンターとしてのヒグマのパートナーの一人、キンシコウであった。

「…あ、キンシコウ」

「随分と悩んでいるみたいですけど…」


 ゆうえんちの仮設キッチンの前である。


「いや…実は、博士に新しい料理を頼まれてな」

「新しい料理、ですか?」

「なるべく火を使わない、新しい料理を開発できないか、って。

 私はハンターの仕事があるからな。セルリアンが居ない時はこうして博士と助手のわがままに付き合う事もある。

 でもキンシコウもわかってるだろうけど、セルリアンが出たら、何をおいても即座に行かなきゃいけない」

「あぁ…なるほど。それで火を使わない料理、ですか」


 動物には珍しく、ヒグマは火を恐れない。

 それをいい事に博士と助手はヒグマに料理をさせていたのだが、優秀なハンターであるヒグマを料理人に転職させる事は、

 流石に二人も不味いと思ったらしい。

 かといって、料理人とハンターの兼業を考えた時、明らかに不味いのが『火の不始末』だった。


「フレンズを助ける為にセルリアンを退治しに大急ぎで出かけて、帰ってきたら山火事になってた、なんて笑い話にもならないからなぁ」

「ヒグマが作ってくれる料理はとても美味しいので、私は好きなんですけれどね…」

 キンシコウに美味しいと言われてヒグマは照れたように頬をかくが、ふとキンシコウの持っていたダンボールに目が移った。

「ところで、それは何だ?」

「バナナです。この前のかばんさんのパーティでじゃぱりまんを大量に消費したとかで、一時的に希望者にじゃぱりまんではなく現物支給をしているのですよ」

 バナナを手渡され、ヒグマはしげしげとそれを見つめる。

「…そうか。料理は何も、塩味のものだけじゃなくていいよな」

「確かに…じゃぱりまんの殆どは甘い味付けですしね」

「ありがとうキンシコウ。アイディアが閃いた」

「良かったら手伝いましょうか?」

 キンシコウの申し出に、ヒグマはちょっとびっくりしてから、照れくさそうに笑った。

「じゃあ、頼めるか?」

「よろこんで」


 しばし後。

「ヒグマさーん、キンシコウさーん」

「…あ、リカオン」

 リカオンに声を掛けられ、顔を上げる二人。

「何してるんですか?」

「火を使わない、新しい料理を作っているんです」

「火を使わない??」

 きょとんとするリカオンに、キンシコウは手元の物を見せてみた。

「そうすればヒグマがハンターで呼ばれた時も、火をほったらかしにしなくていいから危なくないし、ひょっとしたら他のフレンズも作れるようになるかもしれない」

「はぁー!なるほど。さすがヒグマさん」

「うーん。まぁそんな訳でちょうどよかった。試作品を食べてみてくれないか?」

 ヒグマに言われ、リカオンは待ってましたとばかりに尻尾がブンブンと振れる。

「オーダー、了解です!」


「まずはこれ」

 リカオンに差し出されたのは、皿の上の薄い円柱状の白い何かだ。

「…バナナ?」

 鼻をくんくんさせて、リカオンが呟く。

「バナナをペースト状にして、かんきつ類の汁を加えて丸くくりぬいてみた」

「へぇ」

 そんなシンプルでいいのか、とリカオンは少し疑いつつ、それをつまんで口に運ぶ。

「どうだ?」

「うーん……美味しいですけど、8割バナナですね」

「……そ、そうか…」

「次はどうかしら」


 次に出されたのは、赤っぽい色の液体と中に浮かぶ白い何か。

「くんくん…ベリーの汁ですか。それにこれは……ぱくり。……りんごですね」

「ベリージュースとカットリンゴよ」

「……美味しいです。でも、ベリーのジュースとリンゴそのままですね」

「……」


 身も蓋もないリカオンの意見に、ヒグマとキンシコウは肩を落とした。

「やっぱり難しいなぁ、料理」

「そうですね…火を使わないというのが」

「あー、でもですね」

 リカオンはずずっ、と汁を吸いつつ、何気なく首をかしげた。

「この二つ、混ぜたらもっといいんじゃないですかね?」

「え?」

「あ、いや…べ、ベリーの汁は甘酸っぱいからバナナと合いそうだし…それにもう少し濃い方が美味しいかも。

 それにリンゴのシャキシャキ感はバナナの中に合わせたら面白そうで。

 あぁ、それにハーブがあるともっといいかもです……ね……」

 徐々に声が小さくなるリカオンに、真剣なまなざしのヒグマとキンシコウはばんっ、と顔を近づけた。

「「それだっ!!」」



「それで、火を使わない料理は出来たのですか?」

 数日後、ゆうえんちに来た博士と助手に、ヒグマは小さく笑って指をぱちりと鳴らした。

「ではお二人に味わってもらおう。キンシコウ、リカオン、頼む」

「はい」

「了解です」


 テーブルに座る二人の前に、すっ、と置かれたそれ。

「これ…は?」

「どうぞ、まず食べてみてください」

 円柱状の白いそれに、赤いソースがはらりとかかり、上には小さな葉っぱが乗っている。

 恐る恐るフォークで半分に切って、片方を突き刺し、口に運ぶ。

 と…二人に衝撃が走った。

「「―――!!」」

「甘いのです!」

「甘酸っぱいのです!」

「これが…いや、これも…料理」

 博士は再びもう一つにらんらんとした目をむける。

「バナナを磨り潰し成型したものですね…でもただそれだけじゃない。さっぱりとした感じは、レモンの汁が入っているのです」

「それを薄くかたどりして、同じく薄くカットしたリンゴと何層か重ねているのです…!」

「上にかかっているのはベリーの汁ですね。それに、ハチミツを加えた事で甘さが増しているのです」

「最後の葉っぱは、これはミントですね……さわやかな鼻に抜ける香りが全体を引き締めているのです」

 最後の一切れを食べ終わり、二人はふぅ、と息をついた。

「見事です、ヒグマ」

「火を使わずここまで料理が作れるとは、思ってもみなかったのです」

「やった!」

 ぱんっ、とヒグマ、キンシコウ、リカオンが手をたたきあって喜ぶ。


「博士、すぐにでもタイリクオオカミにレシピを」

「そうでうすね。その前にヒグマ、よくやったお前にご褒美なのです」

 喜び合っているヒグマたちに、博士が何かを手渡す。

「…これは?」

「瓶、というものなのです。個体、液体、妖精となんでも入れられます。

 蓋を閉めたまま生物を入れると死んでしまうので気をつけるのです。

 これなら、お前の好きなハチミツを保存して、持ち運びもできるのです」

「へぇ…!」

「良かったですね、ヒグマ!」

「おめでとうございます!」


 うんうん、と頷く博士は行儀悪くお皿を舐めている助手にぴしり、と指をさした。

「さぁ、タイリクオオカミを呼ぶのです。今日を、じゃぱりぱーく料理元年とするのです!」

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