第19話 夕刻=決別

 夕暮れ時の空に撃鉄を叩く音が響き渡る。


 今にも崩れそうな廃墟といっても過言ではない廃ビルの一階で吉野奈緒は三人の新世代との死闘を繰り広げていた。


 昨晩司を襲った黒獣、フードを被った東洋人風の細身の男。それに拳銃を携行している最後の一人。


 突如として飛びかかってくる黒獣の鋭い爪を吉野は引き金を一つ弾きその超重量の雷閃で逸らし身体を沈めて回避し足の間をすり抜けて距離を取る。


 黒獣が後ろを向いている間にフードの男がその身の丈ほどもある大ノコギリのような刃を持つ大剣を振りかざして向かってくる。


 吉野はその手元に狙いを定め二つ引き金を弾く。その二線はフードの男が大剣を持っている右側の肩と手首に向けて放たれたものだったが唐突にその推進力を弱め、目で追えるほどの速度になる。


 それを後ろで構えていたもう一人が拳銃から放たれる暴風で弾を朽ちさせ、撃ち落とす。


 振り上げた大剣を降ろす事なく吉野に近づいたフードの男はその雪のような艶やかな肌を鮮血で染めるべく確実に両断できる間合いまで詰め担ぎ上げたそれを叩きつける。


 幸いフードの男が接近しすぎているため後ろからの援護射撃が飛んでくる事はあり得ないのだがそれでも銃を使う吉野にとって接近戦は部が悪い。


 吉野は大剣の腹に二発の弾丸を撃ち込みなんとか軌道を逸らそうとするがやはり弾の速度が落ち、それを見越していたかのように振るわれる大剣に一刀両断。


 すんでで身体をひねって跳躍し、直撃を回避するも脇腹をその辛辣な刃で引き裂かれ辺りに鮮血が飛び散る。


「うぐっ……」


 焼けるような痛みに着地を失敗し足を挫く。


 ここぞとばかりにフードの男は追撃、さらにその後ろから黒獣がトラックのような勢いでこちらに突進を仕掛けてくる。


 吉野は銃を持っていない方の手を血に濡れたスカートのポケットに滑らせ銃のグリップをもう一つ取り出し瞬時に二丁目の銃を生成。


 両の銃から合計八発放たれた雷閃はその全てが勢いを殺される事なく黒獣に向かう。


 それが着弾する前にフードの男の大剣が振り下ろされる。


 吉野はその刃を二つの銃身をクロスさせて受け止める。ミシミシと銃が悲鳴を上げているのが聞こえてくる。


 それでも吉野は焦る事なく「雷鉄……起動」と呟く。


 此度その雷の鎧を与えられたのは弾丸ではなく銃そのものの方だった。銃が纏うその雷は接触している鋼鉄の巨大ノコギリに乗り移りそれを持っている男の手を焼く。


 超高電圧の一撃に男は思わず大剣から手を離し後ずさる。もちろんその隙を吉野が見逃すはずもなく、しなやかな蹴りをその腹に浴びせ拳銃の仲間の方へと吹き飛ばす。


 見事八発全ての弾丸を浴びていた黒獣は足が麻痺しているのか奇妙な痙攣を起こしながらギロリと吉野の方を睨み見ていた。


 近くにいる黒獣にとどめを刺そうと吉野が足早に近づこうとするとその行く手を暴風が邪魔をする。


 見ると今度は拳銃を持った男が前線に上がって来ている。


 男は吉野めがけて三度その目に見えない弾を発射する。


 それを風の動きを読み、一撃たりとも受ける事なく全て透かす。


 しかしこれも幾度となくこの三人と渡り合ってきた吉野だからこそできる芸当であり、幾ら新世代とは言え初見で不可視の弾丸など受ければひとたまりもない。


 空を切った弾丸は丁度吉野が立っていた後ろの壁に着弾しその表面の薄汚れたコンクリートを朽ちさせ中からこの廃墟を支えている錆びた鉄骨が顔を出す。


 この男が放つ空気弾には当たったものを朽ちさせる効果があることが吉野にとって非常に厄介だった。


 黒獣やフードの男には自分の鉄に電撃を流す能力ーー雷鉄が通じるのだが、この男には雷閃が届く前に威力に関係なく朽ちさせられてしまうので攻撃を当てるには直接的な打撃を叩き込むしかないのだが、それも残り二人のカバーと本人の射撃の腕で叶いそうもない。


 吉野自身のパズルを扱う能力ーー限界許容量キャパシティにも限りがあるわけで三人の相手を続けていたら先に間違いなく吉野の限界がくる。


 幸い相手の方の黒獣化も相当の力を使うようでたまに人間体に戻って休憩を入れてくれるのでなんとか回っているのだが、やはり時間の問題というのが少し伸びる程度の価値しかない。


「急がなければ」と吉野は内心焦っていた。


 それに今は拳銃男との一対一の対面。又とないチャンスだった。


 吉野は覚悟を決め拳銃男に向かって走り出した。

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人類寓話オウスラクト 八冷 拯(やつめすくい) @tsukasa6741

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