第18話 必勝手=輝夜
春の青い風が外の蒸し暑くなり始めた空気と薬品の匂いが漂う室内との空気をかき混ぜ、なんとも言えない雰囲気を醸し出している。
燦々と照りつける太陽はもうとっくにてっぺんまで昇っておりその眩ゆい光が緩く閉められたブラインドから自分の身体を包み込むかのように降り注ぐ。
目を開けると見知らぬ天井、隣で寝ているのはいるのは見知らぬ他人。
そして傍らには知った顔の和装少女が似合わないティーカップで紅茶を飲みながら優雅にこちらを覗いている。
「輝夜か……なんでお前がここにいるんだ? 」
輝夜と呼ばれたその少女は柔らかく顔を崩し、起き上がろうとする司の身体を制す。
「賢姫様が『司の元へ行って役に立て』と仰られたので参りました」
賢姫……千思亭賢姫は司の師匠にあたる人物だ。
義父が亡くなった三年前から自分を鍛え、ここオウスラクトに導いてくれた所謂恩人だ。
昔は名のある仕事をやってたらしいが、今はたいして金にならないような事ばかりしている頑固な耄碌婆さん。
そんな師匠が娘のように可愛がっている輝夜を寄越すなんて……なぜこんなにもタイミングよく?
司には自分の師匠には予知能力が備わっているとしか思えなかった。
徐々に思考が纏まってきて、司ははっと思い出したかのように輝夜を掴み、重要なことを問いただす。
「ところで輝夜、あの後黒獣はどうなった? 」
「すみません。私がツカサを見つけた時にはもうツカサは満身創痍だったので戦闘よりも貴方の命を優先することにしました」
輝夜は悲しそうにがっくりとその小さな肩を落とすが、司は気にすることはないと続ける。
「そもそもお前を連れてこなかった俺の準備不足が招いたことだ。それより輝夜、今の時間は? 俺はどのくらい寝ていたんだ? 」
「ツカサは昨日の戦闘後からずっと……十三時間くらい寝ていましたよ」
指で数を数える姿がなんとも愛くるしい。
だが、司はそんな事に気を取られている余裕はなかった。
すぐに跳ね起き、隣のハンガーラックに掛けてあった血塗れの制服に肩を通そうとする……が、途中で急に身体に力が入らなくなり倒れ伏す。
すぐさま輝夜が駆け寄ってきて自分の身体より一回り以上大きな司を軽々と持ち上げてベットの上に強制送還する。
「ツカサ、無理しないで下さい。貴方は今、肺が内出血を起こしている上に肋骨が三本も折れています。新世代でなかったら起き上がることすら苦痛で出来ないほどの重症なんですよ⁉︎ 」
はぁ、はぁ、と荒い息を吐きながらなんとか胸の奥から言葉を引っ張り出す。
「そんな事を言ってる場合じゃない。お前がいるならこっちにだって勝算はある。何も無策で突っ込むわけじゃないんだ」
更にそんな司を輝夜は言葉でも制する。
「分かっています! 先ほどお見舞いに来た篤史という人から大まかな情報は聞きました。貴方は一人の少女のためにその命を無駄にするつもりですか? 貴方がここに来た目的はそんな事じゃなかったはずです。だからここは安静にして、自分の将来ことを最優先に考えましょう」
輝夜が司に向けてくる優しさが本物であることは司は痛いほど知っている。
それを分かった上で司は自分の意思を無理やり輝夜に押し付ける。
「そんな事したら、親父が悲しむだろ……そんな犠牲の上にあいつの敵討ちなんかしても喜んでもらえないよ。だからこれは……俺が今から成そうとしていることはここでの目標のための第一歩なんだ」
語気を荒くした司に輝夜はたじろぐ。
司もそれに気づいたようで落ち着き直し、痛む傷口を押さえながら懇願する。
「だから……今回はこんな俺の我儘を聞いてくれないだろうか」
輝夜は近くのテーブルに置いていた飲みかけのティーカップを流しに持って行く。
そして、改めて座り直し和かに司の身体を三度ベットに沈めると
「そう言うと思ってました。大丈夫です。輝夜は貴方を助けるために参りました。貴方の願うことなら何なりと……でも、無理はいけません。しっかりと休養を取ったら今日の夕方ごろにこっそりと病院を抜け出しましょう」
と、また静かで穏やかな満月のような笑みをこぼすのだった。
第19話
時は夕刻。
陽も落ちて夜の闇がちらりと顔をのぞかせ始めた。
学生の身分である少年少女で溢れるこの孤島の表通りでは、親しい友人に別れを告げ自身の部屋に帰る者や夕食を家族と摂る者がその顔を紅潮させて愉快な雰囲気を醸し出している。
しかしそれは表のお話。
丁度その頃、吉野奈緒はその流れるような銀髪を乱れさせながら暗い路地を闇雲に駆けていた。
今までは四方八方から神出鬼没に現れる追っ手から逃れるための疾駆だったが此度は違う。
いつまでも
だが、相手の人数は三人。それもそれぞれがなかなかの実力者である上にしっかりとした連携まで取れている。
そもそも何故、こんな事になったのか少女は逃避の合間の思考の片隅で想起し始める。
事の発端は数日前の出来事。
朝寝坊をして学園に遅刻しそうになったため近道をするつもりで、あまりいい噂を聞かない路地裏を通っていた時に聞こえた一抹の悲鳴に耳を傾けてしまったのが始まりだった。
そこではまだ年端もいかない可憐な少女が不良グループ三人に取り囲まれていた。
当然の如く吉野奈緒は少女と不良グループの間に入った。
その状況を看過出来なかったというのもあるのだが、彼女がそこに首を突っ込んだ本当の理由はまた別であった。
被害者である少女はその綺麗な脚をズタズタに引き裂かれていた。
それも相当深いようで肉が裂け、白くて硬いものが露わになっている箇所もあった。
薄ら笑いを浮かべる三人の手にはそれぞれ血肉に塗れたナイフや鈍器が握られている。
この光景を見て吉野奈緒が思い出したのは、二年前に起こった新世代による連続傷害事件……自分の父が現場に居合わせた唯一の新世代という理由だけで犯人だと断定された事件のことだった。
今自分が前にしているのはその時の犯人に違いないと吉野奈緒は確信していた。
もちろん、相手にそれを問いただしても知らぬ存ぜぬの一辺倒であったが……
その後、吉野奈緒は幾度となく路地裏訪れては三人の犯行現場を見かけて事前に被害者を救ったり後をつけて本拠地を割り出したりと何か父の無罪を証明できるものはないのかと奔走していた。
その時に聞いてしまったのだ。
現在進行形で行われている彼らの真の計画を。
それも運悪く聞いているところを勘付かれたようで、次の日から待ち伏せを受けたり友人が襲われたりし始めた。
何度も顔を合わせた相手だが、まだその内のリーダー格が東洋人だという事しか分かっていない。
そんな中、唯一の安息の場であった学園に東洋人の転校生が現れた。
“ああ、遂にここまで追っ手が来たのか”と吉野奈緒は落胆した。
しかもその転校生は自分の隣の席に座り、食堂でも堂々と自分の目の前に姿を現したのだった。
何もこちらからはアクションを起こさないつもりでいた。
それに学園では何も仕掛けてこないだろうと思ってはいたが監視のために昼食を一緒に取ったり、成り行きではあったが模擬戦闘をしてみたりした。
が、模擬戦闘の際に気がついてしまった。
彼は追っ手ではないと。
そしてそれと同時に一つだけホッとする出来事もあった。
今以上に彼と関わらなければ彼は恐らく狙われることはないと気がついたのだ。
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