蒲公英
楠 新太@現代叙情派
蒲公英
ある容姿の美しい女は、黄色い花の前に立ち、口を歪めながら意地悪そうに言いました。
「ちょっとあなた、こんなところで寂しそうにしていて、哀れで可哀想ね」
女の心は和んでいきます。優越感、というものでも感じているのでしょうか。それとも、また別のものでも感じているのでしょうか。
「あなた如きが私には勝てるはずなどないのよ。だって、あなたは太陽に照らされてやっと輝けるのに、夜は姿すら見えないものね。そんなの本当の美しさじゃないわ。けれど私は昼は美貌で輝くし、夜は身体で誘惑するわ。これこそ本当の輝きよ」
女は自分の美を饒舌に話しました。黄色いそれは、ただアスファルトに根をはっているだけです。
「あなたは私を尊く思うべきだわ。ほらそう思うでしょう?私を褒めてちょうだいよ。あなたにはその義務があるわ」
女はやや興奮しながら黄色いそれに命令口調で言いました。然し、黄色いそれから反応が何もありません。その様を見て俄に苛立ちを覚えた女でしたが、やがて何かに気づき更に興奮し、言いました。
「あらあら、あなたには耳がないものね。それでは私の、この清らかで澄んだ声が聞こえないわよね。あら、可哀想に。いいでしょう、耳を貸すわ。たんとお聞きよ」
女は黄色いそれに綺麗なピアスのついた耳を貸してやりました。そして改めて黄色いそれと向き合い悠然と見下ろしていました。
「さぁ、お聞きなさい。あなたは私と違って下品で下等な存在なのよ。美しさの欠片もないわ。こんな汚いアスファルトで、あらあろなんて寂しいことなのでしょうね」と女は好き放題に下品な言葉を並べましたが、またもあることに気がつきました。
「あらあら、あなたには目がないから私の、この優雅で端正な美しいお顔をまだ知らないのね。なんて可哀想なことなのでしょう」と女は口元に手を当てて笑いながら言いました。
黄色いそれは女の言葉に耳を傾けてはいましたが、やはり目立った反応はありません。女はその様子をみて再び苛立ちを覚えました。
「もう、一体何なのよ」と女は低い声で静かに言い、頭を抱え込みながら思考を巡らしました。
女はやがて恍惚な表情を浮かべなかまは顔をあげ黄色いそれに言いました。
「私の片目をあなたに貸すわ。そうすれば美しい私を見ることができるでしょう。そうね、それがいいわ」
女は言い終えるや否や、すぐにその自慢の左目を黄色いそれへつけてやりました。
「さあ、どう?私は美しいでしょう?」
黄色いそれはしきりに瞬きを繰り返し何か言いたげな様子を見せます。女はその様子をにやにやしながら眺めながら「なに?なにか言いたげな顔ね」と言いました。
「ほら、褒めてちょうだいよ。美しい私を褒めてちょうだいよ」
女は服を脱ぎ、そのいやらしく官能的な身体を黄色いそれを見せびらかしながら言いました。黄色いそれの目はしっかりと女の美しい裸体を見つめています。女はその目に映る自分の身体にうっとりし、白く綺麗なその手を自らの生殖器にあてがい微量の快楽を貪り始めました。
「ああ、良いわ良いわ。美しい、気持ち良いわ。沢山の男がこの身体の虜になったのよ。そんな身体をもっている私自身が愛おしいの」
女はしきりに生殖器を弄り、そこから発っせられるいやらしい水音に耳をすましながら言いました。やがて女は、またあることに気がつきました。
「そう、そうね。そういえばあなたには口がないものね。いいわ、私の潤い豊かな口を貸してあげるわ。さあ、さあ、さあ、褒めるのよ。私の口だからさぞ綺麗な言葉なのでしょう」
女はいやらしい手つきで自分の口をさっととり、黄色いそれへつけてやりました。
するとどうでしょう。
黄色いそれは口を歪めながら、饒舌に、下品に、下劣に言葉を静かに並べ始めました。
「醜くくて仕方がない。お前ほど醜くものを今まで一度だった見たことなかったよ。不愉快極まりない。耳に悪趣味なピアス、自慢の目は片目だけ、挙句、私はこんな下劣な言葉を発する口をつけられる。どこを探してもお前のように醜いものはいない。けれど身体は満点だ。僕が人間の男ならそれだけを目当てに君を抱いたことだろう」
「―」
女は叫び声をあげようとしましたが、口がありませんから黄色いそれには何も聞こえません。それに気づいた女は乱暴に耳と目を取り返しました。
「おいおい、目がないと君のいやらしい身体が見えないじゃないか。口はいいから目だけを貸しておくれよ」と黄色いそれは挑発するように女に言いました。そして、まるであざ笑うかのようにゆらゆら揺れ始めました。女はさらに逆上し口を取り返したかと思えば、有無を言わさず黄色いそれを自慢のヒールで思い切り踏みつけてやりました。黄色いそれは絶命しました。
その後、女は生殖器の切なさをその場で払拭し、そのままどこかへ走り去っていきました。
蒲公英 楠 新太@現代叙情派 @k_k_namida
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