第49話 ただいま

 八年の時が流れる。


 魔法士を辞めたアレンは、各地を回っていた。その名は有名になり、デバフ使いのアレンとして知られるまでになっていた。

 とある村の村長の家で、アレンは村人の話を聞いた。熊に似た魔物が出て、怪我をした人がいると聞く。アレンは使い古されたカバンからあるものを取り出した。

 プログラムキーボードだ。それを広げ、モニターに表示された記憶している効果表をのぞきこむ。ノートだとかさばるため、容量が大きい記憶石を使う。これによりノートが不要となり、さらに検索ができるのですぐに見たい情報を見れる。難点は絵が挿入されないところだが、それは重要ではないというのは後で気づいたことだ。


「その魔物なら、麻痺が効果的ですね。ねぐらはどこか、検討はついてますか?」

「いや。ただ、襲われた場所は近くの山の中だ」


 村人の中年の男は答えた。


「俺が知ってる。案内するよ」

「では、お願いします」


 山の中に入ってから三十分ほどたった。川辺のあたりで案内役の男が足を止める。


「この辺りだと思うけど」


 辺りを見渡す。すると、遠くのほうに茶色い何かが見えた。


「あれですか?」


 アレンが指さしたほうを男は見た。無言でうなづく。


「じゃあ退治してきますよ」

「二人で大丈夫か?」

「はい。大丈夫です。いくよ。シャル」

「うん」


 シャルロットもまた、魔法士を辞めたあと、アレンとともに各地を回っていた。彼女と一緒に行動するようになったのは七年ほど前。最初は一人で活動していたアレンだったが、やはり限界だった。複数匹に襲われたり、もしものときのために強力な魔法を放つことができる人がどうしても必要だった。

 レベッカは魔法士として活躍しているから頼めない。だったら、ということでシャルロットに頼んだ。彼女の住所がどの辺りかはエルザに聞いていた。ただ、その住所にはいなくて、親元を離れて一人暮らしをし、道具屋で不慣れなバイトをしている彼女を見つけたときは驚いたが。

 彼女は意外にも少し考えただけで、アレンの誘いに乗った。もともと接客は好きじゃなかったというのも理由としてはあったらしい。他の理由は聞いても答えてくれなかった。


「レンジ」


 遠距離攻撃に変換。


「パララ」


 麻痺魔法を安全な距離から飛ばす。命中し、音をたてて倒れた。そこへ、シャルロットの雷魔法でトドメを刺す。


「終わったよ」

「はやっ!」


 その手際の良さに、男は驚いたように声をあげた。


「これはお礼の五万ゴールドじゃ」


 村長の家の部屋に戻ったあと、礼金をもらう。


「ありがとうございます」

「アレンさんは各地を回っているそうだが、これからも旅を?」

「いえ。もう終わりました」

「終わった、というと?」

「効果表作りです。全ての魔物の表は作り終えました」

「それはすごい」


 村長は目を点にして驚いていた。

 長い道のりだった。もっとかかるかと思ったけど。


「じゃあこれからやることというのはない、ということかな?」

「とりあえずは・・・・・・」

「ならばどうじゃ? この村に住んでみるというのは?」

「いえ。僕には帰るべきところがありますから」

「故郷かのう?」

「いえ。大切な人がいる場所です」


 

 村長と別れ、村を離れた。これから会いにいくのはレベッカだ。彼女は今、一人暮らししている。魔法士として活躍している彼女は、故郷のアルファナ都市で魔法士として働いていた。久しぶりに戻る都市。そこに行くまでは馬車を使い、一日ぐらいでたどり着く予定だ。

 レベッカとは、もう何年も会っていない。

 一緒に暮らしていた時期があった。魔法士を辞めた直後だ。彼女が働き、アレンは趣味の効果表作り。ヒモのような状態だった。そんな状況をレベッカの父が許すわけもなく、精神的に追い込まれたアレンは書き置きもせずに家を飛び出した。いや、正しくは書き置きしようとした。

 必ず戻るから待ってくれ、と。

 でも、それは彼女を縛ることになる。必ずという保証はどこにもない。途中で命を落として、それに気づかずずっと待たせることを考えたとき、書きかけの紙をグシャグシャにしてゴミ箱に入れた。


 どう話そうかな?

 怖さというのはなかった。突然いなくなったことは詫びを入れればいい。殴られるかもしれないけど、アイスブリザードをくらうかもしれないけど、彼女なら笑って許してくれるだろう。ただ会いたい一心だった。


「アレン。これから戻るのね」

「ん? そうだよ。シャルは戻るんだよね。元の借家があった町に」

「とりあえずね」

「シャルは・・・・・・一緒に来ないよね」

「当たり前よ」


 即答だったので、アレンは苦笑い。


「だって・・・・・・」


 言葉を詰まらせる。車内は無言になり、車輪がカラカラと回る音だけが聞こえてくる。シャルロットはアレンの肩に頭を乗せた。


「シャル?」

「お願い。着くまでは、このままで・・・・・・」

「・・・・・・わかった」


 アレンは薄々わかっていた。シャルロットの気持ちを。でも、それには応えられない。応えるわけにはいかない。彼女もそんなアレンの気持ちをわかっていて、今まで口にしてこなかった。


 朝になる。途中、シャルロットと別れた。彼女は手を振ってくれて、最後にアレンは「ありがとう」と言った。彼女は振り返らず、去っていく。

その歩く後ろ姿はどこか力強かった。


 そうそう。ウィルとエルザがタッグを組んだという話には驚いた。水と油だったんだけど、ウィルが何とか頑張って信頼を勝ち得たようだ。僕が辞めて元気がなかったエルザ。彼女を励ましたのがウィルだった。


 馬車は進んでいく。見知った外壁が見えてきた。アルファナ都市だ。その入り口に馬車は止まった。下りてから門をくぐる。変わらない光景がそこに広がっていた。買い物をしている女性たちや走り回る子供たち。そして魔法学校の学生服を着たグループも目に入った。あの巨大ワームの石像はさすがに撤去されていたが。

 掲示板には昔の貼り紙がしてあった。

 D区域。

 世界でもっとも危険な区域は解放されたという情報がのっている。魔法士たちがデバフを使い、時間をかけて魔物たちを退治したらしい。その中で有名になったのはシャルロットの兄、レインだ。そのレインとタッグを組んだ三人組は一躍、時の人となった。レインは賢者の称号を手に入れる。念願だった彼の夢は果たせたわけだ。そして、彼は演説の中でこう言ったらしい。


「アルファナ都市の、勇気ある青年のおかげでデバフの有効性に気づけた。私の賢者という称号は私だけのものじゃない。その彼と、仲間と、協力してくれた皆さんのものです」


 それを聞いたとき、胸に迫るものがあったことを覚えている。やっぱり、僕のやったことは無駄じゃなかった。それが身を結んだんだ、と。

 レベッカがいるのは金持ちがいる北西の区ではなく、南西の一般区。そこのアパートに向かう。

 思いついた切り出し方はこうだ。


「君のために戻ってきたよ」


 うわあ~。ちょっとかっこつけかな。じゃあこういうのはどうだろう。


「約束通り、僕とタッグを組もう。人生という名のタッグをね」


 うわっ! ないない! 絶対言えない! 言った後、顔真っ赤になるのが目に見えてるだろ。言うとしたら前者だな。

 一階は文具を売っている商店になっている。階段を上がり、二階の奥の部屋に向かった。

 ドキドキしながら深呼吸。ノックする。遅れて声がした。ドアを開け、久しぶりの彼女の顔が目に飛び込んでくる。少し大人びた彼女は、キャミソールを重ね着し、膝丈のスカートをはいていた。


「あ、アレン?」


 目をパチクリさせていた。信じられないといった様子で、口元に手をあてている。

 言わなきゃ。用意した言葉を。ようし言うぞ。

 ・・・・・・あれ。なんて言えばよかったんだっけ?


「僕とタッグを・・・・・・」


 って違うだろ! そっちはダメなほう!

 レベッカは慌てているアレンの様子を見て、ニッコリと微笑んだ。そして・・・・・・。


「おかえり。アレン」

「・・・・・・ただいま。レベッカ」

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状態異常魔法は人気がない kiki @satoshiman

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