第48話 やりたいこととやること

 次の日。

 アレン、エルザ、シャルロットの三人は派遣先から本部へと馬車を走らせた。その間、ギルが話したことを思い出す。

 彼はゴーザからの指示でアレンの処理を任された。処理というのはどういうことか? ゴーザに確認するも言葉を濁されたという。辞めさせるために重傷を負わすことか、それとも殺害か。どちらにしても責任はとるというゴーザの言葉を信じたギルは、まずシャルロットにその命令を下した。彼女と一緒の派遣先に決定したのは、始めからそういう意図があったのだろう。エルザと一緒なのはたまたまだ。

 なぜアレンを辞めさせるのか?

 その質問に、ギルはわからないと力なく答えるしかしなかった。本当に知らないのだ。ただ、任された仕事をすれば本部から特別な手当がもらえる。お金のためにやったことで、当然、許されるべきではない。

 これからアレンたちはゴーザに会い、説明を受ける。相手がその気ならば、だが。

 道中何かしてきてもおかしくないな、と疑ってかかるが、無事、本部に到着したのは夕方になってからだった。正門から入る。そこで待っていたのは見知らぬ女性職員だった。


「アレンさんですね。会長がお待ちです。こちらへ」

「会長? ゴーザさんに会いに来たんだけど?」

「いえ。とりあえずその前に会長が事情を説明したいということで」

「はあ・・・・・・」


 アレンたちは女性のあとに続いた。会長がいる塔のようにそびえる建物に入っていく。背負っていたカバンを手に持った。テレポーターであっという間に最上階へ。奥の部屋が会長の部屋ということは以前、来たときに知っていた。


「ここからはアレンさんお一人でお願いします」


 エルザたちは待たされることになった。

 なにかあるな。

 アレンは嫌な予感がした。女性はノックする。


「入れ」


 その一言にドアを開き、「どうぞ」とアレンだけが部屋に入った。

 以前来たときと同じだ。ソファーがあり、ガラスのテーブルがある。会長はその場所とは違い、もう一方の真四角のテーブルの前に座っていた。手前に空きのイスがある。


「座りなさい」


 イスに座るアレンの前に広がるのは、準備された夕食だ。スープに干した肉をスライスしたものが皿にのっている。野菜を切ったものやパンが並んで置かれ、豪華な夕食といった感じだ。

 正面にいるのはラスゴル会長。白く長い髭にローブ姿。長老のような男が優しげに微笑んでいる。


「まず最初に謝っておこう。このたび管理部長ゴーザの不手際によってアレンくんに迷惑をかけたこと、すまなかったな」


 不手際? 迷惑?

 命を落としたかもしれないのに、そんな簡単な言葉ですましていいものだろうか?

 アレンは不快感と猜疑心が混じったような気持ちになった。


「食べたまえ。これはお詫びの印だ」

「あの。ゴーザさんは?」

「ああ。奴は責任をとって、今ここにはいない」

「え?」


 ゴーザが黒幕だと気づいたのが昨日。そして今日、夕方までに処分を決めたということか。ずいぶんと早いな。


「あのような者は飛ばされて当然だ。アレンくんもそう思うだろう?」

「はあ・・・・・・」


 場の雰囲気に飲まれつつあった。ラスゴルはワイン入りのグラスに口をつけた。


「デバフの効果表作りは順調かね?」

「まあ、そうですね」

「ノートを見せてくれるかね? 持っているのであれば」


 アレンはカバンからノートを一冊見せた。


「これで全部かね? 全て見たいのだよ」


 そう言われて、五冊全部を渡す。それを感心したように眺める会長。いつもなら嬉しい場面だが、今回は違った。誉められても嬉しくない。それよりもイライラが勝る。


「素晴らしい。引き続き頼むよ」

「あの。ラスゴル様」

「なんだ?」

「ゴーザさんはなぜ、僕に・・・・・・」

「さあな。気が狂っていたんだろう」


 話し切る前に、会長は返した。ゴーザがアレンにやったことの全容を知っているようだった。

 気の狂い。その一言だけでは納得がいかない。


「それよりも、食べたまえ。君のために用意したのだよ」


 まるで紙をゴミ箱に放り込むような感じで片づけられる様子に、アレンは怒りを覚えた。

 下手したら死んだかもしれないのに。


「ラスゴル様は、まったく関与してないと?」

「そうだ」

「本当ですか?」

「もちろんだとも。ゴーザが勝手にやったことだ。まったく迷惑な話だよ」


 優しげな表情の裏に、どす黒いものが見える。まったく信用することができない。もちろん証拠はないが、直感がそう呟いている。この男を信じるな、と。

 本当なら今すぐにでもこの場を去りたかった。だがそれは失礼にあたる。怒りに任せた行動は慎むべき。アルファナ都市の魔法学校、その理事長から学んだことだ。

 ただ、このままこの学会という組織に属していいものか、アレンには疑問だった。もちろん魔法士と学会は切っても切れない関係。魔法士になるには学会に属さずして無理だ。だとしたらこのまま続けるべきだろうか?

 ただ、そうした場合、今度こそ命を落とすかもしれない。

 僕のやりたいこと。それはデバフの効果表作成だ。それは魔法士でなければいけないのか? いや違う。魔法士でなくても別にいいんだ。だとしたら・・・・・・もう。


「どうしたのだね? 暗い顔をして」

「ラスゴル様。僕は魔法士として成功すると思いますか?」

「なにを突然。もちろんだ。君には才能がある。君にしかできなことがある。それを追求すれば成功するだろう」

「それは魔法士じゃなくてもいいかもしれませんね」

「・・・・・・どういう意味だね?」

「僕のしたいこと。それと魔法士でいることはイコールじゃなくてもいいということです」


 会長から表情が消えた。


「そうだな。君の言うとおりだ。ならば辞めるかね?」

「すぐには決断できません。ただ、僕はここにいるべきではないな、と思いました」

「君はなにか、大きな勘違いをしているようだな。まだわしのことを疑っていると?」

「そうではないです。僕にはわかりませんから。ただ、少し違和感があった。それだけの話です」

「違和感?」


 会長は眉を寄せ、不快感をあらわにした。


「これ以上、話しても無駄でしょう。僕はもう戻ります」

「・・・・・・そうか。ならこれは返しておこう」


 会長はノートを投げつけるように返した。床に落ちるノートを見て、アレンに怒りがこみ上げる。問いつめてやろうかと思ったが、そこは深呼吸。落ち着くのを待った。

 相手の狙いは僕を辞めさせること。ならばこのふざけた行動もわかる。僕を怒らせたいだけだ。そして僕が殴ってくれれば儲けもの、と思っている。そんな作戦に乗るだけバカバカしい。

 アレンは会長の顔を見ることなく、淡々とノートを拾い、カバンに入れた。


「ふん。たかが魔法士一人が調子に乗りおって。そんな表がなんの役に立つ? お前がやっていることは、ただの子供の落書きだ」

「そうですか」


 冷めた口調だった。カバンを手に持ち、ドアノブに手をかける。去り際に会長を見た。


「子供の落書きかどうか、これから証明してみますよ」


 目を細め、睨んだ会長の顔を最後に部屋を出た。後日、アレンは辞表を提出した。

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