第7話 東京
★
東北新幹線が開通して、仙台はすごく便利になった。
小さい頃は、自分の家から仙台駅へ出るのに一時間かかって、そこから四時間以上電車に乗らないと東京へは行けなかった。家を出てから五時間以上かかるんだから日帰りなんてとても無理――「麻耶のいる場所からとてつもなく遠いところ」。それが、小さい頃の麻耶が抱いた、東京のイメージ。
麻耶が東京へ行ったのは、高校の修学旅行と専門学校のときに三回、併せて四回だけ。小学校や中学校のときも密かに行ってみたいとは思っていたけれど、生活していくのがやっとで、遠出する余裕なんかなかった。
初めてプライベートで東京へ遊びに行ったときは、東北新幹線が開通していたから、当然のごとく日帰り。何日も前から、行きたい場所や食べたい物をピックアップして、それを一日の行程に当てはめたのを憶えている――何通りも完成パターンのあるパズルのピースをはめこむような作業がとても楽しかった。
家を六時に出て七時に
ふと時計に目をやると、時刻は一時過ぎ――「まだ大丈夫」なんて強がりを言っているお腹を
街のノイズをBGMに、フルーツ柄のカップをつまむ麻耶の姿はこの街のフレームに違和感なく納まっている――麻耶が街の一部になったってこと。
一分一秒を惜しむように、麻耶は再び街に繰り出す。残った時間で頭の中にある欲求をすべて満たすのは難しい。なぜなら、この街で時間を過ごしたことで想像が掻き立てられたから――もともと計画していなかったものにまで興味を示してしまったから。そのときの麻耶は、頭は大人でも心は子供みたいなもので、探検家が前人未到の秘境に挑むときみたいなワクワク感を抑えることができなかった。
そうこうしているうちに、あたりは少しずつ暗くなっていく。後ろ髪を引かれる思いで、この世界へ別れを告げて日常へ戻る準備を始める。
七時に東京駅を出発した
目を開けた瞬間、異世界へのトリップは幕を閉じる――好奇心で満たされた心と心地良い疲れを帯びた身体を残して。
東京との行き来が便利になったことで、出て行ってしまったものも多いけれど、それ以上にたくさんのものが入ってきた――「彼」が杜の都に現れたのも決して偶然なんかじゃない。
★★
麻耶は、男にはいつも嫌悪感を露わにして冷たい態度で接する――言い換えれば、麻耶の前に現れた男はすべて「彼女」が相手をする。小汚い男どもの
いくら優しい言葉を掛けられたり笑顔を振り撒かれたりしても、麻耶は動じない。だって、男の言葉や笑顔はいつも上辺だけで、腹の中では別のことを考えているのがわかっているから――女を
でも、「彼」の前では違った。
初めて「彼」に会ったとき、麻耶は戸惑いを隠せなかったの。
笑顔を見せないのも冷たい態度で接したのもいつもと同じ――でも、麻耶の抱いた印象は「カッコイイ」だった。
麻耶の言う「カッコイイ」は、見た目がハンサムってことじゃなくて、言葉や仕草から
麻耶は、決して熱しやすいタイプじゃない。その場の雰囲気や感情に流されることはない。男に対しては絶対にあり得ない――「自分の頭がおかしくなったんじゃないか」。麻耶は真面目にそう思ったの。
★★★
涼しさが増して秋めいてきた土曜日の昼下がり。
窓辺の椅子に座って、青い空を背景に雄大な山々が連なる景色をぼんやりと眺めていた。窓から流れ込んでくる、ひんやりとした空気を吸い込むように深呼吸すると、自分がそんな素敵な風景と一つになったような気がした。
仙台の中心地から歩いて二十分ほどの住宅地。その一角に建つ、八階建てのレンガ造りのマンション。国道から一本入っていることもあって静かで緑も多い。ベランダからは東北自動車道の仙台宮城インターチェンジに車が出入りする様子が
麻耶の部屋は八階の角部屋。バス・トイレ・キッチンつきの八畳のワンルーム。とても綺麗で一人で住むには広さも十分。会社が寮として借りているから麻耶の負担は一万円にも満たない。住み始めてから二年が経つけれど、眺めも良くてすごく気に入っている――難があるとしたら、建物が西向きに建っていること。洗濯物を干してもなかなか乾かないから。
でも、ここから眺める景色は、麻耶にとってとても大切なもの――直接見ることはできないけれど、視線のずっと先の
季節が巡って、今年もまた紅葉の季節がやってきた。
今日の夕方、訪ねてみようと思う――二人で過ごした、あの場所を。
株式会社「サン&ムーン・ジャパン」仙台支店市場開発部CS担当。
ビジネス専門学校卒業後、コンビニを展開する地元の企業に就職。
三年後、会社が吸収合併されたことで現在に至る。
仙台駅近くのマンションに一人暮らし。家族は郊外の実家に母親。
つづく
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