第12話 邂逅


やがて列の後方に並んでいた人たちがざわざわし始めた。

 遥か後ろからやってきていた領主の馬車に気付く者がで始めたのだ。

 そのざわめきは次第に全体に伝わっていき、門番のいることろまで後方から領主の乗った馬車が近づいて来ているという情報が伝わるまではあっという間だった。

 その情報が門番のところまで伝わると、その門番が指示したのか、次第に列二つに分かれていき、丁度馬車が通れるくらいの道が出来上がった。

 しかし、この街に通う人たちはこういうことに慣れているのか、非常にスムーズで目立った混乱もなかったように思う。

 そのことからもこの街の領主は活動家なのかもしれない。


「いや、お転婆なのはここの領主じゃなくて、その娘のリリーナ姫だぜ?」


 ガルが僕の思考を先読みしたように言葉を続けた。


「リリーナ姫?」


「ああ、領主様は違うんだが、母親譲りなのか銀髪碧眼の見た目だけはそれはそれは麗しい大人しそうな姫様だよ」


「でも違うんでしょ?」


「ああ、その見た目に反して性格はその、アグレッシブでな。自分の興味があることには貪欲で、なんつうか探究心の塊みたいな人だったな」


「でも、ガルはどうしてそんなに詳しいの?まるで、見て来たみたいな言い方だけど」


「いや、これくらいはこの街に長食いついてる奴なら誰でも知ってるようなことだぜ?」


「そうなんだ」


「でもま、俺は前に姫様の護衛で、この街の近衛騎士団の腕の立つ奴が負傷してた時期があってだな、その時に冒険者を使うって話になって、指名依頼が来たってだけだよ」


「本当に?」


「…まぁ、例に漏れず姫様は興味を持たれてだな、色々と聞かれたことはあったかもしれない」


「ふぅん?」


「なんだよ」


「いや?ほら、噂の馬車が来たみたいだよ?」


 見れば、領主の馬車は誰の目にも見える大きさまで近づいていた。

 門番が領主を迎える準備が始まってからは入場受け入れの進み具合は格段に遅くなったが、ほとんどの人がこの街を作り上げた領主に興味があるのか、そのことに文句をいうような人はいなかった。

 馬車のガタゴトという独特の音が聞こえるようになってからは、僕の目にもその馬車の見事な装飾がハッキリと見えた。

 遠くからでは普通の馬車とはシルエットが違うようにしか感じられなかったが、細かな部分も見分けられるようになってからは、ますますその巧妙さに下を巻くようだった。

 その凄さはそう、一言でいうなら動く東照宮だ。

 大丈夫?本当にその装飾はいる?とこっちが困惑するほどだ。

 まるで、職人たちが自分の限界に挑んでいるかのようみたいで、一種の競技みたいに思えた。

 中に乗っているはずのリリーナ姫を一目見たいという思いの他に、この装飾も組み合わされば興味のない人がいなかったのも頷けた。


「あの装飾もリリーナ姫が王国の職人たちに啖呵を切って作らせたみたいだぜ?」


「なんて言って作らせたの?」


「なんでも、王国の馬車はどれも作りが甘い、王国の職人が腰抜けだからだ、この中に私を驚かせられるような職人はいないのか?とかなんとか」


「あ、もしかして何人もの職人に競わせたとか?」


「え?あ、ああ、そうだが知ってたのか?」


「いや、あの馬車の装飾がなんか、統一感がないように感じたから」


「そうか?俺には、わからないんだが」


 僕はそうと一言漏らした後に、近づいてくる馬車の方に向き直った。

 その馬車はもうすぐ僕たちの前を通り過ぎようとしていて、さすがに人が近いからか、速度を落としている。



 

 横切る瞬間、馬車の付いていた窓から長い銀髪と深い蒼の碧眼が見えた気がした。

 加工技術の進んだ日本とは違って、少しいびつで歪んだガラスだったけど、その奥に暗い個室の中に誰かが座っていた。

 それは、御付きの人だったのかもしれないし、リリーナ姫だったのかもしれない。


『おい、さっきの見たか?』


『ああ、見た見た』


 馬車が通り過ぎた周りで、リリーナ姫を見たかという論争が始まっていた。

 リリーナ姫の人気は思ったよりも大きくて、ガルが言ったようにこの街の人間はリリーナ姫の話題で持ちきりなのかもしれない。


「ねぇ、ガルはリリーナ姫が見えたんでしょ?」


 僕でも見えそうだったんだ、ガルの動体視力ならなんら問題なく見えたはずだそう思って僕は話しかけた。


「いや、見えなかった」


「え?どうして?」


「目に、ゴミが入ってたんだよ」


 そう言ってガルは言葉少なに語ろうとはしなかった。

 そのあまり乗り気ではない雰囲気に何があったのか?と訪ねたい気持ちもあったけど、その場は聞かない方が良かったと思う。


「街に入ったら、まずギルドに行くんでしょ?」


 僕は話を変えるためにも今後の予定について話そうと思った。

 領主の馬車が通り過ぎた後の熱気は未だ冷めやらないが、門番はそうでもないらしく、馬車が通り過ぎると迅速に受け入れの手続きを再開した。

 そのおかげか、僕たちはもうすぐ街に入れるところまで来ており、街に入った後の予定を改めて確認しておきたかったということもあった。


「あ、ああ。俺はギルドに行って報告してくるが、お前も冒険者登録しておくんだろ?」


「うん、学園に入る前にしてあっても問題ないって書いてあったし、その方が何かと便利なんでしょ?」


「ああ、あまりランクを上げすぎると帰って騎士団みたいに拘束されちまうがな」


「騎士団に抜擢されるような人材は貴重なんだからしょうがないよ」


「なんだよ、ギルドのねぇちゃんみたいな事言いやがって。いつの間にギルドの味方になったんだ?」


 いつもの様子に戻ったガルに少し安心しながらも、その軽口にははっと僕は笑いながらこれからの予定に想いを馳せた。

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きっとまだ見ぬ空の下 ARKS @arekeso

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