第11話 凱旋



「…大きい」


 僕の視界いっぱいに広がる壁は魔物を退ける城壁の役割を果たしていて、そしてそれが如実にこの街、イミテンシアが魔物討伐の最前線だということを表していた。

 それでも尚、そこに集まる冒険者と息づく人たちに商機を見出した商人達で街の中はごった返し、街に二つある入り口はどちらも長い行列に支配されていた。


「…これ、どれくらい並ぶの?」


「今日はそこまででも無いからな、三十分くらいじゃないか?」


「さ、三十分…」


「なんだ、もしかしてもう村に帰りたくなっちゃったか?」


「べ、別にちょっとびっくりしただけだし」


「そうか」


 荷物を地面に下ろしたガルはふっと笑いをこぼし僕の言葉に頷いた。

 それから腰に付けていた剣帯ごと外して、何をするのかと思えばその剣帯を棒のように使って旅で凝り固まった体をほぐし始めた。

 そのなんとも剣士らしからぬ剣の扱い方に、僕は心の中で本当にそれで良いのかと思いながらそれは心の中で留め置く事にした。

 日本人は大きな被害をもたらすような大地震が起きた時でも列には並ぶ民族として世界から賞賛されていたけど、その列には大きく分けて二つの列が存在すると思ってる。

 一つは整理する人のいないだらだらと進む列。もう一つは整理する人がいて一定間隔ごとに一気に進む列。

 前者は、いつもだらだら進むし次にいつ動くかも分からないから荷物を落ち着けて楽な姿勢で待つことが出来ないから短時間でもすごく疲れるような気がして僕は嫌いだ。

 それに対して後者は、数えていればあとどれくらいで動くか分かるし、なんとなくであと何回動けば目的地にたどり着けるか予測できる。僕はこの予定調和な形が好きだった。

 さて、今回はどうなのか。

 この街は国の中でも比較的大きいところだし、門番が働き者なのかしっかりしていて、入場者の整理が行き届いていた。

 それに、この長蛇の列は有名なのか、並ぶ人はこの長蛇の列があることを見越していて、急いでいるものは誰もいなかった。

 不意にガルが耳をピクピクさせて後方に振り返った。


「おい慧、今日はどうやら珍しいものが見られるらしいぜ」


「珍しいもの?」


「ああ、ここの領主の馬車が近づいてきている」


 そう言ってガルが指差したその先には、周りにある商人のそれとは一線を画す装飾が施された馬車がこちらに向かってきていた。

 けれど、まだ遠い。

 まっすぐに伸びる地平線上だからこそ見えたというほどの遠さだった。

 それを聴覚の感覚だけで気づいたガルにはいつもながらに驚かされる。

 村から永遠のように続いていた森の中でもガルの『狩り』に関する感覚は鋭く、その驚異的な聴覚もそのうちの一つだった。

 ガルが言うには、魔力を体の中で循環させる感覚を体感出来れば誰でも簡単にできることだと言う。

 誰でも簡単に出来るとガルは簡単に言うが、僕はそれを知ってから必死に練習しているにも関わらず一向に会得できる気がしない。




 

「魔法ってのはこれまでの数多の先人達が築き上げ、幾億の人たちが使うことによって洗練されてきた技術だ」


 森の中に流れる小川を見つけた僕たちは、その近くで今日の野営をする準備をしている。


「じゃあ、その魔法が扱っている力はなんだ?」


 今は黄昏時で、こうしている今もどんどん明かりは心細くなって来ていた。


「えっと、魔力とか?」


 ガルが力と言ったから魔力と答えて見たけど、さすがに安直すぎたかな?


「う、うむ。正解だな、魔力とは俺らの体やこの大気を満たしている生命の源みたいなもんだ」


 そう言われて僕は空気を感じるように手を広げて上下に動かしてみる。

 けど、そう簡単には感じれるものでもないのか、僕の手はスカスカと空を切るばかりで魔力を触っているような感じはしない。


「ははは、大気を満たしているって言っても、水じゃないんだ。手で何かを感じられるわけじゃないさ」


 僕の行為がそんなにもおかしなものだったのか、ガルはお腹を抱えながら笑った。

 その姿に少しだけムッとしたけど、すぐに気を取り直して、じゃあ酸素みたいなものなのかな?と思った。


「魔法は自分の魔力を使って行使されるってこと?」


「まぁ、概ねその通りなんだが、それは主に人族のやり方だな。エルフとか獣人なんかの精霊族は大気に満ちている魔力の力を使って魔法を行使するらしい」


「そうなの?でも、魔力が大気に満ちているならどうして人族は大気の魔力を使

わないの?」


「それは」


「それは?」


「俺にもわからん」


「えー」


 そう言うとガルは途中だった野営の準備を再開した。

 僕はそれをズルイとも感じたが、日も暮れて来ている今、野営の準備を終えないとまずいことには変わりないこともあり、渋々と作用を再開した。


「でも、ガルは魔法はあまり使えないって言ってたのに、どうしてそんなに魔法のことに詳しいの?」


 僕は拾って来た薪を組み上げたものに火をつけながら、尋ねる。


「魔法が使えないからこそだ」


 話半分に聞いていたこともあり、その言葉の意味を取りかねていると、ガルが続けて話し始めた。


「俺は魔法が使えない。それはお前も知ってる通りだと思うが、けどだからってそう簡単に諦められなかった。それだけだ」


「それは、どうして?」


「そりゃあ決まってるだろ?」


「何かな?」


「漢のロマンだからだよ」


「ろ、ロマンて」


 僕は威風堂々と言うような様子で話し始めたガルがなんだかおかしくて、つい笑い出してしまった。


「な、なんだよ。別に笑うこたぁねぇだろ?」


「うん、ごめんごめん」


 僕は続けて、


「魔法を勉強して何か使えるようになったことはあったの?」


「いや、魔法は使えるようにはならなかったが、魔力の循環ができるようになったかな」


「魔法の循環?」


「それ自体は、もうすでに教えてるだろ?」


「筋力強化とか?」


「そう、それだ」


「え?それだけなの?」


 僕は思わず進めていた作業の手を止めてしまった。

 だって、ガルが今まで何年も掛けて勉強して来て得られた成果がそれだけなんて、なんだか不条理だと思ったから。


「いや、さすがにそれだけじゃねぇよ。少しはその頭を使って想像してみな」


 そう言われて僕は体の中にある魔力が自由に動かせたら何ができるんだろうと考えた。

 僕は魔力で筋力を補って筋力強化をしたり、無理やり疲れを取ったりしてる。

 でも、それはそんなに難しいことじゃなくて問題なのはその精度、どれだけ細かな部分に意識を通せるか、どれだけ気を使うことが出来るかその一点に尽きると言う。

 初めてそれを聞いた時、まるで絵とか音楽みたいな芸術科目みたいだなって思ったけど、ガルがその想像出来ないような精度を発揮することを言っているようには思えない。

 何か、他の何か。

 それがある気がした。


「例えば、ガルはいつも僕には見えないような場所から獲物を見たり聞いたりしてたけど、それがそうだったり?」


「うーん、それはズルくないか?その答えに、不正解とは言えない」


「じゃあ?」


「でも、俺が答えて欲しかった答えじゃないな」


「どういうこと?」


「つまりだ、慧は魔力を筋肉に集中させることで筋力を強化してるだろ?」


「う、うん」


「それをいろんな場所に応用してやればいい」


「じゃあ、ガルはモノを見るときは目に魔力を集中させてるってこと?」


「そう、その答えが欲しかった」


 その答えに僕はへぇと一つの感嘆を漏らして試しに目に入った右手に魔力を集めようとしてみる。

 けれど、常に流動する魔力を上手く一手に集めることが出来ず、何かモヤっとしたものが纏ったような感触が残るだけの結果になった。


「はは、さすがに一発じゃ出来ねぇだろ。俺だって何回も練習したんだ」


 ガルはその目で僕の様子を見てたのか、残念な結果に終わってしまった僕を見て、軽快に笑った。


「あはは、さすがに一回じゃ出来ないか」


 止まってしまっていた野営の準備を再開しながら落胆していると、


「でもま、何回も練習すれば出来るようになるさ」


 ガルがその屈託のないような笑顔で僕に声を掛けてくれる。


「そうかな?でも、魔力が自由に制御出来るようになったら、どんなことが出来るようになるの?」


「そうだな…」


 ガルはそこで、何かを思い出すように一番星の出始めた夕暮れの空を見上げて、


「案外、何も出来るようにはならないのかもしれないな」


「え?それは、どうして?」


「どんなに魔力が制御出来るようになったとしても、それは身体能力の拡張でしかない。だから、魔法とか魔術みたいな派手な結果にはなりえない」


「それは、あくまでも体術の延長線上ってこと?」


「まぁそうなるな」


「…僕はそれでも十分にすごいと思うけど」


「そうか?」


「でも、ならガルは剣を使ってるの?体術を極めた方が良くない?」


「バカだな。俺は冒険者だぜ?魔物を相手にするんだ。一応体術は出来るが、それでも魔物を殺すのに一番手っ取り早いのはこいつだろう」


 そう言ってガルは、背中に差していた剣をゆっくりと引き抜いた。

 ガルはいつもその剣を自分の体の一部のように、大切にしていて常に整備しているような状態だ。

 そういうとき、ガルは決まっていつも、一番信用の置ける奴に命は預けられる。だから俺はいつもこいつのご機嫌を取っているんだと言った。


「じゃあさ、自分の中の魔力をその剣に集めることは出来ないのかな?そうすれば、その剣もとんでもなく強くなるんじゃない?」


「いや、少なくとも俺は出来ないし、歴代の勇者でもそんな話は聞いたことないぜ?」


「そうなの?」


「ああ。ただ、斬撃の魔法とかはあるらしいからな、勇者様はそっちを使っていたらしい。それに、魔力を集めるのはそこが持っている本来の機能を強化するためだ。無機物の剣に集められたとしても、意味はないんじゃないか?」


「そう、か。そうだよね、それに、自分の体の中にあるものを外に出すなんてどうやっていいのか分からないし」


 それきり僕たちの会話は少しだけ停滞する。

 野営の準備も、もう終わる。

 ガルは夕食の下準備に入っていた。

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