第10話 別れ
−ガサッ
ガルフェンダーは僕が立てた足音に気づき、不意に顔をあげた。
「おう。慧。もう体の具合は良いのか?」
「え?あ、ああ」
「そうか」
ガルフェンダーはそう言うと、また素振りに戻った。
昨日のこともあってか、僕たちの間には幾分か気まずい雰囲気が流れる。
「ガルフェンダーはどうして剣を振るうの?」
気づけば僕の口からはそんな言葉出ていた。
疑問に思う。
この人は何でこんなに無心でいられるのだろうか。
何を思って剣を振るうのか。
「自己を守るためだ」
「自己を?」
「ああ」
「それは、魔物から?」
「そうだ」
身もふたもない回答なのかもしれない。
けど、その実直な回答がこの世界の厳しさを物語っている気がした。
「ねぇ。俺にも剣が扱えるかな?」
「ああ」
「本当に?」
「ああ」
「どうしてそう思うの?」
「お前には、きっと才能がある」
「僕はそう思わない」
「俺はそう思う」
「どうして?」
「どうしてもだ」
平行線。僕たちの考えは決して交わらない。
「何も俺に教えを乞う必要はない」
ガルフェンダーはそこで素振りを止め、僕の方へと振り返る。
「レインだって剣の腕ならば相当なものだ」
「僕は…」
僕はなぜガルフェンダーに頼もうと思ったのか。
「僕は昔の自分と決別したいんだ」
「昔の自分と…?」
「村長に教えを乞いたらきっと甘えを捨てられない。捨てられない気がしたんだ」
「そうか…」
そう言うとガルフェンダーはまた素振りに戻る。
「なら、まずは素振りからだな」
その言葉に僕はなぜか無性に嬉しくなってしまった。
「はい!」
その日からガルフェンダーとの修行の日々が始まった。
ガルフェンダーは見た目通りのぶっきら棒で、あまり教えるのは得意ではないようだったけど、彼なりに教えてくれようとしてくれる姿が今まで体験したことのないようなくすぐったさを僕に与えてくれる。
それは僕にとって体験したこのない、父親の姿だったのかもしれない。
素振りを欠かさない基礎を積み重ねていくガルフェンダーの修行は楽しくはなかったし、今まで運動という運動を遠ざけていた僕にとって、辛いものばかりだったけど、それでもどうしてもやめられなかった。
魔法で体を強化したり、無理やり血液を循環させて寝ている間に体力を超回復させたりと、魔法を使うようになってからは、その効能に驚いてばかりだ。
精霊の加護を持っているおかげか僕は魔法との相性は良いみたいで、今まで触れたこともなかった魔法が自分の手足のように馴染むようだった。
そんなことの連続だったおかげか、ガルフェンダーとは最初の頃のわだかまりもいつの間にか無くなっていて、心を許しあえるような不思議な感覚を得ている。
今では、良い兄貴分みたい存在かもしれない。
けど一方で、レイシアとは上手く打ち解けないでいた。
毎日言葉は交わすけれど、そこには何か超えられない壁のようなものが存在していて、どうしても一歩が踏み出せないでいた。
人間とは不思議なもので、一ヶ月も続ければ慣れが生じてくるし、途中で一日でもそれをやらない日があれば、そのことで罪悪感だとか不安感が生まれる。
やることは辛いと分かっているのに、やらないと体の調子が整わなくなってくるんだから難儀なものだとつくづく思う。
この一ヶ月で僕の体は大きく変化した。
昔の僕から比べれば、筋肉質になったと思うし、毎日魔法を使っての鍛錬も欠かしていないから、無駄のないハリのある筋肉だと自負している。
剣の方は初級を超えて中級にまで足を踏み入れていると思う。
本当はステータス盤を使って確認できれば良いんだけど、この村ではそれを使うこことが出来るのはミルキィ先生だけ。
先生は未だ寝たきりで、起きる様子もなかった。
魔法はやっぱり加護のおかげなのか、ガルが言うにはもう中級と名乗って良いくらいにはコントロールが出来ているらしい。
バンブスでも大きな部類に入る都市で活躍してるガルのお墨付きだ。
一ヶ月が経って、ガルの怪我が大きく回復に向かっていた。
もうすぐこの村を出るらしい。
僕も一緒に来ないかと誘われているけど、まだ答えは出せていない。
正直に言ってしまえば、僕は怖いのかもしれない。
外の世界が怖い。
僕は深夜とは違う。
あいつとは長い付き合いだし、幼馴染と言って良いのかもしれないけど、あいつはいつも何事にも果敢に向かっていくやつだった。
僕はいつも影からその方を見ていて、でもその仲間に加わるなんてことはしなかった。
いつも一人。
それが僕の居場所で、僕の見方は物語の中にあった。
ここは物語の中なのかもしれない。けど、今の僕にとっては現実だ。
どうしようもなく現実で、そこでの僕はやっぱり上手く出来ていない。
この村のモノは今でも色あせて見えている。
もしかしたら、これは先の戦闘の後遺症なのかもしれないけど、誰にも言い出せずにこの一ヶ月間を過ごしてしまった。
これは一生治らないのかもしれないし、ひょんな事からすんなりと治るかもしれない。
けど、そんなことよりも今の僕にとってはこれ以上、レイシアと、ミルキィ先生と顔を合わせることが何よりも辛かった。
「もう、行くよ」
「うん」
「じゃあ…」
僕はその言葉を最後にガルの方へと振り返ろうとする。
「いつか!いつか、この村に戻ってきてくれますか?」
レイシアが必死な形相で僕に呼びかける。
けれど、それは僕にとっては答えにくいことだった。
いつかこの村に戻ってくる。
果たしてそんなことが起こり得るのか?
もしかしたら、簡単に出来てしまうのかもしれない。
けど、今の僕にはそれがいつになるかは分からない。
「いつか、僕が昔の僕と向き合えたら戻ってくるよ」
「本当…、ですか?」
「ああ、約束するよ」
嘘だ、そんな約束なんか守れっこない。
僕は本当に嘘つきだ。
「じゃあ、もう行くから」
「はい…、どうか、体には気をつけてくださいね?」
最後の言葉には頷けなかった。
いつまでも会話が続いてしまう気がしたし、それに…。
「良いのか?」
「はい、これで良いんです」
「最後になるかもしれないんだぞ?」
「いつかは、この村を出なくちゃいけなかったんですから」
「そうか」
そう言ってガルは前を向いた。
僕はそのあとに続く。
後ろを振り返ると、レイシアがこっちを見ていて何かを呟いた気がした。
けれど横目にチラッとしか入らなかった僕の視界では、レイシアが何て言ったかを判断することは出来なかった。
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