第9話 現実と偽証


本格的な座学が始まって、一ヶ月。

 基礎的な魔法の扱い方や剣の型、その両方を同時に進行してきたが、今日からはまた一歩、未知の領域へと踏み出すことになっている。

 それは、相手がいることを想定した戦い方だった。

 つまり、率直に言ってしまえば、相手の倒し方、殺し方だった。

 これまでやってきた座学で嫌という程、僕たちの持っている、持たされている力は強大だということを理解させられた。

 中には、嫉妬や妬みなんかの害意を向けてくる人もいた程だ。

 だから僕たちはその力の制御の仕方を学ばなければいけなかった。

 でも、僕には一つの懸念があった。

 僕の力は果たしてどこまで通用するのか。

 一ヶ月前の計測では、僕の力を判定することは出来なかった。

 でも、この一ヶ月、魔法が使えないなんてことはなかった。

 つまり、基礎的な魔法は不便なく使えるということが立証されたということだ。

 でも、本格的な魔法は解らない。

 もしかしたら、どの属性も使えるかもしれないし、どの属性も使えないかもしれない。

 仮に今、魔法を使えたとしても、どこかで皆の足手まといになる可能性も捨てきることは出来なかった。

 僕は怖い。

 どこかで立ち去らなければいけなくなった時、僕は本当にやっていけるのか、その時どんな行動を起こしてしまうのか。

 分からない。

 それが一番の恐怖だった。



 

 この世界に来てから、半年が経った。

 慣れとは怖いもので、夢だと思っていたこの世界も、今では現実で、今までの方が夢なのではなかったのか。とそう思う瞬間もあった。

 この半年間、僕たちの日常は多忙を極めた。

 明日も激しい訓練があるのかと思うと、眠りたくない夜もあったし、穏やかに日本では見たことのなかった満天の星空を眺めた夜もあった。

 けど、振り返ってみると、悔やむことばかりだし、あっという間に過ぎ去ってしまったかのように思えた。

 こちらの時間軸は日本と大して変わらない。

 一日は二十四時間だし、一ヶ月は三十日。この世界でも明確な四季が訪れるのはこの辺りだけらしいけど、それでも僕たちの周りには色で溢れていた。

 けど、一年間だけは日本よりも少しだけ長い。

 期間は542日。一年と半分だけ長かった。

 僕たちが知見を広めるために旅立つのは、春。

 今は冬で、あと半年で春になる。

 この世界の統一歴では春になる直前、まだ肌寒い頃に年越しをするらしい。

 皆、この半年間で見違えるように成長したように思える。

 詩織は下級魔法を全て習得し、上級魔法を習得しようとしていた。

 楓も得意な白魔法を最大限に活用しようと努力を続けていた。

 それが高じて、回復魔法は上級魔法を会得していた。

 それに、楓は白い服を好んできるおかげか、城下町では聖女と呼ばれているらしい。ちなみに、本人は知らないようだった。

 その中でも、剣神の加護をもった直紀の成長は目まぐるしいものがあった。

 型を習えば、次の瞬間にはほぼ同じように振るうことが出来、難しい剣技や型も一日と経たずに会得していた。

 近衛騎士団長が言うには、まだまだ会得しただけだ。と言うことだけれど、それでも同じことを繰り返している僕の目には、歴然とした差が存在していた。

 それでも、一つの技たりとも近衛騎士団長のそれを上回らない。

 きっと極めるには、とてつもな時間を要するのだろう。そう思わせるだけの迫力が彼にはあった。

 そして、一番のびっくり箱だったのが藤堂先生だ。

 普段はおっとりとしていて、本当に前が見えているのか疑うところもあったけど、その剣筋は本物だったのだ。

 慣れていないのか、覚えが悪いのか、魔法の方はあまり進捗は良くないようだけど、それでも、半年というスパンで老人とは思えない吸収力を発揮していた。

 この世界に来てから初めて聞いた話だけど、先生は実家に剣道場をもっていて、そこで子供達に剣道を教えていたらしい。

 定年を迎えた先生は非常勤のシニアとして学校の先生も兼任していたらしいけど、今の、まるで若い頃に戻ったかのような先生の顔を見ていれば、剣道場で子供達にその楽しさを知ってもらうことは先生にとって、何者にも代えがたい大切なことだったんだと伝わって来た。

 この世界に来て、魔法というものに触れた先生は、その魔法を体の中で循環させて、遠い昔に失った体力を少しずつだけど取り戻すことに成功していた。

 体力を取り戻してからの先生の剣筋はますます洗練されたものになっていって、今では近衛騎士団の部隊長クラスにまで腕を上げていた。

 最初の頃は僕でも知るような日本の剣道の技を出していた先生だけど、こっちの剣術に触れていくに従って、型を崩していき、その複雑怪奇な動きを洗練しているようだった。

 一方で、僕はどっちつかずだ。

 別段、魔法が優れているわけでもなく、剣筋が良いわけでもない。

 けれど、何も出来ないわけでもなく、何か出来ないものがあるわけでもなかった。

 魔法では、基本四代元素に白魔法と黒魔法。

 剣では、練習すれば大抵の型は、習得できた。

 最初は黒魔法が出来たから、僕は状態異常や幻覚を掛けるのが得意なのかもしれないと思っていた。

 けど、そんな淡い期待はすぐに崩れ落ち、他の使える魔法と何ら特筆すべき点がなかったのだ。

 周りは、全ての魔法を使えることはすごい。万能だ。

 と、褒めてくれるし、慰めてくれていることも感じているが、万能型はいつかどこかで潰える。

 そんな当たり前のセオリーが僕の前に大きく立ちはだかっていた。

 何かに曲振りして、苦手なところを補い合うことが一番強い。

 もしも、万能型が一番強いなら、何のためのパーティーなのか。何のためのレイドなのか。

 それに、これは借り物の力だ。

 僕の力じゃない。

 気づいたら、そこにあった。拾い物みたいなものなんだ。

 直紀や詩織、楓までもがその力を存分に活用していた。

 僕た、ただ教師たちに言われるまま、お膳だてをされるがままに練習をこなしているだけ、それが僕に力になっているなんて到底思えなかった。

 剣では、直紀に負け、魔法では詩織に負け、補助には楓がいる。

 なんて完璧なパーティー何だろうと何度も痛感する。

 僕はただ前衛に立てるだけの壁役でしかない。

 でも、口には出せない。いや、出してしまうことが怖いんだ。

 出してしまったら最後、そのことに自分が崩れ落ちてしまうような気がして、そのことに皆が気づいてしまうような気がして。



  

 半年後、とうとうこの日が来た。 

 旅立ちの日だ。

 覚悟は決めている。

 この半年間、何度も考えて来た。

 大丈夫。僕なら耐えられる。僕なら出来るはずだ。

 訓練で魔物を狩りにいった時も、偶然を装って、単独で行動をした。

 その経験が今、役に立つと信じている。


「勇者様」


 この国の第一王女シルフィアが僕たちを見ながら呟く。

 クレン王は愛娘のシルフィアをそっと撫で、一歩前に出た。


「貴殿たちの力はこの国で、いや、この世界でも十分に通用するだろう。けれど、まだ魔王を迎え撃つには力不足だ」


「はい」


 全員の声が重なる。


「まずは、ここより東の地へ迎え。そこにクレン王国とタオエン連邦とヴィステ共和国の三つで運営する学園都市がある。そこで、他の勇者たちと合流するが良い」


 シルフィアの横には僕たちがこの一年間お世話になった、侍女達が控えている。

 宰相のイグニスは空いた国王の右横を埋める形で立っていた。

 ふと、横を見渡すとこれから始まる未来に不安と期待で胸をいっぱいにさせている三人が目に入った。

 もしかしたら、この顔はもう見納めかもしれない。

 そう思うと、自然と涙が出そうになった。


「これからたくさんの行き違いや、様々な壁が貴殿達の前に立ちはだかるだろう。しかし、私はその度に貴殿達五人の力でなら、乗り越えていけると確信している。たとえ、誰かに何かが劣っていたとしても、何も勝るものがなかったように思えても、決して逃げてはいけない。それだけは今ここで、私の前で誓ってくれるか?」


 その言葉を聞いて、自然と跪いた。

 この一年間で、初めて心からこの人は王国を背負っている人なんだと思った瞬間だったかもしれない。


「はい。誓います」


 僕たちは、様々な想いと不安を抱えながら旅立つこととなった。




 

「良いんですか?行かせてしまって」


 フクロウの声が響きたる、全てのものが停滞した時間、二人の話し声が聞こえる部屋があった。


「ああ。彼なら大丈夫だ。自分の弱さを知っている」


「私にはそうは思えません。彼はまだ、子供です」


「そうかもしれないな」


「なら」


「でも、彼は勇者だ。いづれは旅に出てもらわなければならない」


「今でなくても良いでしょう?」


「いや、もうすでに時はない」


「それは…」


「王都近隣でも普段は見ないような魔物が多数目撃されているという報告が上がって来ている」


「それなら、彼らも危険なのでは?」


「だから、密かに護衛をつけようと思っているのだ」


「護衛?」


「ああ」


 彼女は少しだけ悩むそぶりをした後、


「それなら、私に任せてください」


「しかし、それは」


「私なら戦力として申し分はないはずです」


「だが」


 そう言葉続けるが、彼女の揺るがない目を見て何かを感じ取った彼は


「わかった。だが、問題が起きたならすぐに連絡を寄越すんだ。分かったな?」


 そう言葉を続けた。


「御身の御心のままに」


 後には、彼女の言葉が響き渡った。

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