第8話 まだ見ぬ力


 晩餐は静かに進んだ。

 僕も含めてみんなこの食べ方に慣れていないみたいで、緊張しているようだった。

 普段は変なことを言って盛り上げてくれる直紀も今一空気を掴み損ねているみたいで、あまり喋らない。

 クレン王も自分からはあまり話さない人のようで、つまり、話そうとする人が存在していないようだった。

 料理は本格的なコース料理になっていて、僕たちの前にはまず前菜が運ばれてきた。

 おそらくキャベツやレタスではないだろうが、似たようは葉っぱ状の野菜に彩られたサラダにドレッシングがかかっていた。

 シェフから軽く説明が入ると、まずクレン王が口をつけた。

 皆、食べたこともない野菜ばかりだから不安なのだ。

 野菜は新鮮なものを選んでいるのか、シャキシャキとした歯ごたえが残るまずまずの美味しさだった。

 全員が前菜を食べ終えた頃だったろうか、だんまりを決めていたクレン王が口を開いた。


「勇者諸君、こちらの世界の料理はどうだろうか」


 その言葉に皆混乱した。どうと言われてもまだ、前菜しか食べていないのだ。これで評価など下せるわけもなかった。


「王様、お言葉ですが私たちはまだ前菜しか食べていません。これで評価をしてしまってはシェフの方々がかわいそうなのでは?」


 いつも物怖じをしない詩織が僕の思っていたことを代わりに言ってくれる。


「うむ。そうだな、その通りだ。だが、私は前菜にはこだわりを持っていてな?この野菜は王城の庭を使って育てているのだよ」


「え?そうなんですか?」


 今度は直紀が口を挟む。


「このドレッシングもニシルという野菜から作っておって、まず市場ではなかな手に入らないだろう」


「このドレッシングが…、すごいわね」


 尖った言い方で突っかかった詩織だったが、それを気にした様子もなく話すクレン王に気を許したのか、詩織が素直に感心していた。

 いや、詩織の場合、自分に素直なだけなのかもしれないが。

 ふと、楓や藤堂先生の方を見ると、楓は感激したように目の前のサラダを味わい、藤堂先生はいつものマイペースでサラダをゆっくりと味わっていた。

 静かに進んでいた晩餐は図らずも仕掛けられたクレン王の演出によって、その後も調子を取り戻した直紀と詩織によって賑やかに進行して行った。




 

「それで、どうだ?彼の様子は?」


「は、私が武術家であることを見破られてしまいました」


「ほう?お前の実力を見破ったということか?」


「いえ、どうにもそんな気がしたとのことでした」


「気がした…というと?」


「私の動きから何かを感じ取ったようです」


「ふむ。彼は、何か武術を納めていたのかね?」


「いえ、別段何かをしていたようには言っていませんでしたし、動きも素人のそれでした」


「いや、貴様がいうのなら、信用しよう」


「は、どうにも彼に授けられた加護が起因しているかのように感じられます」


「だろうな。彼は、あの中であっても一際輝くもの、いやもしかしたら複数持っているのかもしれんな」


「は、私もそのように感じます」


「うむ。わかった。引き続き監視を続けよ」


「は、では私はこれにて」


 そう呟いた次の瞬間には、音もなく消え失せていた。


「天から与えられし、加護…か。は、皮肉だな」




 

 次の朝、この日から本格的な教育が始まることとなった。

 このクレン王国には研究機関を集めた学園都市なるものがあるらしいけど、僕たちは魔法は宮廷魔道士、剣は近衛騎士団に教わることになっているらしかった。

 僕個人では、学園都市という響きにすごく興味がそそられるけど、これらのことは僕たちがくる前から決まっていたし、無理を言って準備に手間取らせてしまっても悪いとも思っていた。

 基本的に僕たちは五人のパーティで組むことになるだろう。

 僕たち全員が全てを学んでいる時間はない。残されている時間は少ないのだ。

 だからという訳ではないけど、僕と直紀が前衛、詩織と楓が後衛、藤堂先生は遊撃隊として学んで行くことなった。

 何を学ぶかという問題で、この世界にも、もちろん才能というもの存在していた。

 しかし、そこまで厳密なものではなく、親やその人の育った環境に起因すると考えられているようだった。

 ただ僕たちにはそれ以上に絶対的な指針が存在していた。

 それは僕たちが授けられているはずの加護というものだった。

 この世界にやってくる転移者は何かしらの加護を得てくるらしい。ただそれは、一つかもしれないし、二つや三つ、はたまた五つも持っていたという記録も残っているらしい。

 加護はただ持っているだけでは、少しの手助けしかしてくれない。こっちの方が少し向いているかな?という程度だ。

 本当にその力を使いたいなら、その神の従者がいると言われている地に赴いてパスを繋いでもらわなければならない。

 しかし聞くところによると、その判定基準はその従者の気分次第であるらしく、ただ行けば繋いでもらえるという訳ではないらしい。

 判定するだけなら、宮廷にも置いてある機械で出来るので僕たちはそれに従う運びとなっているのだ。

 




「詩織ちゃん、私たち本当にその、剣術とか魔法とかを学ばなきゃいけないのかな?」


「何言ってるの?楓、私たちはもう日本にはいないの、ここは危険な魔物が跋扈する言ってみれば、未開の地。自分の身は自分で守らなきゃいけないのよ?」


「でも、私無理だよ。怖いよ」


「楓…」


 詩織と楓が後ろでヒソヒソと話している声が聞こえてくる。

 外には出さないように気をつけていたが、不安なのは僕だけじゃない。特に楓は気の弱い子だった。きっと僕よりも不安だし、怖いのだろう。

 そんなことも分からずに、自分のことだけしか考えていなかったこと恥ずかしかった。


「大丈夫だよ。いざって時は俺が守ってやるさ」


 直紀が後ろに振り返って詩織と楓を慰めているようだった。


「はぁ?直紀が私たちを守るっていうの?それこそ、不安しか残らないわよ」


「ええ⁉︎」


「ねぇ、楓?」


「う、うん」


「楓ちゃんまで…」


 こういう時、直紀には本当に頭が上がらない。

 直紀にはいつもムードメーカーとして助けもらうばかりだった。


「さ、着きましたぞ」


 一つの扉の前で立ち止まって先導していたイグニスが言った。

 扉を開くと、そこは床一面に大きな魔法陣が広がっており、中央には四角形の台と水晶が一つ。その水晶の下に敷いてある紙にも魔法陣が描かれていた。


「あの水晶で計測するっていうの?」


 部屋の様子を見渡した詩織がイグニスに訝しげに質問した。

 正直僕も同じ意見だ。日本では水晶なんて怪しい占いの時なんかにしか用いない。


「水晶ですか…、いえ、それは少し語弊がありますね」


「…どういうこと?」


「本当に大切なのは、その下に敷いてある魔法陣です。そして床一面に広がっている魔法陣はその効果を増大させるもので、特殊な技術を使って定着させています」


 宰相が自分のことを誇るかのように自慢げに応えた。


「そ、そう」


「ええ。ですので、水晶は私たちに分かるように表面化するためのものなので、その結果が直に分かる魔導師が入れば必要のないものなんですね」


「その、魔導師はいないの?」


「魔導師は世界教によってその技術の質が落ちないようにと守られているので」


「えっと、世界教って?」


「勇者様方にはまだ説明されていないのでしたね。世界教とは世界新和教の略で、他にも新和教などど略されることが多いですね…」


 僕にとっては既知のことでも、詩織たちにとっては未だ触れたことのない異世界の知識だ。過去の自分がそうであったように自分に言い聞かせるようにイグニスの話を頷きながら聞いているようだった。

 いつも授業となると寝ていた直紀も何気ないそぶりで聞いているようだ。珍しい光景だったと思う。


「では、世界教のことは分かりましたか?」


「ええ、分かったわ。だから早く計測を済ましてしまいましょう?」


「はい、そうですね。では、詩織様からこの水晶に手をかざしてください」


 その言葉に頷いた詩織は一歩に前に出て、固唾を飲み込んでそろそろと水晶の前に手を差し出した。

 すると、詩織の手からわずかに漏れ出ていたオーラのようなものを感知して、水晶玉がわずかに光だした。


「これは驚きました。詩織様は苦しくはないのですか?」


「え?ええ、何か吸い取られるような感じはするけど…」


 その言葉に同意するように詩織の手から吸い取られていくオーラは勢いを増し、水晶はその輝きを増していった。

 しかし、その輝きは皆が眩しいと感じた頃に突然として止まった。

 半透明の水晶は今やその姿を変容させて、赤、青、緑、茶と次々に色を変化させながら輝きを放っている。それはまるで、丸い水晶の中を四つの綺麗なビー玉がせわしなく動いているかのようだ。


「きれい…」


 その言葉を発したのは誰だったのか、しかしその言葉はこの部屋の全員の想いを代弁していた。


「すごい、すごいですぞ詩織様」


 いつのまにかイグニスは興奮した様子で詩織に詰め寄っていた。


「え、ええ」


 興奮しきったイグニスは若干引いている詩織の様子にも気がつかない。


「この四色の色は、それぞれ火、水、風、土属性を表しています。それに…この輝きは相当に純度が高い。かなりの可能性が秘められていると感じます」


「そ、そう?」


 慣れていない突然のベタ褒めに詩織もまんざらではない様子だ。


「そ、それで?加護の方はどうなのかしら?」


「詩織様の加護は魔法神に属する、それもかなりの高位のご加護を得られていると考えられます」


「そ、それだけしか分からないの?」


「ええ、まぁはい。何分、神のなされることなので私たち人間には分からないことが多いのですよ。その分、ここに置いてある装置はその人の得意な魔法属性も判定できる優れものなのです」


「まぁ、確かにそれなら仕方ないわよね…」


「はい。あ、でも魔法神は多くの人のご加護を授けることで有名なので、かの聖地に赴ことも難しくない場所になっていますよ」


「そ、そう。別にそんなの全然嬉しくないんだけどな」


「何か申されましたか?」


「い、いえ」


「勇者様はよく誤解なされますが、元来、ご加護を授かるということは大変名誉なことなのですよ?ご加護を賜る、それはその神に愛されているということなのですから」


「そ、そう。それならまぁ、悪い気はしないわね」


「はい」


 その言葉を聞いたイグニスは大変満足そうに頷いた。

 普段は抜け目ない所が満載のイグニスでも、魔法のこととなると別人みたいに、時折、無邪気な顔を見せることが多々あった。


「へぇ。すごいじゃん」


 直紀がそれに負けない無邪気さで詩織を褒め称える。

 しかし詩織に先を越されたのがよほど悔しかったのか、さっきから直紀がそわそわしっぱなしだった。

 今にも飛び出して行きそうな様子だったが、さすがにまずいと思っているのか必死に堪えているのが分かりやすくて直紀らしい。

 ふとその様子に苦笑いしている楓の様子も目に入って、どの世界に行っても僕たちの関係は変わらないのかもしれないとホッとする思いがこみ上げてきた。


「では、次は直紀様お願いします」


「あ、ああ」


 直紀は緊張した様子でぎこちなく手をかざす。

 しかしして詩織の時とは打って変わって傍目にもわかるほど、その輝きは弱々しいものだ。

 それに…、白というよりは半透明……?


「えっと」


 詩織の時とは隔絶されたその差に直紀は愕然としていた。


「これは…直紀様は、剣神に属する神のご加護を賜っているようですな」


 イグニスの話など聞こえていないと言うかのような様子で直紀はその結果に意気消沈していた。


「あ、はは。俺には魔法の才能がないみたい…だな」


 その弱々しい笑顔は直紀が初めて見せる弱気な顔だったかもしれない。

 なんて声を掛ければいいんだ。

 僕はとっさにかける声が見つからなかった。


「ふふ、魔法の才能は私の方が上みたいね?」


「あ、ああ。そうだなおめでとう…。」


 直紀のその覇気のない様子に詩織は少しムッとした顔をした。


「何よ。魔法で負けたくらいで、シャキッとしなさいよ」


「…魔法は、俺にとってロマンだったんだ。そう簡単に割り切れるかよ」


「その分、剣で頑張ればいいんじゃないの?」


「え?」


 今度こそ全員の声が重なる瞬間だった。

 直紀はその言葉に呆然としながらも、何か憑き物が取れたような顔をしていた。


「なに?慰めてくれるの?」


 直紀がニヤニヤしながら話しかける。


「べ、別に⁉︎ただ、落ち込んでる直紀なんて似合わないだけよ!」


「はは。詩織は優しいな」


 そのほろ苦い直紀の笑顔には力強いものが眠っているように思えた。




 

「じゃあ、次は僕が行かせてもらおうかな」


 次に沈黙を破ったのは僕の発した言葉だ。

 その言葉のままに水晶の前に手をかざす。

 僕の手からも二人と同じようにオーラのようなものが吸い取られていくような感じがした。

 しかし、二人の時とは違って一向に光る様子がない。


「そ、そんな」


 俺には加護がないって言うのか…?

 せっかく場を和ませてくれた詩織には悪いが、まさか僕がこんなことになるなんてな。

 僕が黙ってしまい、みんながシーンとなる中。


「真也様。そこまで悲観なされることはないと思いますぞ」


「え?それは、どうして?」


「この水晶は一見、光っていないかのように思えます。そして光っていないと言うことは特筆すべき魔法も、ましてやご加護も賜っていないと言うことになりますが、この水晶は光っていないわけではありません」


「確かに、わずかにだが光を出している気はするが、それがどうしたって言うんだ?」


「真也様は太陽の光が何色に見えますか?」


「え?何色って…、赤とか?」


「絵画などではそう描かれるのが自然かもしれません。しかし、本当に赤色なのでしょうか?私は本当は透明ではないかと思うのです。これは私のもう元になってしまうのですが、太陽が赤く見えるのも空が青く見えることと同じなのではないでしょうか?」


「つまり、本当の色ではないって言うことか?」


「はい、そう考えると、この水晶の結果も違って見えるのではないでしょうか?先代や先先代の勇者様はいくつかの加護を持っていたことが分かっていますが、その時、この装置はありませんでした」


「その時にこの装置があれば、同じ結果になったと?」


「その通りにございます」


「つまり、イグニスは僕が複数の加護を持っているかもしれないと言いたいのか?」


「その通りにございます。ですがこれは何も加護だけの話ではありません」


「…え?」


「魔法、しかも上位魔法が合わさればこうなることもあるかもしれません」


「…上位魔法」


「あくまでも、可能性の話ですから私に言えるのはここまでです」


「あ、ああ」


 つい生返事を返してしまったが、僕はそれどころではなかった。

 本当にそんなことが起こり得るのか?

 それが今の僕の心を支配する言葉だ。

 様々な形に変化する感情が渦めいては入れ替わる心は、さながら渦潮のように均一が保たれていて、しかしその実、無秩序によって管理されていた。

 後にはイグニスが一言二言と紡いでいた気がするが、僕の耳を通り過ぎるだけで、頭の中には入ってこない。

 僕の心の支えだったものを全て失って、けど本当はもっと自分でも支えきれないもっと強大なものを手に入れていて、まるで脱力感のようなやるせなさが込み上げてきていた。

 もっと遠くへ、もっと高くてを伸ばしたいと切望しながらも、もはや手を伸ばすこともできない。そう錯覚させるほどの無力感だった。

 これはきっと、わがままだ。

 そう分かっているはずなのに、自分の不甲斐なさを痛感してしまう。

 思い上がっていた自分が恥ずかしくなってしまう。

 何を勘違いしていたのかな?

 僕は今まで何を考えていたのか。

 そんな単純なことすらわからなくなってしまう。

 もがいて、もがいて、もがこうとしているのに、もがいていたはずなのに、いつのまにか停滞していた。

 僕は特別なんかじゃない。

 なのに、周りが僕を特別たらしめる。

 僕の後には、楓、藤堂先生と続いたそうだけど、呆然としていたからなのか、後から振り返ってみると何も覚えてはいなかった。



 

 賑やかながらもこれからの期待と想いを秘めながら進んだ昼食は、どこか皆が皆上の空で、発せられるその言葉にも気持ちは入っていなかった。

 僕のその例外ではなく、どんな味がしていたのか、どんな趣向が凝らされていたのか。そんな些細なことさえも覚えていない。

 その様子を鑑みてなのか、それとも時間がなかったからなのか、午後からの講習はすぐに始まった。

 目の前で繰り広げられる今まで触れたこともない異世界の常識、魔法という純粋なるエネルギーの知識、人間に敵意を向けるという魔物の脅威。

 めまぐるしく入れ替わる教師たちによる初日の授業はあっという間に終了した。

 それは五時間にも及ぶ強行軍だったが、僕も含めて皆、未だに高揚感が抜け切らないようだった。

 その頃には昼間のようなわだかまりも抜け、自分の思い描く未来に向かってそれぞれの想いと現実を胸に秘め、新しい一歩を踏み出そうとしている。

 この世界の常識、自分の立場、果たすべき目標。

 まだまだやることは終わりが見えてこない。

 しかし、それぞれの目には後ろ向きではない何かの想いが入っているように思えた。

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