第7話 エイリス
案内された部屋はさすがは一国の王城の客室といったところだろうか。
天井には規則正しく並べられたタイル状の落ち着いた様式に一見、それを壊すかのような煌びやかなシャンデリアが吊るされていた。床にもタイル状の模様をした石畳にカーペットが敷いてある。部屋はこのタイル状の様式に支配されているかのようだった。しかし、そこに配置されたタンスやベッド、様々な装飾によってそこから解放へと向かっているように感じた。
しかし、その中でも明確にわかる特徴があるように思えた。
「なぁ、クレン王は合理主義者なのか?」
真也は振り返って、後ろについて来ていた侍女に質問をした。
「えっと」
次女は何かまずいことがあったのか、どうしてか困ったような顔をした。
「いや、別に怒ってるとか貶したいわけじゃないよ?」
「え?」
「ただ、この部屋は一国の王城の客室にしてはあまりにも理路整然としすぎるんじゃないかと思ってね」
「はぁ。すみません。なにぶん私は無学なものでして、他の方の部屋などはわからないのです」
一瞬あっけに取られた侍女だったが、すぐに気を取り戻し、それから侍女は済まなそうに頭を下げた。
「そうか。まぁ。悪い部屋だとは思ってないから」
「わかりました。そのように伝えておきますね」
笑顔を絶やさないように言われているのか頭をあげた侍女は完璧と言わざるを得ない笑顔を身につけていた。
真也はその笑顔に一瞬呆然とし、同時に何か薄気味悪いものを感じていた。
「それでは、すぐに夕食をご用意いたしますので」
「あ、ああ」
そう頷いた真也をしっかりと視界に納めた侍女は一度礼をした後、静かに部屋を出ていった。
「さっき感じたのはなんだったんだ?少なくとも日本にいた頃には感じたことはなかった…よな?」
真也は自分を襲った奇妙な感覚に首を傾げていた。
それから10分もたった頃だったろうか、コンコンっと部屋にノックが響き渡った。
「どうぞ」
「真也様、ご夕食の用意が整いましたので、こちらの服にお召替え願えますか?」
入って来たのは先ほど出ていった侍女だった。
さすがは王城と言うべきか。
この次女は本当に俺の御付きでそれ以外は何もしないらしい。
「えっと、ここで食べるんじゃないの?」
「まさかとんでもございません。今夜はクレン王から夕食の誘いが来ておりますので」
「クレン王から?」
おそらく来るとは思っていたけど、初日からとは思わなかったな。
「えっと、断ることはできないよね?」
「いえ、真也様のお立場は少々特殊なもので、世界神話教から立場を各国の王と同等とすると保証されているので跳ね除けることは可能です」
返って来た返答は僕の予想を物の見事に裏切るものだった。
「え?せ、世界神話教?」
「はい」
「なに、それ?」
「かつての勇者様がこの世界共通言語を広める時に一緒に広めた宗教でございます」
「そ、そうなんだ。じゃあ、この国ではその宗教が信仰されているってこと?」
「いえ、勇者様の意向でこの宗教とは別に各国で自由に進行できる宗教がありま
す」
「は、はぁ」
「ですから、今では常識と言いますか、守るべきマナーのようなものに成りつつありますね。詳しくは省かせていただきますが、守るべき規律が厳しくないので
す。それが長年続いて来た所以の一つとも考えられています」
「そうなのか…。」
「それで、本当に欠席されますか?他の皆様は出席なされるようですが」
「いや、出席するよ。余計な波風を立てても仕方がないしね」
「解りました。では、改めてこちらの服にお召替え願えますか?」
「ああ。わかったよ。それじゃあ」
「はい。お手伝いいたします」
「え⁉︎」
なんとか手伝おうとする侍女を部屋から追い出した僕は用意された正装の仕立ての良さに戦慄していた。
日本で暮らしていた時に普段触っていた衣服よりも滑らかなだったのだ。
もしかしたら、そのぶん吸水性とかがあまり良くないのかもしれないけれど、僕にとっては十分に驚きに値する品物だ。
「真也様。お召替えはすみましたでしょうか?」
服をじっくりと観察していたら、いつの間にか時間が経っていたようだった。
「い、いやまだだ。今着替えるから少し待ってくれ」
「分かりました。ごゆっくりとお過ごしください」
次女のその言葉には丁寧ながらも言葉の節々にトゲを感じた。
僕はなぜかこの人に逆らえそうに感じられず、急かされるままにそそくさと着替えを済ませた。
着替えが終わった僕はその急かされる思いのままに、勢いよくガチャっと扉を開くと、またもや僕を急かそうとしていたのか、ちょうど扉に近づこうとしていた侍女に、勢い余って抱き着くようにぶつかってしまう。
「…」
「……」
「えっと」
「……」
恐る恐る顔をあげてみると、そこには無の表情をした侍女が立っていた。
「いや、これは違うんだ」
「何が違うのですか?」
「いや、わざとじゃないというか」
苦しい。僕は側から見れば、扉を開け、喜んで彼女の胸に飛び込んでいくように見えただろう。どんな誤解が生じるかは明白かもしれない。
「わかっています。扉の向こうから私の行動を察知できるはずもありませんから、加えて言えば、それを狙って私の胸に飛び込むなどと」
「え?そそそうだね。あ、ははは」
「ええ。ですから私は何も気にしていませんので、大丈夫です」
そう言う彼女からは何かどす黒いオーラのようなものを感じた。
これは全然気にしていないっていう雰囲気じゃないんですけど⁉︎
「ごめん‼︎」
「どうして真也様が謝るのですか?」
「不可抗力とは言え、その、君にハレンチなことをしてしまったから」
そういうと、澄ました顔で僕を見下ろしながらも呆れたように放っていたドス黒いオーラが薄まったように感じた。
「そうだとしても、真也様のようなお立場のある人間が簡単に頭を下げてはなりませんよ?」
僕が少し俯いて黙っていると、
「ましてや、私のような身分の低いものに頭を下げることは自分を貶めるような行為になってしまいます」
「だから」
彼女は僕の肩にビシッと手を置くと、
「シャンとなさってくださいませ」
そう言い放った彼女は一国の単なる侍女などではなく、戦場に立つ戦姫のように写った。
それが僕にとっての彼女との出会いだった。
「全員揃ったようだな。では、乾杯しようか」
クレン王は席に着いた召喚されし勇者たちを見回し、声を掛けた。
『「乾杯」』
乾杯といっても、机が大きいせいで手が届かない人を配慮して、僕たちは相手の目を見て軽くグラスを掲げるだけに留める。
他にもグラスを割らないためという話を聞かされたけど、普段社交会なんて経験したこともなかった僕たちは細々としたことは覚えきれなかった。
縦に長い長方形型の机は部屋の真ん中に配置されていて、真上には一定の距離が空けられてシャンデリアと、机の上には各地に燭台が置かれていた。
クレン王は一番奥に座っており、僕たちはその側面に交互に座っていた。ちなみに、僕の正面には詩織、横には直紀が座っている。
後ろには当然のような澄ました顔で侍女たちが待機していた。
なぜか直樹の後ろに控えていた侍女は少し幼いように見えたが大丈夫だろうか?
「見られながら食べるのは得意じゃないんだけどな…」
僕が小さくそっと呟くと、目ざとく聞きつけたのか
「そんなことを仰られてはいけませんよ」
と、エイリスが告げ口をしてきた。
「あの、名前」
「?」
「まだ、あなたの名前を教えてもらっていません」
「これは、失礼しました。私はエイリスと申します」
そういうとエイリスはスカートの端を軽くつまみ、左足のつま先を右足の後方で地につけ、軽く身を沈めながら会釈をした。
その洗練された一連の動きにある種の芸術を感じて思わず惚れ惚れしてしまった。
「これから末永く宜しくお願い致しますね。真也様?」
そのぞっとするほどの小悪魔めいた笑顔に僕は動きを止める。
「真也様?」
「あ、ああ。よろしくお願いするよ」
「はい」
彼女、エイリスは惚れ惚れするほどの魅力を持ち合わせているが、同時にそれを意識して使い分けているように感じた。
その動きはまるで、武術を嗜んでいるように感じられて僕の中の疑問は深まるばかりだ。
「エイリスは何か武術を学んでいたりまするの?」
「武術…ですか?どうしてそうお思いになられたのですか?」
「いや、なんだか動きが洗練されているように思ったんだよね」
「なるほど。さすがは真也様です」
エイリスは素直に僕を褒めると、ピンと指を立てて、
「今回召喚された勇者様方につけられた侍女たちはそれぞれが卓越した特技とある程度の武術を納めています」
「えっと、つまり?」
「つまり私たちは、御付きの侍女であると同時に勇者様方を守る盾でもあるのです」
「じゃあ、いざって時はエイリスが守ってくれるの?」
この華奢な体にどんな力が秘められているんだろう?と首を傾げていると
『っく、この天然が』
「え?何か言った?」
「いえ、きっと空耳でしょう」
「そうか」
「しかし、少ししか見ていないはずなのに、私が武術を納めていることに気付くことが出来た真也様は何かの武術をやられていらっしゃったのですか?」
「え?いや、これと言ったものはやったことないよ」
僕は日本で過ごした日々を思い出す。
日本では運動はしていたけど、別段何かにのめり込むと言ったことはなかった。
中学の時はサッカーや野球なんかのメジャーなスポーツはよくやっていたけど、受験の存在感が高まるにつれて辞めてしまった。
高校でまた始めようかと思ったけど、一緒にやるような知り合いもいなかったし、結局どれもしっくりこなくて辞めてしまった。
でも高校では、勉強をしっかりやろうと思っていたし、友達付き合いもうまくやらなくてはと思っていたからちょうど良かったのかもしれない。
「そう、ですか」
考え込んでいた僕の耳にはそう呟かれた言葉は届かなかった。
子供の時に剣道をやっていた記憶はあるけど、教えてくれていたおじいさんが亡くなってしまってからは竹刀にも触らなかった。
「エイリスはどうしてこの仕事をしているの?」
気付くと僕の口は僕の意に反して勝手に動いていた。
「どうして…ですか」
でも、思わず出てしまったこの言葉は僕の本心なのかもしれない。
「私の場合は仕方がなったからですかね。今のクレン王に拾ってもらったので
す」
「それって…」
エイリスも言ってから自分が何を言ったのかに気がついたのか、しまったというような顔をしてばつが悪そうに口を開いた。
「詳しくは話せません。勇者様の前なのに申し訳ありません」
その時、ようやく僕たちの立場を理解したような気がした。
思えばこの人はずっと僕に対して親身になって僕に促そうとしていたのかもしれない。
今の僕たちの立場はこの国と肩を並べることが出来ほど。つまり、今僕がエイリスに何かを命令したら彼女は従わなくてはならないのかもしれない。
最初から彼女なりに僕に対して親身になってくれていたのかもしれない。
そう思うと、なぜだか無性に情けなくなった。
「やめてよ。エイリス。そんな態度を取らないで」
「いえ、そんなわけには参りません」
「どうしても?」
「どうしてもです」
「そうか」
エイリスはどこか面倒見のいいところがあるのかもしれない。
口調は厳しくても、その雰囲気までは騙せないようだった。
「では、参りましょうか」
「ああ。みんなを待たせちゃ悪いしな」
僕が頷くと、エイリスは毅然とした態度で僕を先導し始めた。
周りをよく観察してみると、客室だけではなく、この城という存在そのものが一種の志向によって統一されているように感じた。
クレン王という人は、合理性を持った豪快ながらも細かい部分にも気をくばる人なのかもしれないな。
緊張する必要はないと分かっていても、体がどんどん縮こまろうとしているのを感じる。
何度か角を曲がった奥に、ひときわ装飾がなされた扉が見えた。
「では、ここから先は真也様が先導ください」
足を止めてゆっくりと振り返り、すっと脇にそれ僕に道を譲るその姿は召使いのそれで有りながらも、陽だまりのような暖かみがあった。
僕は無言で一歩を踏み出す。彼女に恥をかかせないためにを気を配ったが、自分でやっていて、様にならないなと内心辟易していた。
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