第6話 遭遇


カーン。カーン。カーン。

 あたり一面に鳴り響く警鐘に僕の頭はおかしくなりそうだった。

 これは…夢?それとも、現実?

 僕の頭はあやふやで、だから僕の目に写っているものもあやふやだ。

 舞い上がった砂埃が僕の鼻腔と目を刺激する。

 鈍くて、煙たい匂いだった。

 カーン。カーン。カーン。

 あたり一面に警鐘が鳴り響く。

 それは、どこか幻想じみていて、まるで神話の一節にでも立ち会っているかのよな 気分だった。

 遠く、自分に向かって走ってくる影が見える。

 誰なのかそれは、砂埃が邪魔をしてはっきりとは分からない。

 けど、男の人のように思えた。

 なぜなら、そのがっしりとした体型は女の人とは思えなかったからだ。

 今度は斜め後ろから叫び声が聞こえる。

 今度は知っている声だ。

 ミルキィ先生の声だろう。

 ミルキィ先生は僕に向かって走ってくる影に向かって何かを唱えているようだ。

 けど、間に合わない。

 僕に向かって走ってくる影は思った以上に速くて、詠唱が終わる前にたどり着いてしまいそうだった。

 ミルキィ先生の額に汗が滲む。

 とても集中しているからなのか、そうでないからなのか、ミルキィ先生の周りに魔力の奔流が出来始めた。

 それは渦巻状に地面からミルキィ先生をすっぽりと包み込んで、まるでミルキィ先生が魔力を纏っているかのように見える。

 その半透明のベールはどこか神秘的で、きっと僕は童話の中に迷い込んでしまったに違いないと思った。

 しかしして、それは一瞬だった。

 その圧倒的な魔力に気づいた影が走る方向をミルキィ先生の方へと変えたのだ。

 元から僕に迫りつつあった影だ。僕の近くにいたミルキィ先生の方へと方向を変えたところで数秒の差も生まれない。

 ぼーっと立っていることしか出来なかった僕の事など、路傍の石程度にしか映らないだろう。

 そんな僕よりも、魔力の奔流を見せたミルキィ先生の方へと向かっていくのは明白だった。

 …そして、その鋭い爪で引き裂かれたミルキィ先生の体からは真っ赤で綺麗な液体がぶちまけられた。


「…え?」


 最後には、呆然とした僕の口からそんな言葉が出た気がする。





「…さん。…慧さん」


 体がゆすられて僕の意識が覚醒していくのを感じる。


「…レイシア?」


「よかった。あれからずっと意識を失っていたんですよ?」


「…あれから?」


「もしかして…覚えて、ないんですか?」


「えっと、僕は確か、朝、レイシアに起こされて、村に魔物が攻めてきた?」


「そのあと、私たちと一緒に逃げたじゃないですか。どうして途中でいなくなっちゃったんですか?」


「え?えっと、なんでだろう。確か…誰かに呼ばれたような気がして」


「それは…」


「そいつは、サキュバスだな」


「え?」


 邪魔するぜと、開けっ放しになっていた扉からガルフェンダーが入ってきた。


「サキュバス?」


 僕がそう質問すると、よくぞ聞いてくれたとばかりにガルフェンダーが応える。


「ああ。たまにだが魔力の波長が合う者や、そもそも魔力の扱い方がなってねぇせいで催眠にかかる奴がいると聞いたことがある」


「そんな…サキュバスなんて奥地に住んでる魔物、いやサキュバスは魔族じゃないですか‼︎」


「ここは、唯一まあ大陸と陸地で繋がっている国だ。しかも、この里はその中でもま大陸よりで、森で言えば完全にお隣さんじゃねぇか」


「確かに、そうなのですが…」


 ガルフェンダーはレイシアを一瞥すると、僕の方に向き直った。


「そもそもだ。お前が魔力をちゃんと使いこなせていればこんなことにはならなかったんだ」


「そんな⁉︎慧さんはこっちにきて、まだ日が浅いんですよ?」


「そんなことは俺の知るとこじゃねぇな。そんな気遣いは俺には出来ねぇ」


 ガルフェンダーはこの部屋で言いたいことは全部言い切ったのか、言い終えるとスタスタとすぐに部屋を出て行ってしまった。


「大丈夫です。慧さんのせいではありませんよ」


 レイシアは僕に再三大丈夫ですと言ってから部屋を出て行った。

 気にしていないように装っているけど、動揺していることがバレバレだった。

 僕に向かって言っていた大丈夫ですはきっと無意識に自分に語り掛けていたんだと思う。

 そして、僕も目をそらしていた。

 夢で見たものは現実で、僕に向かって走っていたものは魔物だったのだろう。

 そして、そして…。


「僕はいったい、何をしているんだろう」


 分からない。分からない。

 レイシアは僕を責めるような真似はしなかった。

 けど、ガルフェンダーが言ったように、僕がしっかりしていれば、僕がちゃんと訓練を受けていれば、こんなことにはならなかったはずだ。

 きっとレイシアも心の奥底では同じことを思っているに違いない。ただそれを口に出さないだけだ。

 僕はただのお荷物で、正真正銘の邪魔な存在だった。

 こんなところにいる僕が情けない。

 こんなことをしている僕が情けない。

 悔しい。悔しい。悔しい悔しい悔しい悔しい!

 僕だって、特別になりたい。



 

 次の朝、まるで何事もなかったかのような朝が始まった。

 この村では魔物の大陸と近いせいか、よくあることなんだそうだ。

 しかし、昨日みたいな大型の魔物が攻めてくるのは珍しく、確実に勇者が召喚された影響は現れていると、そうレイシアが話してくれた。 

 怪我人も少なく、どの人も軽傷らしい。

 ただ一人、ミルキィ先生を除いては。

 何事もなかったかのように始まった朝。

 しかし、僕にはぽっかりと空いた穴が明確に存在した。

 何事もなく始まった朝は、僕には色褪せて見えて、僕はたまらなくなって、そうして走り出した。

 街の中はどこも色味がなくて、笑顔が張り付いて見えた。

 そして、街の中をあてもなく走り回った後、たどり着いた町外れに見えたのは、ただ一心に素振りをしているガルフェンダーの姿だった。

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