第5話 ミルキィ先生の魔法の授業



「ただいま~」


「もう、今度はどこに行っていたんですか?」


 いつもより帰りが遅くなってしまったせいか、レイシアはご立腹の様だった。


「レイシアは心配性だな」


「な、い、いや心配とかそんなんじゃなくて、そう。また、迷子になっちゃった

ら探さなくちゃいけないじゃないですか」


 レイシアはこうやって時々ツンデレの気が入る。そこがまたかわゆい。


「今日は途中でガルフェンダーさんと会ったんだよ」


「…ガルフェンダーさんと?」


 剣の話云々はまだ話さない方が良いと思う。

決まってもいない話をしたところで、詮無きことだし、この段階では僕にとっては些末なことの一つだ。

そんなことよりも今は、レイシアのご機嫌を直さなければ。


「今日は遅くなっちゃってごめん」


 僕は手を合わせて、頭を下げながら言った。


「わ、分かればいいんですよ。分かれば」


 レイシアは相変わらず、腕を組んでプイッと横を向きながら言う。


「じゃ、朝食の準備を手伝いますよ」


「あ、当たり前です‼」




 朝食を終えると、午前中はミルキィ先生による魔法の授業だ。

 異世界から召喚される勇者は漏れなく何かしらの加護を受けるらしい。

 それは、精霊王や精霊神といった精霊からの加護や、世界神、それぞれの国で信奉される神からの加護というものがあるらしい。

 ちなみに僕は一つだけ精霊からの加護があるらしいが、ミルキィ先生でも専門の機械がないと分からないらしい。

 中には幾つもの加護を受けるすごい人もいたとか。

 加護を受ける、受けないは、素質の部分もあるけど、大部分は神たちの気分によるところが大きいらしく、その加護を受ける人の性格は重要なファクターだ。

 これは、推測になるけど、勇者たちがこっちに世界に召喚されるときにはほぼ例外なく世界神が管理するゲートを通るはずだから、迷い人の僕でも神からの加護を得ることが出来たと、そういうことになるらしい。



 

「さて、今日からは応用編に入っていきますね」


 そう言うと、持ってきた本の山をゴソゴソと掻き分け始めた。

 魔法の授業はほぼ毎回がミルキィ先生の一言から始まる。

 普段はメガネを掛けていないが、何かこだわりがあるのか、この時ばかりはメガネを掛けて来る。

 今日からは応用編。

 生活に必要な基礎的な魔法を初級編と呼ぶらしい。

 初級編は大きく分けて3つ。

 火魔法の着火。水魔法の浄化の2つだ。

 浄化は光魔法にもあるらしいけど、全くの別ものみたい。


「慧君は本当に呑み込みが早いですねぇ」


 どうしてでしょうか。と小声でミルキィ先生は続ける。

 僕は精霊の加護を受けているせいか、少し想像を明確にしただけで魔法が完成してしまった。

 魔法を発動する順序は3つ。

 結果をイメージする。力を込める。呪文を唱える。


「あった!」


 どうやらやっとお目当ての本を探り当てたようだった。

 整理はしないのですか?と周りからも言われているようだが、あれで自分では整理できていると思っているらしい。


「さて、今日の授業を始めるわよ?」


 ミルキィ先生の不敵な笑顔の後ろで、時刻は9時を示していた。


「はい。今日もお願いします先生」


 最初の頃は先生と呼ぶのはやめてくれないかしらと言っていた先生だったが、今では先生も乗り気になってくれている。


「魔法の応用編と言いますが、応用編の中にも難易度というものがありまして、

それぞれ初級、中級、上級、特級、超級がありますね!」


 今日も今日とて、ミルキィ先生はすこぶるハイテンションだ。

 僕はそんなハイテンションの授業を聞きながら頭に入れていく。

 この国にも紙はあるらしいのだが、量産はされておらず、何かの大切な商談や決め事の時だけに使うらしい。


「前回も話した通り、魔法には基礎の火、水、風、土の四種があり、それらを複合した上位互換があります。雷や氷が有名ですね。この組み合わせは、この魔法環で説明できると考えられています。火の対極は水、風の対極は土で、それぞれには特性がありますね。火は拡大。水は増殖。風は加速。土は凝縮です」


 先生はそこでいったん区切って、横に置いてある板に図面を張っていく。

 ふよふよ浮き上がっていく図面を眺めると、ああ。異世界なんだなとしみじみ感じてしまう。

 けれど、個人的には高いところに張りたいのに、手が届かない‼というシーンを見てみたかった。


「む、慧君。授業に集中していますか?」


 先生は目ざとく僕の表情の変化に気づいてしまった。


「は、はい。集中しています」


「なれば、よろしい」


 魔法で板に図面を張り終えた先生は持っていた杖を机に置き、本を開く。


「複合魔法は例外を含まず上級からに指定されています。宮廷魔導士は上級から成れるので、そのほとんどが取得していることになりますね」


「先生は取得しているのですか?」


「残念ながら私は、水魔法の上級が使えるだけで複合魔法は扱えません。しかし

いい質問でした。複合魔法は同じくらいの質をもった魔法同士でしか組み合わせる事は不可能と言われています。しかしながら、その量を調節することで様々な現象を生み出せることは証明されています。そしてそれは、歴代を代表する勇者様、戦王と言われたクレン王国の23代目の王、アルハザード王、最後に歴代の魔王が使える事が公式として確認されていますね」


 僕は得意げに話すミルキィ先生の話に相槌を打ちながらメモを取る。


「…と、いうことはですよ?」


 と、ミルキィ先生が話を区切って僕を見つめて来る。


「な、なんですか?」


 すると、ミルキィ先生がにへらと笑って、


「慧君が複合魔法の量を調節できるようになれば、歴代を代表する勇者様とな

り、そして私は…、その先生!」


 ミルキィ先生はそう言いながら、今にもこっちに飛び跳ねてきそうな勢いで机

に手を着く。


「は、はぁ」


「ちょっと、ちょっと覇気がないですよ!慧君!」


 これも学者特有なのかは分からないけれど、ミルキィ先生は少々妄想たくましいところがあるのであった。




 授業が終わると、もう夕暮れも終わりそうで、夕食の準備を始めることになった。

その頃になると、ミルキィ先生はなんだか話したりないらしく、そわそわそし始めてしまった。

そこでレイシアが「先生もご一緒にどうですか?」という一言から、ミルキィ先生も夕食をご一緒することになった。


「先生、最近の慧さんはどうですか?」


「どう、というと?」


「その、勉強の進み具合とか成績とか…」


「それはだね……」


 なんとも目の前で三者面談みたいな様子が繰り広げられていた。

 …おかしい。何故だ。ミルキィ先生は魔法の授業がやり足りなかっただけなんじゃないのか?何故、こんなことになっているんだ。


「慧君は非常に優秀だよ。なんていうか物分かりが良いよね」


「え?そうなんですか?こっちに来たときは迷子にもなったことがあるんですよ?」


 え?それ言う?言っちゃうんですか?


「ええ?本当ですか?今の姿からでは考えられませんね」


「そうなんですよ。一ヶ月でどんどん変わっていってしまって…」


 僕は無心で目の前の食物を消化しようとするが、おかしい。味がしない。


「でも、目に覇気がなくて、これからの人生大丈夫かな?って思ってしまいま

す」


「分かります。慧さんってなんていうか熱意がないですよね」


「そう、そうなんですよ。慧君は迷い人だけど、れっきとした勇者様なんですから頑張ってもらわないと」


 勇者…か。

 そのことを意識したことはないと言ったら噓になるかもしれない。

 地球にいた頃の勇者と言ったら、僕は何を思い出すかな。

 聖剣伝説。指輪物語。オケアノスを目指した人もいたらしい。

 けど、そのどれもが人知れず苦労をしていて、努力をしていて。

 そして、輝かしい栄光を手に、最後には絶望していた。

 きっとそう、僕とは何もかもが違う人生。選ばれた人生。選ばれた才能。

 僕はそんな存在には成れない。成れるはずもない。

 それくらいは身の程を知っているつもりだ。

 それに、この世界には僕の他に何人もの勇者が召喚されているはずだ。その中で僕はというと、迷い人だ。

 言ってみれば、僕は余り物。こぼれ落ちた米粒みたいなものだろう。

 平凡な才能、努力を惜しまないわけでもなく、悲痛な過去も負っていない。

 誰もが一度は抱く雲のようなあやふやな夢を追っている。

 自分でも厨二くさいなとは思うけど、やめられない。

 そんなどうしようもないやつだ。

 そこでふと、顔を上げてみるとこっちを見つめる2つの顔が目の前にあった。


「二人してどうしたの?」


 僕はじっと見つめる二人にそう投げかけた。


「また、思いつめた顔をしています」


「え?」


「慧君は時々そうやって思いつめた顔をするのです」


「い、いやそんなことは思ってないよ?ただちょっと考え事をしていただけ」


 ああ。まただ。また、僕は自分を守ろうとしている。

 自分をさらけ出すのが怖くてたまらない。


「そうですか?それならいいのですが、あまり思いつめないでください」


 ミルキィ先生はそこで一度言葉を区切って、悲しそうで、そして悩ましげな顔

から一転、語りかけるように言葉を続ける。


「智君はこちらの世界に来て、まだ1ヶ月くらいしか経っていません。それに、他の勇者様方と違って智君は迷い人なんですから、言葉から覚えなくてはなりませんでした。その苦労は私には計り知れませんが、でも、他の勇者様方よりも楽ではないことは明白だと思います」


 先生は僕に何を伝えようとしているんだろうか。僕にはまだ分からない。ただ、先生が僕を励まそうとしてくれていることは伝わってきた。


「大丈夫ですよ。僕には親愛なる先生と大切な妹のような存在がいますから」


「…妹」


「…親愛」


「ええ。ですから僕は大丈夫です」


「そう。でも、せ、先生なんですから何でも相談してくれていいんですよ?」


 僕はその言葉に乾いた笑顔を見せながら、はいと頷いた。

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