自覚

 記事を見せると、吉川さんはさっきまでの不機嫌はどこへやら、ベタ褒めだった。


「なんだよ、こんないい記事だったら、うちもお願いしたいよ」


 洋子さんが吉川さんの肩をペシッと叩く。


「なにを調子のいいこと言ってんのよ、本当にもう!」


「さっきは悪かったって言ってるじゃないかよ」


「あんた、本当は自分も撮って欲しくなって、拗ねてたんでしょ?」


「そうじゃねぇよ。でも、憲坊になら撮って欲しいな」


「ほら、やっぱり」


 どっと沸き起こった笑いがおさまると、亮が「考えがあるんですけど」と切り出した。


「このフリーペーパーが好評だったら、希望する店舗を募って連載を続けるってことになっているんですけど、それに並行して、憲史の写真を使って商店街のガイドブックとポスターを作りませんか?」


 大野さんが「詳しく話してくれるかな?」と続きを促す。


「ガイドブックを施設で置いてもらえたらいいなと思ってます。手にするのは市民とは限らないから、外国人観光客のために英語と中国語とスペイン語も入れられれば言うことなしですけど」


「あぁ、せめて英語は必要かもね。結構、外国人観光客って見かけるもん」


 美希さんの言葉に、亮は頷いた。


「ポスターのほうは、記事に使った写真でもいいし、新たに撮ってもいいんですけど、普通はつけないようなキャッチフレーズで目を惹くようなものを目指したいなって思ってるんです。ポスターそのものを名物に仕立てて、見に来てもらえるくらい、インパクトのあるやつができたらなぁって」


 吉川さんが洋子さんを見て、にたりと笑う。


「洋子さんのウィンク写真に『肉の誘いを断れますか』とか『魅惑の肉』とかつけたら、強烈になりそうだな」


「あんたが言うと、なんかいやらしいわ」


 呆れたような口調でも、洋子さんは面白がっていた。とっさに『惚れた男を落とす絶品肉じゃがの作り方教えます』という文字がウィンクとともに浮かんで、つい噴き出してしまった。


「まぁ、とにかく見る人がくすって笑えて、この店に行ってみようかって思わせたらいいなって思ってます」


 だが、その案も結局はフリーペーパーと同じ問題点がある。組合員全員が参加したがる保証はないし、印刷代もかかる。そう言うと、亮は「そうなんだ」と頷いた。


「だから、この案はまだ先の話。まずはフリーペーパーを完成させて、少しずつ組合員をまとめあげてからの話さ。印刷会社も見つけなきゃいけないし、ポスターのデザインとキャッチコピーを考えるのも、プロにお願いするか自分たちでやるか決めなきゃいけない。一気にはできないから、一歩ずつだな」


「そうなるな」


「でも、最終的には、そのポスターをお揃いの額縁にでも入れて店先に飾ってみたら、商店街に一体感が出ていいかもなって思うんだ」


「一体感を重視するなら、マスコットを考えたり、商店街のロゴを統一してもいいな」


「そうだな。同じテイストのポスターだと、商店街を歩いているだけでも、今度はどんなポスターだって気になるよな」


「お前、いろいろ考えてたんだな」


「ぼうっと生きてていいなら、楽なんだけどな」


 俺たちのやりとりを見て、美希さんがくすくす笑う。


「さすがに息ぴったりね。未来の理事長と副理事長かな」


「え? まだまだ大野さんには現役でいてもらわないと」


 慌てた俺に、大野さんが首を横に振った。


「僕も年齢的なものがあるからね。いつかはそうなると思うな」


 俺はふと、亮の横顔を盗み見た。きっと、こいつは理事長になるだろう。性格的にも、実力的にも。俺は感情をコントロールしきれないし、肝心なところで慌ててしまう。今日の吉川さんとのやりとりでも、それは明らかだ。


 金将の亮が大駒に変わるとき、商店街はどんな姿をしているのだろう。そして、俺はどうしているだろう。先のことはなにもわからないけれど、亮の歩く道は金色に輝いているんじゃないかと希望を抱かせてくれる。そう、亮は人をそんな気にさせる魅力があるんだ。


 麻美さんが言った通り、この先が楽しみだ。そう思った俺は、自分でも知らない間に、新陽通り商店街を居場所に決めていることに気づいた。だって、理事会を取り仕切る亮の隣にいる自分の姿だけは、簡単に想像できたから。

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