フレンズの衣服に関する量子論的見地からの推論

まくわうり

喫茶店の一番奥の席にて

「やぁ、来てくれたね。

 とうとう僕のゼミに参加してくれるのも、君だけとなってしまった。

 そのゼミも、大学ではなくこんな喫茶店で周囲を伺いながらする羽目になるとは。

 …だが、だがね。僕は負けないよ。


 異端と蔑まれ、学会から追放され、同僚から避けられ、国家権力から追い回されようとも…僕は…僕はフレンズが大好きなんだ。

 この気持ちだけは本当だ。

 …君だけはわかってくれると信じているよ。


 ……すまない。

 続きをやろう。時間は有限だからね。

 今回のテーマはフレンズの『衣服』についてだ。

 衣服に関する量子論的見地からの推論。

 次回の僕の論文のテーマであり、学会を揺るがす新発見になるハズなんだ。



 まずはこの写真を見てほしい。

 この子は『ナマケモノ』のフレンズだ。まずは彼女のルーズソックスの写真から。

 え、どうやって撮ったのかって?

 もちろん土下座して頼み込んだんだよ。他にあるかい。


 …こほん。

 フレンズの衣服は、元となった動物とある程度の相似性を見せる。

 毛皮の持つ撥水性、保温性や保湿性、さらには防御効果など。

 それ自体は以前から指摘されていた事だが、僕はもう一歩踏み込みたかった。


 この写真は『ナマケモノ』のルーズソックスと足の接合部分を、超スローカメラで撮影したものを、写真に起こしたものだ。

 A-46までは、まだ癒着している。つまり、毛皮だ。

 そしてA-47。このコマの瞬間から、質感や接合部分がまるで別のモノに入れ替わっている。

 音声、タイミングと付き合わせると、僕が彼女に『ルーズソックスを脱いでもらえませんか』と頼んだ瞬間だと思われる。


 まるで…そう、アニメのセル画で大岩が「動かない背景」から「動くセル絵」に切り替わった瞬間のように。

 え、よくわからない?

 すまない……古いアニメが好きでね。つい。


 アニメの世界なら、フレームを1コマ1コマ切り替えて撮影するから、こういう現象も起こるのだがね、これは現実の話だ。

 だがこの瞬間、つまり『ナマケモノ』が『自分の衣装』について意識を振り向けた瞬間、それは毛皮から衣服へと世界ごと切り替わった。

 それを僕は、量子論的に説明できると考えた。


 シュレディンガーの猫は知っているかい?

 箱の中に閉じ込められた猫は、誰にも観測されない限り、『生きている猫』と『死んでいる猫』の可能性が重なり合って存在している。

 フレンズの衣装は、そのシュレディンガーの猫だ。

『衣服』と『毛皮』の両方の可能性を持つ世界が、常に重なり合って存在している。

 そしてフレンズ自身によって認知される事で、そのどちらかの状態が……概ね『衣服』としての世界が選ばれる。

 ところが、面白い事に再びフレンズの意識が衣服から離れると、『衣服』と『毛皮』の両方の可能性を持つ状態へと戻る弾性を示す。


 野生下におけるフレンズの衣服への認識は、排泄の問題と共に長い間謎とされてきたが……

 フレンズが衣服であると意識をむけない限り、それは『衣服』でもあり『毛皮』でもある状態だ。

 ゆえに『衣服』のように振る舞い、『毛皮』のように再生したり、撥水性を持つ。


 ……だけじゃない。

 だけじゃないんだよ、ミライ君。

 例えば元の動物が汗をかかない時、フレンズも汗をかかない。それが今の学会の通説だがね。

 フレンズが自分をヒトの体だと認識した時、なんとフレンズも汗をかく事が今回実験でわかったんだ。


 つまり、『衣服』と『毛皮』の両方の可能性の世界が重なり合っているだけではなく、フレンズ自身の肉体もまた、『動物』と『ヒト』の両方の可能性が重なり合った状態で存在しているのだよ…!

 通常の量子力学では、観測されていない状態でしか起こりえない可能性が重なり合った世界が、フレンズではフレンズ自身の認知性に左右され、これほどマクロな領域でも発生していると考えられるのだ。

 と同時に、フレンズに対して我々人類は、観測者足りえてないという結論も導かれるがね。


 我々が今、この瞬間に観測していると思い込んでいるフレンズの姿とは、『動物』と『ヒト』の双方の可能性の状態が重なり合った、未確定の存在を見ているという事なのだ。

 詳細はもう少し実験を詰めてから書き起こしたいが、これが今回の推論だ。

 さて、ミライ君、君の意見を聞きたいのだが……」


「とても興味深いお話でした、准教授。

 ところでその実験にご協力頂いたナマケモノのフレンズさん、どうなさっているのでしょうか」

「うん? いや、普通に…その、気持ちよく協力してもらっているよ」

「……ええ、はい。准教授、ナマケモノのフレンズさんですが、1週間前に彼女のご友人のフレンズさんから、捜索願が出されているそうですよ」

「っ……!? な、何を」

「准教授のお話の間に少し。バックアップに調べて頂きましたもので」

「盗聴っ……!? なん…!」

「准教授、研究にご熱心なのは素晴らしい事ですが、それは、フレンズさんの明確な意思と善意の元でのみ行われるべきものです。

 強引に、あるいは手荒な真似をされるような方法は、決して」

「ちっ…違う! 僕はそんなつもりじゃ……!」

「言い訳は、後ろの方にしてくださいね、准教授。来られましたわ」

「……ご同行願いましょうかね、准教授さん。……フレンズ警察です」


「お疲れ様でした、ミライさん。どうしても彼の足取りが掴めず、ゼミの生徒であった貴女に協力を依頼するような形になってしまい、申し訳なく思います」

「いいえ、フレンズさんの為になら、火の中水の中、です。それに、話自体は興味深いものでしたし」

「……ああ、ですがしかし、それはお忘れになる事ですよ。貴女の今後のキャリアの為にも。パーク本部の従業員、確か希望されていましたよね」

「ふふ……あぁ、私の経歴もお調べに。もちろん、そのつもりです」

「貴女はとても優秀な方だと我々も伺っています。短慮は起こされないよう。学会の異端者の戯言など、覚えていても貴女のキャリアに傷が付くだけですよ」

「ご忠告、痛み入ります。しっかりと覚えておきますね」

「ええ。それでは」


「……ふぅ。まったく、無粋なんだから。

 それにしてもフレンズ警察のあの慌てよう……准教授の話もまんざら……

 フレンズさんの衣装、か。いつか私も着てみたいものね……」

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フレンズの衣服に関する量子論的見地からの推論 まくわうり @planegray

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