それぞれのアフターストーリー
1.カケル
カケルがやまざと精神科病院を退院後しばらくは、今田と相談して決めた精神科デイケアに通いソーシャルスキルを学びながら、外来通院も欠かすことなく続けた。
薬の飲み忘れもほとんどなく、体調は安定。
『あゆみちゃん』からの幻聴がなくなったわけではないようで、待合室でブツブツと独語を言いながらひとりで笑っていることもあるようだが、特に大きな問題もなく毎日を過ごしている。
デイケアでは仲の良い友人もでき、休日は一緒に外へ外出することも増えていた。
「父さん、母さん。ちょっと行ってきます」
「あら、またデイケアのお友達と?」
「そうだよ!」
「あんまり遅くならないようにしろよ」
「分かってるよ!」
家族との会話も増えた。
遠方に住んでいる兄とも、連絡をたくさん取るようになっていた。
先日、兄の家族の一人娘が小学校に上がったようで、その贈り物を買いに友人と買い物へ出掛けたようだ。
デイケアに通って二年ほど経過した日、主治医の新井より、就労支援の提案があった。
五年前にカケルが行っていた夢。
『仕事がしたい』
その夢を叶えるために、就労支援を利用することを勧めてくれたのだ。
カケルはすぐに【地域医療連携室】を訪れた。
もちろん目的は、あの人に会うこと。
「今田さんっ!」
「お、カケルさん。お久しぶりですね」
「今田さん、あの、就労支援に行ってみたらって新井先生が言ってくれました!」
「おお、それはよかったですね、カケルさん」
カケルは連携室と外来を隔てているカウンターにしがみつき、一生懸命今田に説明をする。
そのひたむきさに思わず今田も笑みをこぼす。
「夢、叶えられるかな!?」
「カケルさん、これまでずっと頑張っていましたもんね。でも、焦りは禁物なので体調と相談しながら無理なくやっていきましょうね」
「はい!」
こうしてカケルは、役所の障害課とも相談し、
今田が言ってくれたように、無理をしないように。
最初から頑張りすぎないように、頻度は担当者や家族、そして主治医の新井に相談しながら週三日からスタートすることに決めた。
デイケアは辞めずに土曜日だけ通所を続け、居場所として利用しながら就労移行支援での出来事の報告を行ったりしていた。
そしてだんだん慣れてきたところで、少しずつ就労移行支援の通所の頻度を増やして行った。
就労経験のないカケルにとって、たくさんのことが未知の世界だったようで、幻聴がひどくなった時期もあったようだ。
その時新井は薬の量を調整したり、通院頻度を一ヶ月ごとではなく一週間に短くするなどして、再入院になるような大きな再発を防ぐように心掛けた。
周囲のアドバイスを忠実に守り、頑張りすぎないように通所を続け、二年という期間をギリギリまで使いトレーニングをした結果――、
とある大手企業の特例子会社に、障害者雇用として就職が決まったのだ。
統合失調症の陽性症状が目立ち、幻聴と妄想に囚われ大暴れして入院したあの頃から、約四年と半年。
カケルは自分の力で夢を叶えることができた。
父も母も、兄もそれはもう喜んだという。
カケルは走る。
内定通知書を力強く握りしめて。
自分をひとりの人間として接してくれた――、あの人に報告するために。
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