2.普通に見える女性の背景
そしてミキさんとの面接の時間がやってきました。
私は面接室へミキさんを案内します。
ミキさんは、何と言いますか、普通の女性です。
その辺を歩いてそうな綺麗な女性で、受け答えも丁寧です。カナエさんやユウタさんのような雰囲気は今のところ特に感じられません。
「ミキさん、お久しぶりです。今日はもう一人面接に一緒に入るんだけど、いいかな?」
「あ、大丈夫です。よろしくお願いします」
「よ、よろしくお願いします、ミキしゃん! み、水嶋といいまひゅ!」
クスクスとミキさんは笑っています。
ああ、この噛み癖……どうにかなりませんかね。
「さてさて、申請に行ってみました?」
「そうですね」
そう言うと、ミキさんはカバンから大きな茶封筒を取り出します。
その中にはたくさんの書類が入っていました。
「初診はやまざとなので、これは書かなくてもいいと言われました」
これ、というのは『
これは初診の病院が、今かかっている病院じゃないときに初診の病院さんに書いてもらう書類になります。ということはつまり、ずっとやまざとに通っているミキさんは、この書類は書く必要ないと言われたようです。
「あとは何とか自分で出来ると思うんですけど、これが……」
と言ってミキさんはある書類を私たちに見せてきました。
そこには『
金本さんは慣れた表情でその書類を受け取ります。
「これ、書くのすっごい大変なんだよね」
共感の言葉を掛けると、ミキさんは何度も強く頷いていました。
『病歴・就労状況等申立書』。皆さん、この書類に苦労している方が多いようです。
この書類は、本人さんの病歴――、病気の履歴書のようなものです。
これまで精神症状で生活や就労をしていて困っていたこと、しんどかったことをビッシリとまとめていきます。
中には、具合が悪くなって途中でリタイヤする方もいるそうです。
それでも何とか申請に通るため、皆さん一生懸命記入します。
「そしたら、早速一個ずつやっていこう」
発達障害の場合は、知的障害と同じように出生時や小さい頃の様子から現在に至るまで書くように言われることが多いみたいです。
統合失調症やうつ病、躁うつ病の方は具合が悪くなった時から書き始めるのですが、発達障害は小さい時から症状が出ているとされているためなんだと思います。
ミキさんは筆箱から鉛筆とノートを取り出しました。
鉛筆は買い替えるお金がないのか、大切に使っているのか、持つのが大変なくらいの短さです。
「じゃあ、上から何でもいいから覚えているエピソードがあれば、書いていこうか」
・
出生時~保育園:
早産。言葉の発達の遅れあり。小さい頃、両親によく怒られていた。泣いたら外に出されて鍵を絞められたり、近くにある物で頭を叩かれることもあった。友達を作ることが苦手で、保育園の頃に仲間外れにされていた覚えがある。
小学校:
小学校三年生の頃、両親が離婚。父方に引き取られるが、毎日違う女性が家に遊びに来て嫌だった。食事は自分で用意することが多かったので、毎日毎回同じものを食べるようになる(この頃はブルーベリーのヨーグルト)。帰り道にある河川に毎日ひとりで寄り道をして、きれいな石を集めて家に持ち帰り、コレクションにしていた。近所の駄菓子屋さんでお金を払って物を買うことが分からず、勝手に持って帰ってしまい、父親にかなり怒鳴られ殴られた。
中学校:
ついに父親が家に帰ってこなくなり、父方の両親の家に自分だけ引き取られる。内向的な性格で、友達と遊んだ記憶がない。ひとりで休み時間中も勉強していたこともあり、成績はトップだった。食事が給食となり、毎回変わるメニューに混乱し、大声を上げたことがある。この頃から好き嫌いが極端に出るようになる。お肉は殆ど食べられない、刺身などの生ものもダメ。きのこ類嫌い。また学校帰りの十六時頃に古本屋で立ち読むをすることが日課になった。また学校の規律をしっかりと守る生徒だった。
高校:
父方の両親はとても良くしてくれた。成績が非常に良かったこともあり、偏差値の高い高校にまで入れてくれた。高校からアニメや漫画の世界にはまったこともあり、同じ趣味の友達が出来た。とてもその業界のことに詳しくなり、一度話し始めると止まらないと言われていた。手帳を持ち歩き、スケジュールは分単位。トイレに行く時間まで手帳に書いていた。怒られることがとても苦手で、担任の先生に注意されたときに気持ちの切り替えが出来ず、翌日学校を休むこともあった。給食がなくなりお弁当になったので、当時売店に打っていたメロンパンとカフェオレを三年間毎日昼食に食べていた。
大学~やまざと精神科病院受診:
医療系の大学に進み勉学に励んでいたが、父方両親が立ち続けて病死。学費が払えなくなり二年生の頃に自主退学。良くしてくれた父方両親が亡くなったことで、精神的にかなり不安的なり、一週間ほど公園などを泣きながら徘徊していたところを警察に保護される。他に頼れる身内がいなかったことから、すぐに役所で生活保護の申請を行い、単身生活を始める。気分の落ち込みが激しく、生活保護の担当者の勧めで二十歳の頃、やまざと精神科病院を初診。
やまざと精神科病院:
うつ病と診断を受け、薬物療法を開始。その後受けた心理検査で発達障害がベースにあることが分かった。薬が良く効いたこともあり症状は
・
私はミキさんの話を聞いて愕然としてしまいました。
最初の印象で、「普通の女性」だと思ってしまいましたが、話を聞くとこれだけ大変な生活を送っていました。
外来だけだと、正直本人さんの生活の様子をすべて把握することが難しくなります。
そのために家の訪問してくれる訪問看護や、集団行動の様子が見えるデイケアの存在は本当にありがたいことです。
見た目だけ判断するのはいけないことでした。
その後もミキさんは、金本さんと一緒に『病歴・就労状況等申立書』の下書きを進めていきました。
本当に呆気にとられる内容がたくさん出てきます。
「レイプされたことは書いた方がいいですか?」と聞いていたときもあります。
私はミキさんの話を聞いて、本当に胸が締め付けられる思いがしました。
これまで私は、一般家庭に生まれて、何不自由なく家族と一緒に育って、食事をして、学校に行かせてもらって、大学まで――。
そんな私とは全く違う人生を歩んできた女性が今目の前に居る。
しんどかっただろう。つらかっただろう。そして、そのこだわりの強さから、とても生きづらいこともあるだろう。
それでもミキさんは生きようとしている。生活保護を受けながら、就労することを目指している。
私が――。
私が、発達障害の人たちにできることは――。
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