ミキのケース
1.障害年金
急性期閉鎖病棟での実習を終えた私は、【地域医療連携室】の金本さんの元へ戻ってきました。
「おつかれ。どうだった?」
金本さんと病棟での実習の振り返りを行いました。
自分の足で外来に来れる方と、入院治療が必要な方との調子の悪さの違いが、目に見えてわかったことをお伝えして、あとは発達障害のユウタさんと関われたこと、ユウタさんから得た気付きについてお話をしました。
「そっかそっか。それは勉強になったみたいだね」
「はい。とてもいい機会でした」
「そしたらこれから面接に同席してもらおうと思っている人がいるんだけど、その人も発達障害なんだよね。どうする?」
これは何かの縁なんでしょうか。
もしかしたら、今回で私が気付いた謎がハッキリするかもしれません。
もちろん、私は引き受けました。
「今日の人は知的には平均以上あるんだけど、ある発達の特徴があってね」
「それも心理検査で分かったんですか?」
「そうそう。この人なんだけどね……」
金本さんはカルテを開いて見せてくれました。
名前をミキさん。26歳の女性の方です。
ミキさんはやまざと精神科病院に通院をしてもう六年になります。
通院歴が長い患者さんです。
二十歳の時から通ってくれています。
サービスや制度、社会資源をたくさん使いながら生活をされているようです。
ええと、精神科デイケア、精神科
「金本さん。ちょっと聞いてもいいですか?」
「うん、いいよ」
「訪問看護とヘルパーって、教科書ではどちらも勉強しましたけど、ちゃんとした違いといいますか、それって何なんですか? どっちも障害者と高齢者の両方で使えるサービスですよね」
「おお、なるほどね」
金本さんは私の顔の横まで頭を下げて、紙に書いて説明してくれようとしています。
か、金本さん、いい匂いっ。
もう大人の女性って感じでかっこいいです。本当に憧れます!
「例えばだ、水嶋さんが身体に何らかの障害を持ってしまって、生活がひとりでできなくなってしまったとしようか。そうなったら大変だよね。ご飯も作れない、お風呂にもひとりで入れない、家事もできない」
「あああ、そ、それは困ります~」
「でしょ? そうなった場合に、水嶋さんの代わりに食事を作ったり、掃除たり、洗濯をしてくれるのがヘルパーね」
「おお! なるほどですね!」
「あと訪問看護。精神にしろ身体にしろ、ひとりで生活していて苦手なことがあった時に、本人がひとりでできるようにお手伝いをしてくれるのが訪問看護。あと、ヘルパーとは違って、身体の調子も診てくれるし、薬の管理やアドバイスもしてくれる。あと精神の人に対しては話し相手になったり、運動不足に人には一緒に散歩に行ってくれたりね」
「へー。そうなんですね」
それらの支援を自分の家で受けられるなんて、いいですね。
「でも相手の家、つまり相手のテリトリーに入るわけだから何も考えずに入るのはナンセンスだよね。病状によっては人数増やしたり、男性に対しては男性スタッフで行ったりね」
「たしかに。そういう点はこちら側も考えないといけないですね」
家に訪問をするサービスは訪問看護とヘルパー。
本人の自立を損なわないように支援する訪問看護と、本人の代わりに生活を支援するヘルパー。
今後紹介するときの大きな参考になります。
「よし、こんな感じで大丈夫?」
「あ、はい! ありがとうございます!」
「じゃあ、ミキさんの今日の相談内容を確認してみようか――」
金本さんはカルテの中の相談室宛の面接依頼のページを開きました。
そこには――
「障害年金って聞いたことはあるよね?」
「あ、あります。障害を持ってしまった方が受けられる制度、ですよね」
「そうそう。たくさんある制度の中で、数少ない、お金が入る制度だよ」
たくさんの手当金がありますが、そのほとんどが一時的なものです。
この障害年金は、病状がかなり安定したり、良くなったり、もしくは完治したりしない限り、ずっと一定のお金を貰い続けることができる制度です。
「この前、障害者手帳について説明したよね? 覚えてる?」
「あ、は、はい! こちらの水嶋ノートに!」
私は必死に水嶋ノートをペラペラ!と音を立てて捲ります。
「手帳も身体・知的・精神の三障害あるって言ったと思うんだけど、障害年金にも三障害あるんだよね。精神科では知的と精神の二障害の申請のお手伝いをすることができるんだよ」
私は水嶋ノートに金本さんの言葉を書き込みます。
障害年金って、実は医療福祉系の世界ではかなり大きな制度のひとつで、かなりの人たちが受給しているといいます。
でも本当に、たくさんの制度があるんだなぁと思います。
通院費を抑える自立支援医療に、障害者手帳、それに就労を支援してくれる就労支援とか他にもたくさん。そして今回の障害年金。
「実は水嶋さんが病棟に行っている間に、一回ミキさんと会って話をしていたんだよね」
「そ、そうなんですね。ちなみに、初回ではどういったことをお話しするんですか?」
「まずは初診日の確認とか、通院歴の整理。初診日に何の年金に加入していたかで申請先も変わるしね。あとは初診から一年半経過しているかも大事だよ。精神はね。身体と知的はまたちょっと条件が違うんだよね。精神障害者は病状が変動しやすいからね」
なるほど。
つまりはこういうことです。
障害年金を受けるには、いくつか条件があります。精神科に通院しているすべての人が必ずしも受けられるというものではないようです。
まず、初診時に何らかの年金に加入していることが条件です。年金には二種類あります。国民年金と厚生年金です。一般的に会社に務めている方は厚生年金に加入していると思います。その他自営業とかパートとかアルバイト、学生さんは国民年金の方がほとんどじゃないかと。
そして、年金の支払いがどれくらいされているかも条件のひとつです。どれくらい収めているか分からない方は、役所の国民年金課や年金事務所へ聞いてみるといいと思います。
あと、障害者手帳と一緒で等級というのがあります(三障害共通)。
初診が国民年金(障害基礎年金)の方は、一級、二級。
初診が厚生年金(障害厚生年金)の方は、一級から三級まで。
ということは厚生年金に加入している方は、軽度の人でも年金を受給できる可能性が広がるということです。
そしてこの等級に当てはまるほどの病状かどうか、ということです。これは主治医の先生に聞いてみるといいかもしれません。
申請先は、初診が国民年金の方は役所の国民年金課。初診が厚生年金の方は年金事務所になります。
そして精神の場合、初診の病院から一年半経過していないと、申請が出来ません。これは症状が固定されているとみなす基準のようなものです。
その一年半経った日のことを『
「うう~。頭がぐるぐるします」
「障害年金はたくさんのパターンがあって、その人に応じてひとつひとつ対応が変わったりするから難しいよ」
「本当ですね。年金ってどれくらい貰えるんですか?」
「ざっと言うと、障害基礎年金の二級の人で年額七十八万円前後かな。加算もつく人もいるけどね。これが二カ月に一度、定期的に本人に振り込まれる。障害厚生年金だと、それプラス本人の報酬で変わってくるからもっともらえるようになるよ。だから厚生年金で申請できるとお得だよね」
「おお。本当ですね」
「二十歳前に初診があるかないかで変わるけど、二十歳以降に初診日がある場合は所得制限がなくて、変な話仕事に就いてお給料を貰いながら障害年金を受け取ることもできるよ」
「そ、そしたらかなりお金貰えるようになりますよね!」
「まぁそこまでバリバリ働けるようになったら、更新ごとに作成する診断書で、障害年金は打ち切りになるだろうね」
「あ、そっか。更新していかないといけないですもんね」
「そうそう。障害年金は、安定して給料を得ることができない人のために作られた制度だからね」
障害年金に頼って生活して人は多いといいます。
生活保護と障害年金で生活している人。障害年金とアルバイトの収入で生活している人。障害年金を受けながら就労支援などの通っている人など。
お金は生きていく上で、どうしても必要なものです。
そのためには仕事をしていかなければいけませんが、その仕事をすることさえ難しい人たちはたくさんいます。
私はまだここに入ってそんなに日は経っていませんが、今までお会いしてお話しした方のほとんどの方が『仕事がしたい』と言われています。
皆さま、仕事で給料をもらって生活したい、世の中の役に立ちたい、自立した生活を送りたい――。たくさんの思いを抱えていました。
なので、経済的な安定を障害年金で補った後に、自立に向けて動き出す方は多いです。
「とまぁ、簡単に言えば障害年金はこんな感じだ。まだまだかなりたくさん障害年金について教えることは多いけど、今日はこのくらいにしておこう。たぶん頭がパンクするほどの情報になっちゃうからね」
「あわわ、そうですね。もうすでに……。あ、最後にひとつだけいいですか?」
「ん、どうした?」
「その、障害年金って発達障害でも申請できるんですね」
金本さんはにやっと笑いました。
「申請できるようになったんだよ」
ああ、神様。
どんどん救いの手は広がりを見せています。
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