2.コミュニケーションの障害

 私は翌日からユウタさんにお声掛けするようにしました。

 正直私に対する態度は、うざったいようなものを見る目で見てきますが、話し始めるとユウタさんはノンストップで話し始めます。

 特に笑いながら話すこともないのですが、どこか生き生きしているように感じられます。


 私はまだまだ未熟者なので、傾聴や共感をするのに必死です。

 そうすると私の主観を交えての返答になってしまうこともあります。

 時には二十一歳らしく冗談を言うこともあるのですが――、ひとつ気付いたことがあります。


 ユウタさんには冗談や比喩が全くと言っていいほど通じません。


「驚いて死ぬかと思いましたよー」という私の冗談に対して、「それはまずい」と真顔で心配してくれます。

 また、ユウタさんは甘い物がお好きなようなので、私がお勧めするケーキ屋さんを紹介した時に「あそこのお店は本当においしいんです! お店ごと家に持って帰りたいくらいです!」と熱弁したところ、「いやいや無理でしょ」と呆れ顔でさらっと言われてしまいました。


 げ、撃沈。

 私の渾身の冗談も、驚くほどに通じません。


 そして、私のようなひよっこが理解できないような難しい日本語を使って話す時もあれば、大好きな小説の話をずっとしてくれる時もあります。小説の話をしてくれる時のユウタさんが一番表情が明るくなります。明るくなる……、なるんですけど、話が止まりません。相当好きなんだろうなっていうのは分かるのですが、内容のことを事細かに説明してくれるので、本を読むのが苦手な私には正直眠気と戦う時間となります。


 ただ、教師の仕事は本当に好きみたいです。

 人と関わるのはとても苦手なようですが、文学の面白さをたくさんの人に知ってほしいという願いがあるそうです。


「今田さん。ユウタさん、今日はこんなお話をしてくれました」


 ここは急性期病棟のナースステーション。ここには相談員がメイン使うデスクがあります。そこで今田さんが椅子に座り、私はその横にパイプ椅子を持って来て座りました。


「そっかそっか。きっと関係性が出来てきたからこうやって話をしてくれるんじゃないかな」

「それだと嬉しいなぁ。そこで気になった点があって。今お話ししてもいいですか?」

「うん。大丈夫だよ」

「ユウタさん、冗談とか通じないなぁって感じたんですけど、これも発達障害の方の特徴とかなんでしょうか」

「ああ、それはね――」


 発達障害の三つの特徴のうちの二つ目に、コミュニケーションの障害というのがあるそうです。


 小さい頃には、言葉が出るのが遅い、言葉の発達が遅れる、反響言葉、方言が苦手で標準語しか出ない、名前を呼んでも振り向かない(聴覚障害に間違われやすい)など。


 思春期、青年期だと、文脈の理解が出来ない、難解な言葉を用いる、比喩表現や言外の意味の理解が苦手、話すと話が詳しすぎて回りくどいなどが言われているそうです。


 でも……。


 それって――。


「と、いう感じかな」

「あの、今田さん。ちょっと気付いたんですけど……」

「何に気付いたかな?」

「私まだ発達障害の三つの特徴のうち、二つしか聞いていないんですけど、その……、、ではないような」


 うまく言えません。

 うまく言えないんだけど、そう思います。


 たぶん、発達障害の特徴の三つ目を聞くと、それがハッキリしそうな気がします。


「す、すみません今田さん。この件、いったん保留にします!」

「うん、分かった。保留ね」


 今田さんは優しいです。

 いつもこんな私に笑いかけてくれます。


 今、私の顔はきっと間抜けな顔をしているんだろうな。

 今田さんの顔に見惚れて目が離せず、とろ〜んとしてしまっているんだもん。


「……天使」

「ん? 天使?」

「う、うあっちゃっちゃー! い、いえ! な、なんでも、ございませぬ!」

「あはは。水嶋さんって何だかかわいらしいね」


 私はその言葉で、噴火した火山のように顔がボンッと音を立てて真っ赤になったのを感じました。頭からは湯気が出ている感覚も感じます。


 い、今田さん。

 そんな言葉をサラッと。

 ド、ドキドキが止まりません。

 何とか、何とか誤魔化さないと!


「て、天使さん……じゃあなくて、今田さん!ユ、ユウタさんは、今後どんな風に関わっていく予定なんですか?」

「ユウタさんの今後ね。そうだね〜。デデン」


 デデン?

 あ、クイズとかの前に鳴っている効果音ですね。

 ん、クイズ?

 と、ということは――。


「今ユウタさんは、入院して休職中だよね。さて、ユウタさんにどんな制度が使えると思う?」


 はうー。やっぱり!

 どうしよう、ちゃんと答えられなかったらおバカな子だと思われてしまう!


 えと、えと。


 こ、ここまで読まれた皆様は、どんな制度が使えるか分かりますでしょうか。


 休職中の方です。

 そして発達障害がベースにある方です。


 わーっ!

 ごめんなさい、ごめんなさい!

 他の人の力を借りるなんてとんでもないですね。


「あ、あの。えっと。じ、自立支援……とか」

「うんうん。自立支援医療じりつしえんいりょうね。大事だよね。今後通院が継続となれば必要だよね」


 よかった。

 合っていました。

 んー。なんかこれで終わりじゃない言い方ですね。他に何かあったかなー。ひねり出せー私ー。


「休職中の人が貰える手当金があったよね?」

「手当金〜……、手当金……っ。あっ。傷病手当金!」

「そうっ。傷病手当金しょうびょうてあてきんだね」


 わーい!

 何だか一緒に考え出した答えって感じで嬉しい!

 思わずハイタッチしそうになって、手を引っ込めましたが。


「あとは、分かるかな?」

「あと復職支援のリワークかなって思ったんですけど、リワークってうつ病に特化しているから難しいのかなって思って……」

「そう、リワークだよ」


 えっ?

 リワークってうつ病と診断名が付いていなくても利用できるんでしょうか?


「ここから近い精神保健福祉センターで、統合失調症とか双極性障害の方のリワークをやっているっていうのもあるんだけど、今の時代、発達障害に特化したリワークもあるんだよ」

「そ、そうなんですね!」

「そうそう。発達障害は法律もできるくらい注目されるようになったんだよね。そのおかけで、発達障害に特化したいろんな社会資源ができた」


 なるほど。

 発達障害の方を支援してくれる場所が増えたんですね。


「でも実際は、大人の発達障害を診てくれる病院やクリニックはまだまだ少ないのが現状でね。やっと見つけた電話をしても二ヶ月とか三ヶ月待ちとかね」

「え。そうなんですね」

「うちの病院では早くから体制を整えて、研修をたくさん通して勉強してきたからね。それでもまだまだできていないことは多いけど」


 そんなことない。

 これだけ発達障害の人たちのことを考えている人がいるってだけで、本人さんたちは救われているんじゃないでしょうか。


 居場所があるって、相談できる場所があるって、本当に嬉しいことなんだと思います。


 私は――、この人たちにいったい何をしてあげられるんだろう。



 ◆


「一週間、おつかれさま!」

「今田さん、本当にありがとうございました!」


 今日で私の一週間は終わりました。

 天使、じゃなくて今田さんとの一週間は本当にあっという間だったな。


 そして、外来と病棟の雰囲気の違いも勉強になったし、何よりユウタさんと関われたことで、また発達障害に対して気付きが増えたことは嬉しいことです。


 発達障害って何だろう。


 発達障害って、病気なんだろうか。


 発達障害って……。


 いや、この答えはきっともうすぐ分かる。


「水嶋さん」


 その時、ナースステーションの外から私を呼ぶ声が聞こえました。


「ユ、ユウタさんっ!」


 声を掛けてきたのはユウタさんでした。

 とても珍しい、というかユウタさんから声を掛けてくれたのは初めてです。


「いや。今日で一週間経ったしな、と思いまして」

「え、あれ。私ユウタさんにこれから挨拶に行こうと思っていたのに。私、言いましたっけ?」

「言ってましたよ。最初、僕に挨拶をしてくれた時に」


 ああっ!

 あのカミカミだった時だ!


「水嶋さん新人さんみたいだったから、こんな僕と話して勉強になるのかな、とか思ってたんですけど」


 私は、思い出しました。


 ――僕はいったい、何を話せばいいんですか?


「僕のことを話してもしょうがないと思って本の話をしてみたんですけど、どうでしたか?」


 ――僕とこと、と言われても何を話せばいいのやら。


 考えてくれていたんだ。


 私のことを思って、そうやって言ってくれていたんだ。


 だからあんなにたくさん本のお話をしてくれたんだ。


「あと、最近あのグロス付けてないからどうしてだろうと思っていたんですよ。結構似合ってたし、いい色だと思っていたんですけどね」


 なんだ。


 そんなこと思ってくれていたんだ。


 私との信頼関係を築こうとしてくれたユウタさんが、一生懸命頑張って考えた話題だったみたいです。


 それを私は違う方に受け取ってしまって、しよんぼりしたりもした。


 最初はすれ違ってしまった私たちだけど、あの時諦めないで、ちゃんと関わって良かった。


 信頼関係ができてくると同時に、たくさんのことを話してくれるようになったユウタさん。


 ありがとう。


 たくさんたくさん頑張ってくれて。


 ありがとう。


 私にいろんなことを教えてくれて。



「ユウタさん、本当にありがとうございます!」


 私は、あなたが一日でも早く体調がよくなることを願っています。




 こうして私は、急性期閉鎖病棟での実習を終了した。




 ――ユウタ編 Fin.

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