第5話 必要最高限度の生活 ver.1.0(完結)

必要最高限度の生活


 素晴らしきこの世界。誰しもが必要最低限度の生活を超えた、必要最高限度の生活をする今。

 労働は機械が行い、人間が働かなくてもいい世界。

 良い生活は保障され、もっと良い生活をしたい人間だけ働く世界。

 中間層以上しかいない世界。

 そんな世界になりつつある今、世界から差別はなくなり、永久に平和が続くのだろうか。


「いや、続かない。」


 そう思った人間がいた。

 自分より惨めな存在が、ある日ごっそりと無くなったとする。

 周りは自分と同格か、それ以上の人間。人間は自分が最下層だということを認められない。小さなことで他人の欠点を見つけ、攻撃するようになる。それでも自分が一番下であるという不安はぬぐいきれない。誰が悪いのか。この社会が悪いのだ。団結せよ。

 不安は集まり不満となり国家に牙をむく。

 だから不安の解消をすることにした。つまり、


「あなたより下の人間がいますよ。あなたの生活は彼らより良いんです。だから安心してください。」


 ということだ。


 江戸時代には「士農工商」の下にさらに下層の身分を設けることで、民衆の不満を解消していたらしい。


 しかし、今の時代に人間に「今日からみなさんは最下層です。」なんて言えるわけがない。

 承諾するわけがない。

 可哀想だ。

 非人道的だ。

 それこそ戦争だ。


 故に、人間ではなく人間っぽいものであるところのアンドロイドを使うことにした。

 彼らの見た目は完璧なホームレス、だったりする。

 ぐんぐん減り続ける貧困者の代わりに、貧困者っぽいアンドロイドを混ぜ込ませていく。

 減った分だけ、慎重に。


 アンドロイドは不満を言わない。

 ただ黙々と自分の役割をまっとうするだけ。

 ターミナル駅の高架下で寝たり、川沿いにトタン屋根の家を自作したり、「線路のすぐそばにトタン屋根の集落、その線路を挟んで反対側には高架線、その向こうにモクモク煙突の工業地域」のコンボで……おっとこれ以上凡例を出すのは早めに切り上げておこう。何しろ私は若輩者であり、ここに書いて良いボーダーラインがわからないもので。


 そんなわけでこの国の最下層はまるっとすべてアンドロイドに取り替えられた。いや、別に悪いことはしていない。殺して取り替えたわけじゃない。元々最下層だった人々はまるっとすべて中間層になった。みんな幸せだ。

 そして私はこの街のアンドロイド管理官だ。最下層がまるっとすべてアンドロイドだという事実を知るのは国の中でも一握り、私たちの機関とこの国の一部のトップだけだ。

 ただ黙々と自分の役割をまっとうするだけのアンドロイドたち、人に擬態し、生活をしている彼らではあるが、しかし彼らも機械なわけで、人間の作ったプログラムなわけで、経年劣化やバグによって異常な行動をしてしまう時があった。

 自転車で時速200kmを出してしまったり、居酒屋で「この世の中が悪いんだ」と振り下ろした拳で机を破壊してしまったり、これらの事件を住民にバレないように揉消すのは大変だった。「最下層がアンドロイド」は絶対に知られてはいけないことだ。事件を起こす前に、なんとか対応をしたい。

 私の仕事は街をパトロールし、異常を起こしそうなロボットを見極めて、迅速に「処理」をすることだ。 


 本日の仕事の手始めに、私はある場所へ行くことにした。そこはいわゆる「安くでベロベロに酔える居酒屋」だ。しかしこのご時世、中間層以上にそのような安い店に行く人間はいない。必然、この店は貧困者が集まることになる。つまり、ロボットだらけということだ。

 アンドロイドたちの点検をするにはもってこいの場所である。


「とりあえずビール。」

「あいよ。」


 店長もアンドロイドである。よく来るので店長とは顔見知りだ。


「おっちゃん。最近どう?」

「変わらねえよ。この街は変わらねえな。いっつも貧乏人どもが同じ顔ぶれで。」

「そうか…。」

「あ、でもな、新しい奴が一人。丁度そこにいる。」


 その視線の先のテーブル席には、よく見る常連と、もう一人。アロハシャツにボサボサの髪に無精ヒゲの新人が談笑していた。


「ふーん。」


 店長は問題がなさそうだ。受け答えもしっかりしている。

 私はレポートの提出のため、店長の個体識別をする。

 腕時計を確認すると、短針が小刻みに震えている。

 アンドロイドの鉄骨格と電流に反応しているのだ。短針はその独特の震え方によって個体番号を示す。


(一、二、四、七、五…)


 『ID1247582』。

 認識した個体番号はそのまま自動で送信される。

 これでよし…と。


「ヨォ兄ちゃん!かっこいい腕時計してんな!」


 突然、肩をポンとされ、後ろから話しかけられた。先ほどの『新人』、アロハシャツだ。40代。髪はボサボサ。自由人という感じだ。


「あ、どうも。」

「んん〜?でも壊れてんじゃないのか?」


 覗き込むアロハシャツ。近づくほどに短針の揺れが大きくなる。

 こいつも、アンドロイドか。


「ちょっと調子悪いのかな。」


 と言いながら、アロハシャツの視線から腕時計を外すようにする。多少強引だが、話題を変えよう。


「あなたの名前は?」

「…シネ。」

「シ…?」


 その瞬間、私と店長の頭に拳銃が突きつけられた。

 アロハシャツは二丁拳銃を躊躇なくぶっ放した。

 私はとっさに脳天の位置をずらし、致命傷を免れた。

 右目を含んだ頭の半分は持ってかれたが、私の機能は問題無い。

 私と違って、戦闘用アンドロイドではない店長は反応ができず、頭がすべて吹っ飛んでしまったようだ。

 私の右半分と、店長のすべてがバチバチと閃光を放ちながら落ちていく。


 この一瞬の間に、私は管理局と以下の通信を行った。


「こちらID1247853。異常個体と接触。ID9998764は銃を持ち、攻撃をしてきた。こんな前例はない。至急、集団催眠の許可を。」

「許可する。」


 私は腕時計を外し、地面に叩きつけた。

 腕時計を中心に電子パルスが発生。青いプラズマの爆発が起きる。

 これで私以外のすべてのアンドロイドが止まるはずだ。

 しかし、奴は悠々と銃を構え直している。


 奴は、アンドロイドではなかった。


 私は椅子をアロハシャツの方へ蹴飛ばし、相手が怯んだ隙にカウンターの上から向こう側へ滑り込んだ。


「そのアロハシャツを捕まえろ!」


 催眠状態のアンドロイドたちは一斉にアロハシャツへ襲いかかった。

 脇で飲んでた常連のおっさんも、トランクスじゃねえかっていうくらいの薄いストライプを下半身に履く白Tシャツのおっさんも、ハゲたおっさんも。まるでゾンビ映画のように。


「くそッ。」


 逃げ場を失ったアロハシャツは窓から外へ身を乗り出し、落ちていった。

 そして、動かなくなった。


「管理局、応答せよ。」

「こちら管理局。」

「目標は2階から落ちた。救急車を手配してくれ。」


 結論、奴は人間だった。

 人間のための緊急手術をし、一命を取り留めた人間は、人間のための取調室にて体を拘束されている。

 全身の骨格は鉄でできていて、埋め込まれたチップが電流を流していた。すべてはアンドロイドに擬態するためだと思われた。


 私は尋問をするため、取調室の扉を開けた。

 両腕、両足を縛られ、パイプ椅子に座ってうなだれていたアロハシャツだったがこちらを見て、ニヤリとした。


「ヨォ兄ちゃん。」

「…お前は何者だ?何が目的で私を狙った?」

「俺はな。自由に生きたいんだ。」

「質問に答えろ。お前は何だ?」


 アンドロイドのIDを持つ人間。姿形は生産されたアンドロイドと一致している。


「焦るなよ。無機物野郎が。」

「お前も半分そうだろうが。」

「クソが。最悪だ。」

「お前は何だ?」

「何も知らねえんだな。教えてやるよ。俺はな、この街で暮らしたかった。それだけだ。

 自分が普通であることに疲れたんだ。すべての財産を投げ出し、この街でホームレスになることを決めた。

 テントを張って自由気ままな暮らしさ。

 だが、すでにそこは俺の理想郷ではなくなっていたらしいな。

 そしてお前の反応を見て、理解した。ここはお前らにとっての理想でもなくなっている。」

「どういうことだ?」

「俺は無理やりこの体にされたんだよ。捉えられ、顔を変えられ、すべての骨を抜かれ、代わりに鉄を入れられた。そいつの言葉は一言一句覚えている。」


『お前のような変人を待っていた。この街にはな、お前のような人間は存在できないんだよ。人間はすべて、最高限度の生活に戻されるのが、人間の作ったルールだ。しかし、お前はそれを手に入れた。お前がアンドロイドに擬態している限り、お前の人生は平穏そのものだ。』


「気付いた時には俺の顔が奴の顔になっていた。全身は重くなっていた。この意味がわかるか?」

「…。」

「自分がこの体になってから、不思議とわかるようになった。この街の人間は人間じゃ無い。川辺でぼーっとしていても、嫌でも視界に入ってくるんだ。機械どもの視線が。これは俺の理想と違った。頭がおかしくなりそうだった。だから、お前の頭を吹っ飛ばして、中身を調べようとしたんだ。」


 この街の異常に気がつかなかった。一度すべてのアンドロイドを検査しなければならない。


「お前が黒幕だと思ったんだがな。他のアンドロイドとは違う何かがあった。ただ違うだけだったようだ。お前は何も知らない。

 俺がベラベラとすべてを話すことに違和感はないのか?機械だからか?」


 こいつは何を言っているんだ?


「アンドロイドを管理しているお前らが、何も知らないとすれば、他の何かが動き始めているってことだ。『もう手遅れだ』。だから俺はすべてを話した。」


「ピロロロロロロロロ…。」


 私の電話が鳴った。


「人間のフリは大変だな。お前らは頭で直接電話できるんだろ?」


 私はアロハシャツの言葉を無視する。


「はい、A管理局の安藤です。…、そう、総理が…。わかりました。」


 この件について、内閣総理大臣から直々においでくださったようだ。

 取り調べの邪魔をしないでほしいが、仕方ない。

 応接室の机のソファには怒る人、総理大臣その人だ。


「この件については、どう責任を取るつもりだ。」

「責任も何も、まだ事件の解明がなされておりません。」

「事件の解明?そんなことはどうでもいい。アンドロイドのフリをした人間がいたということは、人間のフリをしたアンドロイドがどこかにいるということではないか?機械の方のID9998764が何処かにいる。それが今対処すべき最大の問題ではないか?」

「その解決のヒントを得るためには、じっくりと…」

「いいから見つけ出せ!!!」


 激昂した大臣の拳が振り下ろされ、机が、木製の125cm×70cmの机が真っ二つになって跳ね上がった。

 あ、こいつは…。

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