第2話 光の剣 ver.1.01(完結)

光の剣


 休日、友達の家でだらだらと漫画を読んでいた。この少しオタクな友達の一軒家には大抵の有名どころのものは揃っていたし、自分の家も近くにあったので、僕はよく遊びに来ている。今日は2階の友人の部屋で、特におしゃべりやゲームをするわけでもなく、僕は漫画を読んで、彼は何やら電気工作をして、それぞれ好きなように時間を潰していた。


「よし、できた!」


 彼は何かを完成させたようだ。


「おい、完成したぞ!見てくれ!」

「ちょっと今いいところだから待って。」


 全100巻を超える長編漫画の、10巻目のキリのいいところまで読んでから友達の方を見た。すでに彼は僕のことを待ちきれずに彼の発明品のスイッチを入れていたようだ。


「おおー。」


 彼の手には銀色の柄が握られ、その先からは赤く光り輝く棒が伸びていた。邦題「宇宙戦争」に出てくる未来の剣のようだ。


「見て見て!この先っちょ。」


 彼に勧められるまま剣の先の方を見てみると、光の円柱の先には円形の鏡が付いている、その鏡面はつかの方向に垂直に向けられている。そして鏡面の中心から金属の支柱が伸び、柄につながることによってそれは支えられている。光と言っても真ん中には棒がある。これは宇宙戦争のものとは違うようだ。


「なんだこれ。だっさいな。」

「お前!ダサいとは何だダサいとは!これのおかげで光が反射して、剣の形になってるんだぞ。」

「えーでも、宇宙戦争ではこんなの付いてなかったよ?」

「いやいやいや、光っていうのは何もなければ直進するんだ。鏡がなけりゃただのでかいレーザーポインターだぜ?」

「いいじゃん。プレゼンにでも使えよ。」

「こんなデカいの嫌だわ。目痛くなるわアホ。」


 僕はもっと茶々を入れようと思ったが、彼はさっそく自分の発明について自慢したいようで、間髪入れずに説明をしだした。


「お前がダサいと言ったこの鏡だが、実はこれのおかげでこの剣の威力は上がったのだ。」

「ほうほう。」

「この鏡で光は折り返し、さらに柄の鏡でまた折り返す、さらにまた先っちょの鏡で折り返す…を繰り返した結果、どうなると思う?」

「え?『別の宇宙が見つかる』?」

「ちがーう!なんかカッコいいけどちがーう!」

「じゃあなによ?」

「無限に反射を繰り返してエネルギーを溜めるんだよ!」

「え、じゃあそれ触ったらヤバイってこと?」

「そうだな。これだけ時間が経てば…その剣身に触れたものは皆炭になる。」

「何それ怖っ。」

「ちなみに剣先の鏡が1ミクロンでもズレたらレーザーが漏れて使用者が炭になる。」

「何それ怖っ。銃刀法違反だろそんなん。」

「この新しい作品に既存の法など関係なし!」

「わーマッドサイエンティストだー!」


 とノリつつも、そんな「無限のエネルギー」なんてあるわけないと思っていた僕は、ちょっといたずらをしてやろうと思い、そばにあったテニスのラケットを持った。

 そして、


「我が剣を受けてみよ!」


 と言ってからそれを友人に向かって上から振り下ろした。いくら周りの光が弱くたって、金属の棒が真ん中にあるんだから受けれるだろうと見越してのことだ。


「危なっ。」


 友人はとっさに光の剣で僕のラケットを受け、二つの剣身は交わり、二人の剣士の力は拮抗する…はずだった。

 しかし、ラケットは真っ二つに切れた。急に重みを失ったので僕の体がよろけた。それから上半分が友人の頭の方向へ落ちていく。


「危なっ。」


 友人は半分になったラケットを避ける際に後ろに下がったため、作業机にぶつかってしまい、腰を強打、そして膝を床についた。その時、体のバランスをとるためについ剣先を床に、杖のようにして立ててしまった。ぐにゃり…と変な音が聞こえたような気がした。


「危なーっ!」


 友達は慌てて、慌てすぎて、光の剣を投げてしまった。剣先の鏡の方向がズレたせいで、回転する剣身から漏れた光が、ゴジラの光線のように部屋中を切り裂いていく。

 好き勝手に漫画やパソコンを切り裂いた後、剣はこの2階の床に突き刺さった。現在、すべてを焼き尽くすレーザー光線の先は、地球だ。つまり、真下の方向である。

 すでに剣の刺さった床は溶け始めている。そして、周りに散乱した漫画が燃え始めた。


「これヤバくね?これヤバくね!!」

「俺のコレクションが!俺のコレクションが!!」


 彼の叫びも虚しく、燃えていく初版本たち。


「そんなんほっとけ!早く逃げないとお前まで丸焦げだぞ!レーザーの先が下に向いてる間に逃げるんだよ!!」

「嫌だ!!!俺は全部持っていくんだー!」


 本棚に抱きついて離れない友人を引っぺがして、玄関から外にでる。

 1階の廊下から玄関までの間にチラと見えたのは、すでに2階の床をぶち抜いてリビングに落ちてきた剣が、さらに下に潜っていく様子だった。

 あの無限のエネルギーを放出する光の剣は、地面をも溶かして直進するらしい。




 剣の柄は、光が通った後のマグマ状になった地面をゆっくり進む。対して、光の束はその先を秒速30万キロで直進する。直進しながら地を溶かしていく。それは容易に地球の核を通過した。

 光の剣が発明された国の裏側、反対側の異国の地では、世界最大級のテーマパークの開園セレモニーが行われていた。魔法の城の周りで次々と打ちあがる花火に加えて、最新の技術を使った虹色の光が躍り狂う。その中に、ひときわ眩しい赤い光が突如として現れた。それは魔法の城の中心から発せられ、緻密に組み立てられたレンガたちに巨大な穴を開けた。支えを失った城は煙を撒き散らしながら崩れ落ちた。その姿は、100億人の人間たちに潜む破壊衝動を体現しているようだった。


「綺麗だ…ここまでの開園セレモニーは見たことがない。」


 と、世界中のテーマパークを評価して周っている、とある雑誌の記者は感嘆の声を漏らした。


 なおも光の剣身は直進していく。もちろん、大気圏などは人間の知覚する前の一瞬で越え、宇宙に飛び出した。そして太陽系の”キワ”へ…。


「この太陽系には美しい青い星があるらしい。現地の生物の言葉で、『地球』という星だ。」

「なるほど、その星を支配し、我らの植民地にしようってことですね。」

「そうだ。政治家の連中はその現地の虫ケラを我らと同じ知的生命体とするかどうかで揉めているが。俺たち軍にとっちゃあ、それは明後日の方向にズレた議論だと言わざるをえない。」

「さっさと先制攻撃をし、資源を得て、実績を作ってしまえば政治家連中も世論も従うでしょうね。母星の土地が少ないという問題も解決です。」

「よし、ではさっそく、地球の方向へ取り舵いっぱい!そして全速前し…」


 他の星系からはるばるやってきた宇宙生命体はその指示を言い終わる前に、光の束により船もろとも蒸発した。


直進し続ける光の剣身は、

星々を焼き、

別の太陽系を焼き、

銀河を焼いた。


 そして、光の剣身は途方もなく長い時間をかけ、ついにこの宇宙の”キワ”にたどり着いた。

 そして、その膜を破った先は、とある巨大生物の皮膚の細胞だった。

 と言うより、この宇宙は巨大生物の細胞の一部であったので、言ってしまえばこの宇宙も細胞であり、隣の細胞へと突き抜けただけだったのだが。その巨大生物は皮膚に少しの違和感を覚えたものの、その多細胞生物にとって、一つの細胞はとても小さいものだったため、特に気にすることもなかった。

 光の剣身がテーマパークを焼き、宇宙連合軍を焼き、そして宇宙よりもさらに大きい生物の皮膚を傷つけた。そんなことなどいざ知らず、地球の、この事件の当事者たちはただ、自分たちの心配をするだけだった。




「うう…俺のコレクションが…」

「まだ言ってんのか!生きてるだけありがたいと思えよ。ほんで本当に親御さん外出しててよかったな。」

「うん…」


 友人の家は丸焦げで、救急車と消防車が周りを取り囲んでいる。


「これからどうしたらいいの…」

「お前、そりゃ…銭湯でも始めりゃいいんじゃないの?」


 燃えている家に水をかける消防車とは別に、もう一つの水源が、火消しをしていた。光の剣が開けた穴から、大量の温水と、少しばかりの硫黄の匂いが噴出していた。


「うん…親と相談してみる…。」


 僕の友人が掘り当てた温泉から精製した温泉の素、「スプリング・フラワー・パウダー」を売る商売で、莫大な利益を得るのはまた別の話である。

 この時の僕は、そんな遠い未来を考えるよりも、まだ10巻までしか読んでない長編漫画の続きを一体どこで読めばいいのかと落胆していた。





 光の剣の発明者の友人は、なんとかそれをタダで読む方法はないかなと考えるのに夢中だったので、自分の指先の皮膚の細胞にチラと赤い光がまたたき、とても小さい傷を作ったことに気付くはずもなかった。

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