6

 道はさらに歩きづらく険しいものになっていった。アスファルトは踏む先からボロボロ崩れ、星を避けても湿った土に足をとられてしまう。道路はまっすぐなはずだったが、道の脇のものはほとんど崩れて形もなくなり、あたかも本当の月面のようだった。

「あの人はさ、たぶん見てしまったから、だからああなんだよ」

「君に何がわかるんだ、あの人の言っていることはほんとうだよ、君にはわからないかもしれないけれど、とにかく、月には行けるよ。あたかもすぐ全部終わるみたいな気でいるかもしれないけれど、歩いてたら大丈夫だよ。人間は生きてるから、そんなにすぐには終わらないと思う。月、行けるし、家だってまた借りられるし、今は職もないから、大変かもしれないけど、すぐ電気も電話も復旧して、誰とでも連絡が取れるようになるよ、大丈夫。職を見つけたらまた二人で暮らそう、職、見つけるよ」

「人の話、ちゃんと聞いたほうがいいよ」

「聞いてるよ、聞いてるからこう言うんじゃないか」

「聞きたくないんでしょう? 本当は」

「ちゃんと聞いているから」

「じゃあ何を言っていたかわかるの? 覚えてないくせに。ちゃんと聞いたら自分も傷つくようなことなんて、聞こえすらしないんじゃないか」

「わかんないよ」

「やっぱりわからないんじゃないか」

「だって私は見てないから、君だってそうじゃないの。君はわからないのを許さない。最後のケンカのときもそうだった」

「わかれよ、わかろうとしろよ、わかる素振りなんてわかってるうちに入らないんだよ。」

「完全にわかることができるなんて驕りじゃん。あの人がどんな目をみたのか、私も君も本当には理解出来ないんだから。それに私だって、家、もうないしさ。もう死ぬのかなって思うよ。それでも君と月に行くんだよ」

「わかりえないってのとわかろうとしないってのは別でしょう、君は、逃げたんだ」

 森は息をついた。

「私は、違うからな」

「逃げたし目は背けたけど、起こってることは起こってるから、いまできることをやる。私はすぐ死ぬかもしれないし、あとで死ぬかもしれないけど、そのときには君と歩いたことを必ず思い出すよ。わかっちゃったらさ、終わりって認めないといけないじゃん。わかるってことはその人の因果関係まで飲み込むってことだし、あの人の理屈を受け入れたらもう生きられないよ」

「生き延びるってそんなに大事? 理解することより?」

「死んだら困るし、かなしいよ。

 崩壊した道の脇にベンチが置いてあった。ベンチの下に星が積もっていたので、星が降り始めた後に誰かが置いたものかもしれなかった。少し座ろう、と森を誘って座る。ベンチは星の熱を吸収したのか、ほんのり温かい。座ると足がじんじんした。ガタガタの地面を歩くのは、さすがに体力を使うようだ。森が黙っている。高橋も一緒に静かにしていた。ベンチからは夜中の街が一望できた。家々が発光して、光の街のようだった。空にある方の星もいくつか見えた。高橋がつぶやいた。

「これからどうなるんだろうね」

「月に着いたらどうしようね。みんなすぐ死んじゃうかもしれないし、元の生活もやっぱろくでもない」

「この景色を見れたら死んでも大丈夫だよ」

「なんだそれ。死んだら困るんでしょ。職は?」

「でもきれいだよ」

「きれいだけどさ」

「同じだよ。逃げ場がないのもいつか死ぬのも。結局我々は一日に一日分死に近づいているからさ。わからないじゃん。生活があって、それが続いて、いきなり君が星になったとしても、ならないで欲しいけど、でもきっとみんな困りながら生き延びてしまう」

「元気づけてくれているのかもしれないけれど、終われないなんてひどいな」

「絶望的だよ、みんなひどい。ひどくならないとどうにも続けられない」

「もっとひどいこと言っていい?」

 森が指差した先には巨大な柱が光っていた。ゴミ焼却所の煙突が星になってしまったのか、星を積み上げてできあがっているのかはわからないが、とにかく目立つものだった。

「あれが月だよ、目的地」

「細長くね? ほんとにあれ?」

「今決めた」

「あそこから宇宙に行けるってこと?」

「いや、本当に、なんでもない。あれが目立つから、あれが月ってことにした。君とまた遠くに行きたかった。君は出ていったけどさ、でも、また歩きたくて。このまま終わりなんだったら、嫌だなと思って」

「なんだそれ、月に行くって全部ウソだったの?」

 それはあんまりだよと高橋は立ち上がった、けれど、怒りや悲しみはほとんど湧いてこなかった。あるかどうかわからない月のためにここまで森について来たということが、不本意ながら誇らしかった。

「ひどいな、ここから出られると、ちょっと期待していたのに」

「変わらないしみんなひどいって言ったのは君じゃないか」

「ほんとうにひどいな、なんて八月だ」

「意味なんてなくなったかな?」

「君と歩いたのは本当だよ」

 星は相変わらず降り続け、街中でことこと音を立て続けた。柱は道標のようにもろく輝き、夜はもうじき明けるようだった。




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