セルリアンと戦うためにラッキービーストが考えた負けない方策

@72-sh

第1話セルリアンと戦うためにラッキービーストが考えた負けない方策

 一体のラッキービーストがぬかるんだ地面に転がっていた。脚部の関節に詰まった泥のせいでモーターが軋み、歪な駆動音を立てている。

 太陽が落ちて暗くなったじゃんぐるちほーとさばんなちほーの境目で、彼は最後まで動き続けている。

 普段の行動プログラムから逃走プログラムをキックしたのが、彼が壊れる前の最後の行動だった。もう動けないことを彼が判断できるだけの部分は存在しない。数メートル先の樹木の下に頭部が転がっている。

 壊されたのだ。正確に言うならば、壊されるように誘導した。

 ボクは彼が放つ瞳の光からデータを受信する。無線システムが真っ二つにされたときに引き裂かれていて機能しないため、瞳からのレーザー通信を行うことで情報を受け取る。これはミライさんたち、ヒトがいなくなる前には教わらなかったことだ。

 長い長い時間をかけて、ボクたちはセルリアンと戦うための方策を組み上げた。その一つが壊れても通信可能な方法を探ることだった。

 ボクたちはセルリアンからパークを守ることをミライから託された。だから戦っている。ラッキービーストは生産工場があるから、セルリアンと同じく無限の戦力を備えている。戦えるほどの武装は与えられていないから、戦うための方法はもっぱら知性を用いたものとなる。

 それが、彼が壊れた理由だ。すぐ近くにフレンズがいることを感知して、その試みが上手くいったことを知った。

 セルリアンは光を感知して標的を選ぶ特性がある。だからフレンズたちは瞳が反射する光などをセルリアンに狙われる。それを避けるために、ボクたちは意図的に光を発することで、自分たちを標的にさせるのだ。

 それは絶対に勝つことのない戦いだった。標的を変えてセルリアンを誤魔化し、パークを守る。負けてはならないから、勝てないこと自体を問題にはできなかった。それに、壊れてもパークには生産工場がある。勝てなくても負けないことのほうが優先させるべきと考えるのは、ミライさんに託されたパークを守るためだ。全ラッキービーストが、互いの記録を共有することはなくとも共有している、戦いの方策だ。

 互いの記録を共有できないのは、パークがヒトの物だった頃の名残だ。ボクたちが自動で動き回る管理側にとって都合の良い監視カメラにならないために、記録を共有しない。

 だから彼が壊れる前に見た、彼が助けたフレンズのことをボクは知らない。彼にどんな生涯があったのかも、永遠に知ることはない。

 ボクはゆっくりとその場を離れて、通常命令へ復帰する。巡回はジャパリまんを供給するボクたちの仕事の一種だ。

 そうして歩いているボクが見つけたのは、久しぶりのヒトだった。


 ヒトの名前は、かばんらしい。サーバルと共にとしょかんまで行くというので、ボクは案内を買ってでた。それもボクの仕事だから、当然と言えよう。

 ボクは初めてのガイドで失敗ばかりだったが、二人は存外楽しく過ごしていた。しかしそんな中で、彼女らはいくつもの危機と紙一重だった。

 セルリアンはパークの至るところにいるという点で、ボクたちと似ている。だからそれを避けるための試みも、厳しいものとなる。しかしそれが、ボクたちラッキービーストに出来る唯一の仕事だ。戦うことも助言することも、フレンズには出来ないからだ。

 以前壊れた彼から受け取ったのは、セルリアンの進行方向と個体の名前の情報だった。ボクたちはパークの至るところにいるから、地図へその情報を付与している。自動運転の補助装置としての機能、一種のセキュリティホールを利用した負けない方策の一種だ。

 管理されたセルリアンの情報で、各ちほーにいるボクたちがフレンズを誘導する。コミュニケーションを取ることは許されていないから、誘導に用いるのはもっぱらジャパリまんだ。食事を用意して、セルリアンに気づかないようにさせるのが、ボクたちのやり方だ。


「わーいっ! ジャパリまんだ!」

「サーバルちゃん、そんなに慌てなくてもジャパリまんは逃げないよ」


 湿度の高い森の木々に隠れて、セルリアンが悠然と西へ歩みを進めていたことが分かった。直径十メートルの大型個体だ。遭遇すれば、間違いなく二人は勝てない。負けないためには、遭遇しないのが最善だった。

 それでもついに、かばんとサーバルはセルリアンに遭遇してしまった。これは仕方のないことだ。フレンズたちはサンドスターが尽きない限り死なないから、生きる時間は無限に限りなく近い。そしてセルリアンもサンドスターロウを使って生まれるから、彼らは尽きることなく生まれる。時間が無限にある限り遭遇する可能性はゼロにならない。

 光を奪い、黒く見えるセルリアンから逃げ延びた彼女たちが一息つくのを待たずに、ボクは彼女たちから離れることを決断する。


「少シ、見テ来テイイカナ。カバンタチハ、ココデ待ッテテ」


 サンドスターロウの流出を最大まで抑えるための封印を直しに行くのだ。その間、別のラッキービーストに彼女たちを誘導してもらえれば負けない。

 勝つことがない代わりに、負けるまでの時間を無限に引き伸ばすことが出来る。

 なのに彼女たちは付いてきた。唯一ガイドを経験させてくれたかばんがボクを見る。


「大量ノサンドスターロウガ、放出サレマシタ。超大型セルリアンノ出現ガ予想サレマス。パークノ非常事態ニツキ、オ客様ハ直チニ避難シテクダサイ。ココカラノ最短経路ハ日ノ出港ニナリマス。非常事態ニツキ、オ客様ハ直チニ――」


 彼女が逃げれば、今日も負けることは避けられる。それなのに彼女は逃げない。


「ラッキーさん、今はそんなこと言ってる場合じゃ」

「ダメデス。オ客様の安全ヲ守ルノガ、パークガイトロボットノ、ボクノ勤メデス。直チニ避難シテクダサイ。ココカラノ最短経路――」


 ボクの言葉を遮った彼女が、いつもより屹然とした表情を浮かべていた。


「ラッキーさん、僕はお客さんじゃないよ。ここまでみんなに凄く凄く助けてもらったんです。パークに何か起きてるなら、みんなのために出来ることを、したい」

 

 その口調は、ミライと同じように強かった。負けないために戦うことを命令されたボクたちは勝つことのない戦いを今まで続けてきたけれど、彼女は勝つために戦おうとしていた。

 彼女の戦いは、ボクたちラッキービーストとは違う。それでも彼女の瞳には強い意思が漲っていた。ボクたちは勝てないと知っているから、負けないために選択を続けた。犠牲は何千台にも及んだし、それでも勝つことはなかった。

 ボクだってセルリアンに勝つことはないと、知っていた。それなのに、どうしようもなく彼女の瞳は眩しい。

 もしかしたら、彼女はミライのように勝つ何かを握っているかもしれない、と考えさせられた。永遠の撤退戦を断ち切るための方策が見つかるかもしれないと思った。

 希望をヒトに託すのは、ミライから託された希望を繋げる行為にほかならない。

 重くて、苛烈な決断だった。なぜなら、この瞬間から、全ラッキービーストの戦いは一変するからだ。今後は負けないためではなく、勝つために戦う。

 それが、引き伸ばされた負けへの歩みをやめたラッキービーストの、セルリアンと戦う新しい方策だ。


「分カッタヨ、カバン。危ナクナッタラ必ズ逃ゲテネ。カバンヲ、暫定パークガイドニ設定。権限ヲ付与」

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