SNSでハマった女
真白(ましろ)
SNSでハマった女
彼とはSNSで知り合った。大手のSNSで、表向きは「健全」な場所だったが、実際のところは出会い目的の男と、その男をターゲットにした業者で溢れかえっているようなサイトだ。
元彼と別れてから三年。職場での出会いは期待できず、かといって合コンだの婚活だのに乗り出すには勇気も社交性もない。そんな私が寂しさを紛らわすために手を出したのがSNSだった。顔も名前も分からない(公開していても本当かは分からない)相手と会話をする。人見知りの私でも、顔を隠し、名前も偽り、嘘のプロフィールで塗り固めることで社交性を手にすることができる場所だった。
その日もいつものようにSNSに書き込みをした。「寂しいから誰かかまって〜。楽しく話せる人募集中だよ♪ 話せる人は直メしてね〜」返事はすぐに来るが、大抵は出会い目的が透けてる男ばかりだ。すぐに「顔見せて」とか「スリーサイズいくつ?」とか聞いてくる。酷いのはいきなり局部の写真を送ってきて「どう?」とか聞いてくるやつだ。そんな中からマトモな会話が成り立つ人を選んで、少しチャットをする。話が合わないこともしょっちゅうだし、それなりに楽しく話せる人でも、一週間と経たずに連絡は途絶えてしまう。理由は単純で、いくら匿名性という盾を手に入れても、コミュ力とい剣は鋭くはならないのだ。それでも、いつか運命の相手が見つかるかもしれない。そこまでは言わない、せめて普通の彼氏ができるかも。いや、バーチャルでもいいから恋愛がしたい。そんな淡い期待で一時の相手を探していた。
ふと一件のメッセージが目に入った。「多分なんですけど…」めずらしい件名だ。本文を開いてみると、思わずスマホを落としそうになった。
はじめまして
書き込み見ました
プロフ見て思ったんですが
アレ全部嘘ですよね?
失礼だったらごめんなさい
なんとなくなんですけど
嘘ついてるなって思いまして…
それで、本当はどんな人なのかと
気になってメッセージ送りました
もしよかったら返事下さい
もちろん本当のプロフィールは
聞きませんのでご安心を
(嘘がバレてる!?)
一瞬そう考えたがそんなはずはなかった。バレないようにしっかりと設定は考えてあるし、何より本当の私に繋がるようなことは書き込んだことがない。それにメッセージにも「なんとなく」と書いてるんだし、きっと誰に対しても送ってるんだ。気になるメッセージという意味では十分に成功している。ただ、興味が湧くというより気味が悪いだけで返事をする気にはならない。
そう————いつもの私ならきっと無視をしただろう。しかし、気がつくと私は返事を書いていた。
メッセージありがと♪
でも全部嘘ってひどくない?笑
そういうあなたはどんな人なの?
返信ありがとう
ごめんなさい
ホントになんとなくそう思っただけで
別に悪い意味で言ったつもりはないんです
僕は25歳の男で、普通のサラリーマンをしてます
見た目は普通だと思います
趣味はアニメとかゲームとか
オタクっぽい感じです
っぽいっていうかオタクかな?
他に聞きたいことはありますか?
必要なら写メも送ります
(二十五歳って年下か)
嘘のプロフィールでは二十三歳ということになっているが、私は今年で二十九歳だ。
変にチャラくて軽いメッセージが多いせいか、丁寧なところは好感が持てた。丁寧というか、まじめというか、年下(ということになっている)の女の子に送る文章とは思えなかったけど、少なくとももう少し話してみようとは思った。
その後のやりとりでも、彼は私のことをほとんど何も聞いてこなかった。送ってもらった写真も、本当に普通だった。イケメンではなかったし、ブサイクというわけでもない。人によっては好みの顔だと思うかもしれないという程度には整っていたが、残念ながら私のタイプではない。
彼は私が訊いたことには全て答えてくれた。住んでいる場所も近いようだ。もちろん、それが本当のことなのかは分からなかったが、なんとなく本当なんだろうなと思いながら聞いていた。
彼とのやりとりは自分でも驚くほど長く続いた。毎日数回のメッセージ。その日の出来事や、観た映画、読んだ本の話。ほとんどは彼からのメッセージで始まるが、私から送ることもあった。私から送るのは人間関係の愚痴ばかりだったけど、彼は丁寧に聞いてくれた。そんな他愛もないやりとりが半年以上も続いていたのだ。
取り留めもないメッセージのやりとりが、しかし確実に私を変えていった。
私はSNSに書き込みをしなくなり、SNSのアプリは彼とのメッセージ専用になっていた。仕事も順調で、人間関係のトラブルも減った。なんだか怪しいネックレスの謳い文句のようだが、実際に彼のメッセージには私のストレスを和らげる効果があるらしい。
その頃には私は彼に惹かれはじめていた。正直、彼のどこがいいかと訊かれたら答えられない。顔はタイプじゃない。性格もちょっと頼りないし、趣味も合わない。何よりも会ったこともないのだ。それでも毎日送られてくるメッセージを心待ちにしている私がいる。そしてメッセージだけでは物足りなくなっている私がいる。
どうしよう、会ってみたい。半年前の私なら考えられないことだ。SNSは寂しさを紛らわすためのものでしかなくて、運命の出会いを本当に信じていたわけじゃない。ただちょっとチヤホヤされるのが楽しかっただけのはずだ。どうしてこんなにハマってしまったのか。それもあんな冴えない男なんかに。いや、彼にもいいところはたくさんある。話の内容は面白くないけど余計なことは言わないし、こっちのつまらない愚痴もちゃんと聞いてくれる。頼りないかもしれないけど、年の割に落ち着いてるというか優しい雰囲気に安心感はある。顔だってタイプじゃないけど悪いわけじゃない。こんな風に考えること自体、彼にハマっている証拠だろう。
自覚をしてしまったら、気持ちを止めることはできなかった。会いたい。いや、会いたいだけじゃない、私は彼のことが好きになっている。でも、私は彼に嘘をついている。一度会うだけなら嘘をつき通せるかもしれないが、一度では済まないことも分かっている。彼は私のことをどう思っているのだろう。会いたいと思っているのだろうか。会いたいと言えばきっと彼は会ってくれるだろう。嘘だって許してくれるだろう。でも、それは私のことが好きだからなのか、それとも——
私はついに決心した。全てを話そう。嘘をバラし、本当の私を知ってもらおう。もしもそれでこの関係が終わるとしたら、結局そこまでの関係だったということだ。私は彼にメッセージを送る。本当の私を書いたメッセージを。私の本当の気持ちを書いたメッセージを。そして、あなたに会いたいと。
ありがとう
ホントのことを教えてくれて
僕のことを好きだと言ってくれて
僕もあなたが好きです
でも会わないほうがいいかもしれません
会いたくないわけじゃないです
むしろ会いたいです
だけど僕も嘘をついているんです
だから僕も全部話します
それでも会いたいと思ってくれるなら————
彼からのメッセージには、彼の嘘が書かれていた。
彼は普通のサラリーマンじゃなかった。正確には、普通のサラリーマンではなくなっていた。一年前までは確かに働いていたが、現在は無職なのだ。一年前に交通事故で下半身麻痺になってしまったから————
送られてきた写真は事故に遭う前のもので、家族の協力がなくては生活もできない状態。今も病院に通い、必死にリハビリを続けているが、脊椎損傷による下半身麻痺のため機能回復は見込めない。あくまでも車椅子での生活に必要なリハビリでしかない。
私は信じられなかった。毎日、今日はなにをした、なにを見たとメッセージをくれる彼が車椅子の生活をしていたなんて。下半身麻痺になったことはないが、それがどれだけ大変なことなのかは分かる。いや、私の理解なんて及ばないほどの苦労だろう。
私は健常な身体をもっているし、生活にも困っていない。多少の悩みはあるが、彼の問題に比べれば些細なものだ。それなのに私は彼に愚痴をこぼしてばかりだった。彼は私に愚痴をこぼしたことはないというのに。
僕と一緒にいることは、僕の介護をするってことです
その言葉が重かった。彼のためなら介護なんてしたくないとは思わない。でも私にできるだろうか。好きだから一緒にいたいと言うのは簡単だけど、介護は簡単ではない。
考えても考えても答えは出ない。でも彼は私を好きだと言ってくれた。だから私は正直に返事をした。
会いたい
正直ビックリしたし
まだ少し混乱してる
でも会いたい
介護だってしてあげたいと思ってる
でも私にできるかがわからない
途中で投げ出すかもしれない
それでも会いたい
その次の休日に私たちは会うことになった。車椅子の彼は気軽にはでかけられないため、彼の家に行くことにする。出迎えてくれた彼の母はとても優しそうな人で、その後ろには車椅子に座った彼がいた。気を使ったのか、買い物に出るという彼の母を私は引き止める。一緒に聞いてほしいことがあったからだ。
私は、今の気持ちを正直に話した。彼とお付き合いしたいと思っていること。介護をする覚悟があること。でも、介護に疲れ投げ出すかもしれないこと。そして彼を傷つけてしまうかもしれないこと——
彼はよろしくお願いしますと答えた。僕は一緒にいるだけであなたを苦しめる。あなたに幸せになってほしいから、耐えられなくなったらいつでも捨ててください。そう言って笑う彼を見て、私は絶対に捨てたりしないと心に誓った。
彼の母は泣いていた。一年前の事故以来、次々と息子から人が離れていき、将来も諦めていた。途中で投げ出しても構わない。息子に人並みの幸せを感じさせてあげてほしい。そう言って深々と頭を下げた。
それから私は仕事を辞めた。介護の勉強をするためだ。単純な私は、いっそ介護を仕事にしてしまえばいいと考えたのだ。結局のところ介護は想像以上に大変で、資格は取ったものの仕事にはしなかったのだが。
彼と付き合い始めてから五年後、私はすっかり介護にも慣れ、本格的に彼と暮らすために籍を入れた。本当はもっと早く入籍したかったのだけど、もし私が投げ出したときにバツがつかないようにと、彼が慎重になっていたのだ。彼の気持ちは嬉しかったが、五年は待たせすぎだと思う。今は彼の介護のために在宅の仕事をしている。収入はそれほどよくないが、贅沢をしなければ生活に困るほどでもない。子どもは望めないため老後の心配はあるが、間違いなく彼と一緒になれて幸せを感じている。
そうそう。実は彼が私についていた嘘はもう一つあった。
彼は最初から私のことを知っていたのだ。通勤の電車で一目惚れしたようで、できるだけ同じ車両に乗れるようにしていたらしい。あるとき車内でSNSのチェックをしていたスマホの画面が見え、それから定期的にチェックしていというのだ。事故に遭い、自暴自棄になっていたときに、どうせならとあんなメッセージを送ったらしい。私は「ずるい! 卑怯だ! なんで黙ってたの!」と彼を責めたが、彼が申し訳なさそうに「ストーカーだと思われたら嫌われちゃうと思って……」と小さな声で答えたのが愛おしくて思わず抱きしめた。
やっぱり私は彼にハマってしまったのだ。
SNSでハマった女 真白(ましろ) @BlancheGrande
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