ある灯台のはなし
冬野ゆな
ある灯台のはなし
どこまでもどこまでも水平線の続く、広い広い海のうえ。
そのはしっこにあるちっぽけな島に、灯台がひとつ。
ぽつんと立っていました。
灯台はずっと昔、この島に人間がたどりついた時に建てられたものでした。
そのころの一番最新の形で作られた灯台は、海を渡る人々のためにいっしょうけんめいに働き続けました。
最新式で作られたという自信と誇りで、何十年もずっと働き詰めていました。
多くの船が彼の光に導かれ、海を渡っていくのを、満足そうに眺めるのでした。
でも、今はそれも昔のはなしです。
新しい灯台や船の道が開発され、今では島に近づくのも、灯台守の親戚がたまに会いにくるぐらいです。
それでも灯台は、いつ他の船が来てもいいようにぴかぴかと辺りを照らしていました。
あるとき、灯台守の夫婦が灯台にいいました。
「やあ灯台。僕たち夫婦ももうそろそろ、役目を終えて引退したいんだ」
ですが、灯台は今までずっとやってきた仕事を終えるなんて、とんでもないと思いました。
灯台はまだまだ、外の世界を照らす光であったのです。
「めったなことを言うんじゃないよ、灯台守さん。古くなったところを直してくれれば、僕はまだ灯台としてじゅうぶんやっていけるんだ」
灯台守たちは仕方がないかと仕事に戻っていきました。
埃にまみれた光源をきゅうきゅうと拭き、ひびの入ったところへセメントを流し込み、油をさしてやりました。
灯台はいつものように、誰もこない海をくるくると照らしました。
またあるとき、灯台守の夫婦が灯台にいいました。
「やあ灯台。僕たち夫婦ももうそろそろ、役目を終えて引退したいんだ」
ですが、灯台は今までずっとやってきた仕事を終えるなんて、とんでもないと思いました。
灯台はすっかり古くなっていましたが、まだ誰かのために仕事をしたかったのです。
「めったなことを言うんじゃないよ、灯台守さん。きみたちには子供もいるし、古くなったところを直してくれれば、僕はまだ灯台としてじゅうぶんやっていけるんだ」
灯台守たちは仕方がないかと仕事に戻っていきました。
埃にまみれた光源をきゅうきゅうと拭き、ひびの入ったところへセメントを流し込み、油をさしてやりました。
年を重ねた夫婦を手伝って、子供も手伝いましたが、どうしても治せないところはそのままになってしまいました。
灯台はいつものように、誰もこない海をくるくると照らしました。
またしばらくして、灯台守の夫婦が灯台にいいました。
「やあ灯台。僕たち夫婦ももうそろそろ、役目を終えて引退したいんだ。子供もいつまでもこんな所で手伝わせるわけにはいかないから」
ですが、灯台は今までずっとやってきた仕事を終えるなんて、とんでもないと思いました。
灯台はすっかり新式に遅れをとっていましたが、まだ自分に会いに来る誰かがいると思っていたのです。
「めったなことを言うんじゃないよ、灯台守さん。きみたちには子供もいるし、古くなったところを直してくれれば、僕はまだ灯台としてじゅうぶんやっていけるんだ」
灯台守たちは顔を見合わせて、すごすごと仕事に戻っていきました。
埃にまみれた光源をきゅうきゅうと拭き、ひびの入ったところへセメントを流し込み、油をさしてやりました。
年老いた夫婦を手伝って、子供も手伝いましたが、どうしても治せないところはそのままになってしまいました。海の水がどこかのヒビから中に入りこんで、床はときどき濡れてしまっています。
「まったく、大事な仕事をほっぽりだそうなんて、なんて人たちなのだろう」
灯台はぷりぷりと怒りながら、ぎしぎしと音を立てて光を放ちました。
灯台守の夫婦はすっかり参っていました。
あってもなくてもいいような灯台に縛りつけられても、もう自分たちには、その場その場で対処するしかなくなっていました。
子供はすっかり成人して大人になっていましたが、今にも崩れそうな古い灯台を維持するために、とどまらざるをえませんでした。他の新しい灯台に仕事に行くこともできないのです。
朝になって灯台が眠っている間に、灯台守たちは今後のことを不安がりました。
それでも、いい解決方法が見つからないまま、一日、また一日と日が暮れていきました。
ある日のことです。
灯台守の子供がふと気が付くと、灯台がぴかぴかと光っていることに気が付きました。
今は眠っているはずの昼間だというのに、灯台がぎしぎしと動いているのです。
灯台守の子供は慌てて、灯台に話しかけました。
「灯台さん、今は昼間だよ。誰もきみを必要としていないよ」
「なんだって? 今日はきみたちの仲間がやってくる日だよ。だから海を照らしているんだ」
「何を言ってるんだい? 今日は誰もこないよ。誰もきみを必要としてないんだよ」
「きみはなんてことを言うんだ!」
灯台は怒りに打ち震えました。
がらがらと埃とガレキが落ちて、島ごと揺れてしまいそうです。
あたまに血がのぼった灯台は、もはや昼も夜もなく、むちゃくちゃに辺りを照らしてしまいました。
灯台はもうろうとした頭でぶつぶつと呟きました。
「僕は世界一の灯台だったんだ。最新式の、いっとう重要な役目を担った灯台なんだ。今日はきみたちの仲間がやってくるんだろう。だから、はやく海を照らさなくっちゃあ」
真昼間の光の中で、ぴかぴかと灯台は光り続けました。
灯台守の家族はお互いに顔を見合わせて、悲しい顔をしました。
今にも崩れそうな灯台がひとつ。
ぎしぎしと軋んだ音をたてながら、昼も夜もなく海を照らしていました。
灯台はもう今がいったいいつなのかわからなくなっていました。
いつかやってくるだろう船を待ち続け、昔の思い出と誇りだけで、ぎしぎしと海を照らしていました。
それでも灯台は、今もまだ船がやってくると信じていました。
ぼんやりとうつろな光が、まっくらな海に吸いこまれていきます。
ばちばちと光が明滅したそのときでした。
「あっ、あれはなんだ?」
暗く沈んだ世界の中に、ぽつぽつと小さな光が灯るのが見えました。
灯台はうれしくなって叫びました。
「そら、やってきた! やっぱり僕が正しかったんだ。遠い遠いところからようこそ、おおい、こっちだ、こっちだあ!」
光は灯台めがけて、ふわふわと空からおりてきます。
でも、灯台にはもうそれが空からなのか海からなのかわかりませんでした。
「おおい、おおい!」
灯台は手の代わりにぴかぴかと光り続けます。
ぎしぎしと軋んだ音はもう聞こえなくなって、昔のようにしっかりと海を照らすことができました。
「そら、僕はまだこんなにも光ることができるんだ。やっぱり僕の言ったとおりだったぞ さあようこそ、こんなに船が来るのは久しぶりだ!」
ふわふわと降りた光は、やがて灯台の姿を明るく照らしました。
やがて灯台は、その光のひとつひとつが昔、自分と同じように作られた灯台の仲間であることに気が付きました。
仲間たちは、灯台を誘っているようでした。
「きみのことを迎えに来たんだ」
灯台はうなずくと、仲間たちの光に伴われて、すうっとのぼっていきました。
多くの仲間たちに囲まれて、灯台は幸せそうに上へ上へと飛んでいきます。
そうして遠い遠いところへとのぼっていき、とうとうきらめく星になりました。
翌日、灯台守たちは点かなくなった光を見て、顔を見合わせました。
「灯台さん、どうしたんだい」
話しかけても、灯台は何も返しません。
灯台守たちは、どこかほっとした表情になりました。
「仲間の灯台たちが空に連れていったんだろう。もう昔に作られた灯台のほとんどが壊されてしまったというからね」
たった今から灯台守ではなくなった父親の言葉に、子供だった青年は広い海を眺めました。
そこにはどこまでも青い、海が静かにたゆたっていました。
おしまい。
ある灯台のはなし 冬野ゆな @unknown_winter
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