初回限定版特別付録
ナイフエッジ・タンジェントセオリー
狐のように細い目をした高慢そうな女が、馬乗りになって全裸で喘いでいる動画をスマートフォンで眺めながら、山中は真っ赤な
ケースから取り出したのは長さ数センチ、直径数ミリほどの細長い、ビール瓶を小さくしたような装置で、ここに普通の紙巻き煙草の半分くらいのカートリッジを差し込む。側面につけられた銀色のボタンを押して、緑色の発光ダイオードが点滅するのをちらりとも見ずに、カートリッジの先のフィルターをくわえた。
ビデオの中の女優は、最近覚醒剤を使用した疑いで警察に逮捕されたらしい。数日前にインターネットのニュースにそんなことが書かれていた。セックスのプロでもシャブに溺れちまうんだなあ、もったいない、などと現代社会に汚れきってしまった冴えない中年男性のような感想を残尿のように漏らしたのを、彼は都合よく忘れられないのだ。
まあ、俺も似たようなもんだけど。
吐き出された煙は実際のところほとんどが水蒸気なのだという。メーカーの売り文句は冗談程度にしか考えていないが、確かに臭いは普通の紙巻き煙草に比べるとだいぶ薄い。事実、校内で山中が喫煙していることを知っている人間は恐らく誰もいないはずだ。もっとも、見つかれば規約違反で職すら危うくなるのだから、当たり前といえば当たり前なのだが。
女がベッドに押し倒され、男の下に組み伏せられると、まるで壊れた玩具のように喘ぎ声をぼとぼとと漏らしたので、山中は少し顔をしかめた。やがて男の方も絞り出したような声をあげ、不規則に痙攣しながら動きを緩める。終わったのだろう。
モザイクまみれの画面から白い筋が垂れてきているあたりで、二時限の終了を知らせる鐘が暢気に鳴った。至極無表情でスマートフォンを待ち受け画面に戻すと、いつの間にか赤く点灯しているアイコスのスイッチを切り、カートリッジを携帯灰皿の中に捨てた。
今日も当たり前のように生徒がこない。この学校は創設者がほんの少し、否、かなりの不思議人間だったせいなのかわからないが、とにかく同じ目的の特別教室がたくさんあるという仕様になっており、それは山中のいる保健室も例外ではなかった。他の特別教室はどうだかわからないが、保健室にだけは明確な序列があるのではないかと彼は考えている。第五保健室にだけ、ほとんど生徒がこない。もっとも、髭面でロイド眼鏡をかけ、くしゃくしゃの癖っ毛を長く伸ばすような清潔感のまるでない保健医――もとい、養護教諭などよほど困っていなければあてにはしないだろう。そんなことはわかり切っている。
山中の母校は中高一貫の男子校で、保健室は一つしかなかった。中にいる養護教諭は二人のうちのどちらか。どちらも女性で、残念ながら売れなかったのでアイドルを廃業したような、わずかに霞んだ輝きを秘めた若い方と、この世の母性を限度額一杯まで引き出した末にサラ金にあてがい、グレーゾーン金利を債務整理した後に残った未払い金のようなまだるっこしい情欲を秘めた年かさの方のどちらかが、部屋の主となるシステムだった。当然ながら欲望に正直な生徒たちは若い方が勤務する日にこぞって足を運んだ。しかし、若き日の山中がそうだったかというと、そんなことはない。彼はそもそも病弱で、好きで保健室に通っているわけではなかったからだ。
もっとも、彼は自分が社会のマジョリティからひどく逸脱していることにとっくの昔に気がついていた。そうでなければ、山奥に封ぜられた秘境のようなこの学園に保健医、もとい養護教諭として住み込みで勤務しようとは思わない。いや、する機会すら訪れなかっただろう。
この職場に不満がないわけではないが、勤務形態のわりに給与が異常に高いのでたいていの不満はそこで立ち消えてしまう。生活に支障が出てくるレベルのものであるなら、なぜか時折フラッシュバックする理事長のシルエットくらいだろうか。実験薬の後遺症か何かなのだろうが、いささか彼女の権力主義と隷従欲を彷彿とさせるものであるので、気を抜くと精神がやられそうになるのだ。おまけに誰にも相談できない(それは相談すると死ぬなどというような物理的なたぐいではなく、彼の男としての沽券に関わるような意味である)のだから、実のところは彼が持つ悩みの最大のものともいえるかもしれない。
散逸した意識を咎めるように、保健室の引き戸が、がらり、と開かれた。
困った顔をした背の低い中学生が、第五保健室を訪れたのだ。
こんな夢を見た。
あれは、ブルーノートすら薄っぺらい日常をあざ笑うかのように、まるで突然クラッチペダルがついた車に放り込まれて不気味の谷に突き落とされるような圧倒的な違和感を目前までつきつけて、突如として空から落ちてきたんだ。
それはよくできたロボットのように見えた。頭も手も足も、人型に揃っていて、顔に相当する部分はのっぺらぼうのマネキンのような金属板がプレスされたまんま白く輝いている。無骨に組み合わされた歯車は無意味に回っているので恐らく飾り。四肢は僕の両脚よりもずっと太く、これで殴られたら確実に死ぬだろうと思った。
恐怖や絶望はなぜかなかった。その機械は凶暴そうにも、しかし、だからといって僕に味方してくれそうでもなかった。ただ、常識が支配する日常の社会を真っ正面から破壊するような代物であろうことはなんとなく察しがついた。あいにくエスパーではなかったんだけどね。
小さな、ぴーという音がして、そいつは緑色の光線を発すると、背後の交差点を破壊した。小気味よく吹き飛んでいく信号機、ひっくり返ったぴかぴかの軽自動車、あわててブレーキを踏み減速するトラックの悲鳴があとに続く。
ははあん、この機械は日常を破壊するために遣わされた使者なのだ、なんて暢気なことを考え始めた。黙示録だか旧約聖書だか何だか知らないが、一度全てを精算して無に帰すような代物だしさあ、それが僕の前に現れたことに何かの意図を感じずにはいられないじゃん。僕はさ、世界を逆回転させるなんていうやけっぱちじゃなくて、文字通り最初からやり直すっていう、古代宗教の終末論が語られることに言いしれない興奮を覚えたってわけ。
機械は目の前の僕のことなどお構いなしに、次々と僕以外の周囲を、まるで骨付きステーキをお嬢様が平らげるように破壊していく。日常の象徴みたいなでっかいオフィスビルも、もうどこかへ消えてしまっているし、その残骸が降ってきているけれど、なぜか僕には当たらない。
で、天空から、一筋のワイヤが降りてきたんだ。たぶん鋼鉄製だったと思う。飛行機とかの影はなかったから、それこそ自重でちぎれてたのかもしれないけれど、まあとにかく降りてきた。きちんとね。そいつと一緒に降ってきたのは何だったと思う? そう、女戦士だよ。極めて現代的なね。腰の両脇にカラシニコフをぶら下げてたし、背中に背負ってるのは、長さ的に小太刀だろう。そんなメタギアに出てきそうな感じの。
「ほほう、で、その後は?」
「いや、ここで目が覚めたんだけど」
生徒は恥ずかしそうに笑みを浮かべる。
「ずいぶん中途半端な目の覚め方だなあ。本当にそんな夢を見たのか?」
「じゃなかったらここに駆け込まないでしょ」
彼は第五保健室の数少ない常連である、瀬戸内たけしという名を持つ、やや精神が虚弱な少年だった。非常勤も含めて九名の養護教諭のうち、医師免許を持っているのは山中だけであり、また彼は精神科が専門であるから、志摩理事長が直々に彼を斡旋、もとい押しつけたのであった。
「そんな胡散臭い夢、信じられるかよ。中学生なら、まだ人魚とヤった夢の方がそれっぽいだろ」
「待って山中、人魚とどうやってヤるの? 穴なくない?」
「知るかよ。俺が言いたいのは、そういう突飛な夢を見るのが中学生って存在なの。お前の見た夢はやけに筋道が立ってる。バックに作家でもいるんじゃないかってくらいに」
「バックでも正常位でもどっちでもいいけどさあ、やけに鮮明だったんだって!」
山中は思わず顔をしかめたが、瀬戸内はかなり興奮しているためそんなことには気づかない。
「あとな、お前絶対ピロウズ聞いたろ、昨日?」
「うわ、なんでわかるんだよ! 確かに昨日借りたよ部長から」
「だと思った」
山中は肩をすくめた。
「とりあえず今日のところはこいつを貸してやろう」
不穏な微笑みで、山中は細いプラスチックのCDケースを机から取り出して瀬戸内に手渡した。真っ白なディスクには「1」と数字だけがふられている。
「何それ?」
「フリクリっていうんだ、こいつは効くぞ」
「どう効くのさ」
「とにかく服用するんだ。続きが気になったらまた来るといい。次をやる」
そう言って山中は強引に瀬戸内の椅子をくるり、と回転させ、ぽん、と肩を押し出すようにして叩いた。
「ほら、次がつかえてんぞ」
「エロ動画しか見てないくせに!」
「俺じゃねえよ、お前だよお前。三限くらいちゃんと受けてこいよ、お前の好きな平端先生だぞ!」
「やめろ!」
「ああ見えてバツイチ子持ち三十九歳、大学生時代のあだ名は『雌狐』で崩壊させたサークルは二桁じゃ収まらない平端かおる先生を好きになるなんてほんとセンスねえなお前」
「テキトーなこと言いやがって!」
瀬戸内は顔を真っ赤にして山中に殴りかかろうとしたが、その拳骨をぱしっと一発で受け止められる。
「俺は忠告してやってるだけだぞ、見えているものが全てとは限らないんだ。いいか瀬戸内、『いかにも』な人間ってのは六割は本当にそのいかにもなわけだが、残りの四割はいかにも『になりたかった』奴らだ。騙されるな」
山中が思いの外真面目腐った顔をしているので、瀬戸内は怒りを鎮めざるを得なかった。
「ってかさ、今気づいたけど、山中って何で平端先生に詳しいの?」
「ぎくーっ!」
「『ぎくーっ!』って、おっさんかよ!」
「何言ってんだ瀬戸内、俺はまだ三十八だ、おっさんではないぞ。ほら、平端先生より若いし」
「だからなんでそんなに詳しいのかって聞いてんの」
「しつこい奴だな! んじゃあれか? 同じ研究室の先輩だったと言えば信じるのかお前?」
「ええええええええ嘘! あの人とお前が同じ大学どころか研究室も一緒なの? 嘘つくなよ!」
「いや本当だから。俺もかおるサンも帝都大学鍋島研究室出身だから。まあ俺は学部でやめちゃったけど」
「えっじゃあ平端先生の大学時代って……」
面白いくらい血の気が引く奴だな、と山中はその時思った。
「いや、だから本当のこと言ってるだけだって」
彼は自分が何をしているのか理解していない。いや、もし仮にしているのだとしたならば、というよりも理解していなくとも、精神科医の免許を取り上げられても致し方ないくらいの失態を犯してしまっている。
「バカ!」
今にも泣きそうな顔で走り出した彼に肩をすくめ、山中はもったいぶる相手もいないのにゆっくりと席に戻って、書類を書き始めた。
三限を知らせる鐘が鳴った。
夢を見た。
世界の裏側、粘ついたような空気が取り巻く亜空間で俺は悪魔をいつものように日本刀でぶっ殺していた。刀の名前? 知らねえな。あいにくそういうもんには無頓着でねえ、ほら、日本史のテスト見せたろ、この前。
で、本題な。
その刀の先のビーム光線で悪魔を焼き払ってると……んあ? うるせえな切り殺すなんて言ってねえだろうがシメんぞコラ。悪魔が分裂して日本が滅亡しそうなところをなんとかして救ってんだぞこっちは!
いいからよく聞けよ。上から――姫が降ってきたんだ。あ! てめー今「姫」と勘違いしただろ! おめーの思ってる姫じゃねえぞ! そんなのじゃねえよ! めっちゃくちゃ絵に描いたようなお姫様が、日傘片手にふわふわ降りてきたってわけよ!
え? どんなかって? ふりふりのドレス着てる女いんじゃん! ああいう感じだよ!
「全然わかんねえつってんだろうが」
山中は吐き捨てるように一蹴して、目の前の小柄で華奢な少女を軽く睨んだ。精神科医とは思えない扱いである。
「わけわかんねえのは俺のほうだろうが!」
少女も同じく吐き捨てるように言った。真っ赤に染めた髪からは、まだ染料の臭いが残っている。
「その語彙量少ないのなんとかならない?」
「ならねえよ! お前知ってんだろ成績!」
少女――
「まあいいや。どうせピロウズの聞き過ぎだろうし」
「そんなわけあるかよ!」
「だいたい髪の毛赤くするあたりで昨日フリクリ見ました、つってるようなもんだし」
「どんな診断だ!」
「つーわけで」
手慣れた手つきで彼は真っ白なCDケースを取り出して、にんまりと笑いながらみどりに手渡した。
「頭のパイプカットならオーケー、ってな」
「お前がパイプカットされろこのオナニー野郎」
「おい、口には気をつけろハッタリ処女が」
「そういうのいいから。で、これには何が入ってるの?」
「ん、まあ、ひとことで言うと、『天元突破グレンラガン』」
「前半必要あったか今の?」
「うるせえな、お前はこれで井上麻里奈ちゃんのかわいさを堪能すればいいんだ」
「出た、声優でキャラクターを語るキモオタだ、山中のキモオタ成分」
「そのキモオタに見た夢を話して救いを求めてるメンヘラ処女に言われたくないんだけど」
「さっきから処女、処女ってバカにしてくるけどなんなの?」
「なんでもねえよ。何がしたいのかわからない時って誰にでもあるだろ」
「理事長の愛人だからって調子乗るんじゃねえぞマジ」
「それを言うならカウンセリングしてるのはこっちだぞおい」
文字だけだと一触即発になりかねない雰囲気と思われようが、彼らは至って和やかに会話していることをここに付け加えたい。
「そんなにセックスって気持ちいいのかよ」
「当たり前だろ。縛り付けられる奴がごまんといるくらいには」
無表情で山中は手を振る。カウンセリングは終わりだ、とでも言いたげである。
「憎たらしい顔しやがって。アイコス吸ってんのチクってもいいのかよ」
「君がチクれないことくらいわかってるさ、安心しろ」
水無瀬みどりは無言で踵を返し、第五保健室から授業中の教室へと戻っていった。
「聞いてくださいよ先生、この前成城石井で買い物してきたんですよ!」
わかりやすくはしゃいでいる、おさげ姿の女子生徒とは対照的に、山中は顔をしかめている。
「どこの?」
「縦波の方です」
「あそう」
「えっ先生成城石井好きじゃないんですか?」
山中は顔をしかめている。
「むしろ君が好きすぎじゃないかな、その……なんだっけ、えーと」
「成城石井ですよ、スーパーの」
山中は顔をしかめた。
「で、何買ってきたの?」
「これですこれ!」
彼女はお手製の買い物袋――「
「メロンパンです!」
はなこは満面の笑みで、山中にそれを手渡した。
「はあ、それで?」
対する彼は、受け取ったまま、微動だにせず。
「えっ、食べないんですか?」
「いやいや、何食べるのが当たり前みたいな空気になってるの。俺は星のカービィじゃないんだけど」
小学生女子ほどやりにくい相手はいない。それは、相手に邪気があろうがなかろうが同じことである、と山中は常日頃の業務からそう感じているし、彼女たちと円滑なコミュニケーションを日常的にとらざるを得ない人々に関しては尊敬の念すら抱いているのだ。ただ、それを全く態度に示さないだけであって。幸せなら態度で示そうなどという童謡があるが、敬意も態度で示した方がいい、という風には考えない男なのである。
「でも先生とカービィ似てないですか? ほら、眼鏡もまんまるだし」
「それ多分唯一似てるのが眼鏡だけってオチなのか? つーかカービィ眼鏡かけてないよね?」
「そんなことよりメロンパン食べましょうよ先生」
「カービィは? 関係なかったの今の?」
「食べてくれないんですか?」
それまでの流れを完全に中断し、汀はなこは上目遣いで山中をうるうると見つめた。
おいおい、こいつ小学生じゃねえのかよ。
将来何人の男を精神的に殺すんだろうな、と思いつつ、山中はしょうがねえなとつぶやいてメロンパンを食べた。
「そのメロンパンの味が思い出せないの?」
「いや、メロンパンだけじゃないんだけど」
理事長室で煙草をふかす志摩理事長に報告する時は、いつも妙な緊張が走るのは、きっと自分と理事長の関係性のせいではないだろうか、と山中はひそかにどうでもいい自己分析をしている。すべては緊張のなせる業だ。
「なら、味覚障害が身体に出てきているということね」
「そこまでは言ってない」
志摩理事長は、この学園をワンマンで切り盛りできるほどの切れ者ではあるが、午後九時を回り煙草からニコチンを摂取するようになっている時は、アホの子なんじゃないかと思うほどに頭脳が回転しない。このことを知っているのはおそらく山中だけだろう。午後九時以降、理事長室は非常時を除き立ち入り禁止であり、そこに立ち入る時は己の首を賭けるように、と各職員に厳命しているくらいであるのだから。
「でも、亜鉛はきちんと取っているのでしょう? なぜ味覚障害に発展するのか不思議ね」
「それより、そんな薬をどこから仕入れてきたかの方が、俺には疑問なんだけど」
「まあいいわ、今日から新しい薬にしましょうか」
「毎回そうだけど、少しは聞いてるそぶりくらい見せてくれないかなあ」
山中の仕事の九割は、実質のところこの治験業務である。これは、臨床試験をする上で非常に大切なもので、学園全体の運命を左右するものだと理事長は考えているのだった。だからこそ、現役の精神科医に協力を仰いでいるのである。その分の謝礼が基本給に上乗せされているため、彼の給料は他の職員に比べると信じられないくらい高いのだ。
「今度こそ、効果が出るといいのだけれど」
適当に後ろに縛った髪をだらりと肩に垂れさせた、ほんの少しだけラフなスタイル。普段は武装しているのではないかと思わせるほど厳かで強権的な雰囲気の志摩律子だが、本来はこの見た目が示すとおりのいい加減で隙の多い人間なのである。これも、学園内で知っているのは山中だけである。
手渡された包み紙から一つ、黄色い錠剤を取り出して、山中はそれを口に含んだ。理事長から手渡されたグラスの中の水を一気に飲み干す。味? そんなものはない。
とたんにびりびりと、全身にしびれが回り始める。
「あ」
彼は一瞬でその薬品の効力を自覚した。
それは、「本物」だったのだ。
「律子」
「どうしたの?」
「これ、『当たり』だ」
震える声で、山中は自身の変貌を報告した。
「あら、それはよかった」
理事長は冷淡にそう言うと、
「で、どうなったの?」
と聞いた。
山中は、しばらく考え込むと、いきなり、
「そうだな、ひとことで言うなら、ラジオになった気分かな」
と答えた。
他人の思考の表層が自然と流れ込むことが、人間関係にどう影響するのか。山中はそれを深く考えながら、今日も第五保健室でスマートフォンからエロ動画を見ている。
(平端先生が初めて僕を見てほほえんでくれた……)
数秒後に保健室の扉を開ける者の思考に、ただの思い違いだろ、とツッコミを入れながら、山中は動画を終了して扉に向き直り、「2」と書かれたCDを机の上に置いた。
瀬戸内たけしがどこか嬉しそうに引き戸をがらり、と開けて、第五保健室に入り込んできた。
エイジドボーイ・シンコペーション ひざのうらはやお/新津意次 @hizanourahayao
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