第4話 五人組制度

 俺は逃げも隠れもしない。

 そう心に誓い、自室で座禅を組み、隣人からもらった芋をかじっていた。

 芋は俺達貧乏小作人にとって貴重なタンパクである。

 先程の礼だと言われ、蒸した芋をもらった。


 年貢を納める為にここ数ヶ月、飯もまともに食わずクワを振り続けた。

 一口かじると、ふわっとした食感が口の中に広がる。

 本当にうまい。


「ありがとう……」


 ここは農エルフの長屋。

 貧しい小作人達が少しばかりの賃料を払い、住まわせてもらえるあばら家だ。

 隣とは薄壁一枚で仕切られているだけの質素な建物。



 もう一口芋をかじったその時だった。

 物凄い殺意を感じ、同時に家の戸が蹴り開けられた。

 まさか、もう追手が来たのか!?



 だが。

 俺の視界に入ったのは、憲兵でも騎士でもない。


「カイル? どうした」


 同じ長屋に住む小作人のカイルだった。

 俺達の中で一番の年長者。歳は30前。リーダーシップをとって俺達を引っ張ってきた。そしてついさっき芋までくれた。ローザと同じくらい大切な存在だ。貧乏人同士、頑張って冬を越してきた仲間。そんなあいつが、血走った目でクワを握りしめているのだ。そして間髪入れず、クワを振り下ろしてきた。


「アキヒコ! 俺達の為に死んでくれや!」


 俺は咄嗟にカイルの腕を握り、一撃を防いだ。


「な……なぜ?」


「俺達は5人組を組まされている。分かっているのか!? お前の仕出かした罪は俺達にまで及ぶのだぞ。このままだとこの長屋の住人はみんな縛り首だ。俺達のメンツには女だっているんだぞ」


 ローザも俺達5人組の仲間だ。

 彼女にも俺の罪が……

 でも俺は――


「安心してくれ。俺は逃げも隠れもしない。俺がお前達を守ってみせる」


「冗談じゃねぇ!

 俺達は非力な小作人だ。こうやって地べたに這いつくばりコツコツ働くしかできない底辺。それで十分。それでも生きてはいけるんだ。

 だがお前は一時の感情で動いちまった。

 そんな奴と一緒にいられるか。

 このままだと俺達は犯罪者。

 だが、お前を殺してお上に首を収めると、俺達はたんまり褒美が貰える。お前を殺す勇気さえ持てば、俺達は幸せになれるんだよ!

 分かってくれよ。お前がちょっと不幸になれば、残された者はみんな幸せになれるんだ。どっちが得かすぐに分かるだろ?」


 どうしたということだ。

 クワを押し返せない。

 完全に力負けしている。

 小作人カイルは確かに大柄。

 だけど俺は――


「ククク。

 さっきの大騒動を見て、俺がまともに仕掛けると思っていたのか? さっきの芋には痺れ薬を入れてある。強烈な奴だ。かなりの値が張ったが、いざという時のために仕入れておいてよかった……」



 俺の守備力はべらぼうに高い。

 だが職業、小作人には対毒耐性がないのかよ。



 視界がだんだんと薄くなっていく。

 このままだと……


 カイルの気持ち……分からなくもない。

 これから何百、何千の敵が襲ってくる。

 それにカイルは無力な小作人。

 誰だって怖いさ。

 彼は彼なりにリーダーシップをとっているつもりなのだろう。

 残された4人を守る為、俺を仕留めなくはならない。

 それがカイルなりの正義。

 分からなくもない。


 

 だが次の領主がやってきて、果たしてみんな無事で済むだろうか。

 きっと同じことの繰り返しになるだろう。

 力なき農民は常に悪に屈する。


 だから俺は死ぬわけにはいかない。

 カイル……俺は……


 俺はカイルをはねのけ、ふらつく足でなんとか立ち上がると懸命に走った。

 


「ま、待て! おい、みんな! アキヒコが逃げたぞ!! 追え。追うんだ!!」


 分かってくれ。

 カイル……

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農民無双 弘松涼 @hiromatsu

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