ドルフィン・デイズ!外伝―Calm Blue―-2
翌日、蒼衣は一睡もできないまま朝を迎えた。
眠れなかった。眠れるはずがない。今日は凪とのデートの日。さらに言えば、凪に告白する日。
昨晩かけた電話口で、意を決した蒼衣の誘いに、凪はあっさり「楽しみにしてます!」と快諾した。あまりに簡単にオッケーをもらって、かえって蒼衣の方が焦りはじめ、ついすぐに電話を切ってしまった。
勢いに任せて誘ったはいいが、どこで何をするのか、全くプランを決めていなかったのだ。告白の言葉も。夜通し悶々とベッドで悩み続けたが、ろくな答えが出ない。結局徹夜でデートに臨むという最悪な展開に。
重い足取りで階段を降り、一階のリビングに向かおうという途中で、ジュワアアアアアア……と景気よく油の跳ねる音と、むわっとした匂いに戦慄した。
「あ、おはよう蒼衣! 今日はあんたの人生かかった大勝負でしょ!? お母さん張り切っちゃって、カツ丼とカツカレー、それからシンプルにトンカツと今回はチキンカツも揚げちゃった!」
なんで学習しないんだ!!
キッチンを埋め尽くし、今にも雪崩を起こしそうなほど積み上げられているカツの山に、蒼衣は膝から崩れ落ちてひれ伏した。
「俺の胃に恨みでもあるのか!?」
「なに言ってんの、今日は凪ちゃんとデートでしょ? 死ぬほどカツ食って絶対勝たなきゃだめよ。断言しとくけどね、あんたの人生に今日以上のターニングポイントはないわよ」
そんなこと断言されたくない、というかなんで、デートのこと知ってんだ。
「分かるわよそんなの、母親だもん」と、母の夏子は鼻歌交じりに『カツのフルコース〜カツを添えて〜』のすべてを食卓に並べ始める。やめろ並べるな、今すぐそいつを片付けろ。
玄関が開き、日課のラジオ体操から戻ってきた大吉も、リビングに入るなり日焼けした剛毅な顔を半泣き寸前に歪めた。
「か、母さん……嘘だろ……」
結局、一時間近くかけて、男二人、いや、漢二人はカツ地獄を喰らいきった。今年だけでもう一生分のカツを食っている。
「蒼衣……そういやお前、今日、デートらしいな……」
真っ青な顔でゆっくり茶をすすっていた大吉が、ふと父親の顔つきで苦しげに言ってきた。
「……そうだけど」
「思い出すなぁ、母さんとの初デート。昔から美人だったんだ、母さんは」
「もう、お父さんったら」
ぽっと頬を染めて見つめ合う両親。心底いらんやり取りだ。
「……一応、参考までに、どこいったの? 初デート」
「ん? アユの友釣り」
真顔で言い放った我が父に絶句する。そんな「USJ」くらいのテンションで言われても。
「……俺、支度してくる」
まったく参考にならん話を頭から追いやって、蒼衣はリビングをあとにした。「今の時期は堤防釣りで、ひと夏越して肥ったいいアジが捕れるぞー。彼女のぶんも竿貸してやろうかー?」という大吉の大声が背後から響く。なんで釣りの前提なんだよ。
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