第6話「その武士の本名は星達と書いてきららと読む」

 うちのクラスで『告白された回数』ナンバー1男子が笹原圭一ならば女子は間違いなく天羽雪乃介あもうゆきのすけだろう。


 ちなみに本名は早乙女星達さおとめきららだ。


 彼女曰く早乙女星達は仮の姿で心に宿っている武士の魂こそ本来の自分であるらしい。


 実に痛い系の面倒臭い類の人物なので、出来れば少し距離を置きクラス全体で生暖かい目で見守ってあげるのがベストなのだが、いかんせん綺麗な顔立ちのヅカルックスが周囲を放っておかない。


 主に女生徒から告られまくっている。



「雪乃介は女子供に興味はない」


 ほらまた廊下で後輩女子から告られている。


 油断しているとちょいちょいアタックされるので要注意だ。


 小柄でチャーミングな相手の子が負けじと頑張っているみたいだが、それも時間の問題だろう。


「これ以上の問答は不要だ。この刀の錆になりたくなくば去るがよい」


 刀を鞘から抜き出そうとしている彼女に誰か伝えてやってほしい。


 100均で売ってるプラスチックの刀は多分錆びない。



 彼女のイタい部分を上げたらキリがないのだが、その中で最もアカンやつがこの帯刀だろう。


 以前は模造刀を所持していたのだが、生活指導の教師とすったもんだ(20回ほど切られた)の結果、木刀に変更。


 その後結構長い期間木刀を装備していたのだが、触らぬ神になんとやれで見ない振りをしていた教師たちもようやく『木刀もアカンのじゃないだろうか?』と気づいたのか、教頭が生徒会長に『津野ちゃんひとつ頼むわー』と丸投げ。


 最終的に彼女に与えられたのが100円均一で売っているプラスチック製のおもちゃの刀である。


 キララちゃん――もとい、雪乃介も会長から贈与されたとき『かたじけない』と、刀の種類には拘っていないところから 特に不満はなさそうだ。


 唯一不満があるのはこのような結果に至るにあたり、何故か20回も切られた生活指導の真田さなだ先生だけだろう。


 そんな可哀そうな先生に俺だけは優しくしてあげよう。



※ ※ ※ ※ ※ ※



 さて、昼飯を食い終えた後の非常に眠たくなる5時限目が始まったので教科書でも出そうかな……


 机の中をゴソゴソしているうちに英語の先生の点呼がはじまる。


「木田航平くんっ。いますかー?」


 新任のさやか先生は短大卒のハタチでとても明るく、一緒にいるだけで元気になれるマイベストティーチャー。


 うんとキャワイイのもポイントだ。


「笹原圭一くん。あっ、この度はおめでとうですねー。んー?、あっ♪安心してくださいっ。先生はイジりませんよー。」


 恐らくは笹原が着ている『イジるな危険』と大きく書かれたTシャツを見て言っているのだろうが、そんなもん着てるとイジってほしいのかほしくないのか実際のところわからん。


 一方さやか先生は圭一に彼女が出来たことをイジりたくてウズウズしてそうだ。


「んー、次は誰ですかねー。早乙女星達さ―――」



 バッ



 クラスの全員が一斉にさやか先生に目を向ける。


 それはそれは、下向いてマンガ読んでた奴もスマホ弄ってた奴も皆顔を上げた。


 その注目の先のさやか先生というと…


 既に青ざめていた。



 カタッ



 バッ



 今度は静かに席の立つ音の方へ皆々一斉に目を向ける。


 殺気のオーラを身に纏い静かに姫野教諭の居る教壇へと近づいていく女生徒。


 姓は天羽、名は雪乃介。



 あかん、これはあかん。


 さやか先生はこのクラスの授業を受け持つにあたり、先輩の真理子先生から『早乙女の事は絶対に本名で呼ばないように』と再三言われていたのに……


 クラスの平和を望む俺も、さやかちゃんには少なくとも3回は忠告しておいたはずなのに……


 彼女はついうっかり、禁忌の名を口にしてしまったのだ。



「ひぃッ……来ないで……お願い、来ないで……」


 先生の懇願も虚しく、雪乃介は足を止めず右手で左腰の刀を静かに握る。


 教壇に隠れて見えないがさやか先生の下半身はおっかないことになってるかもしれない。


 バンッ!!


「いい加減にしなさい、早乙女星達」


 誰もが動けずにいた緊迫する空気の中、机を叩きドスの利いた声を発したのは高野の姉さんだった。


 流石は我らの委員長閣下。


 禁じられた名を堂々と言い放った。


 誠頼りになりまする。


「ほぅ、高野美咲。同じ日にその名を二度も耳に出来るとは、今宵は実に愉快だなあ」


 今は真っ昼間だけどな。


「愉快なのは結構。私の不愉快さが限界に来る前に席に戻りなさい。サオトメ、キララ」


 こ、これ以上火に油を注ぐのはヤメテくだせえ、姉さん。


 若干プルプルしている雪乃介が刀を上段に構える。


「に、二度ならぬ三度まで……余程の命知らずと見える。覚悟せよッ!!」


 刀を振り下ろす雪乃介。


 が、恐らくその刃が高野姉さんに届くことは無いだろう。


 バシッ


 何故なら彼女には自動防衛システムである熊殺しの守護者がいるからだ。


「姉さんに危害を加えるのならば、僕が相手になろう」


 右手で刀を受け止める高野(弟)。


 実に男前だなぁ。


「この雪乃介の前に立つとは良い度胸だ、高野祐樹。ならばこちらも総力戦だ。槍を持て、小太郎!!」


 誰だよ、小太郎。


 俺がキョロキョロしていると、航平が『多分小太郎はお前の事だ、行け、やれ』という視線を飛ばしてくる。


 ヤだよ。


 無理だよ、俺小太郎じゃねえし。


 熊殺しと、このクラスの首領の姉弟を相手に出来るわけがない。


 後、刀を受け止めた祐樹の手のひらをサスサス撫でるのはヤメテくれませんかね?高野姉さん。


 ぶっちゃけ雰囲気ぶち壊しっす。



 『痛いの痛いのとんでけ』が終わったのか、弟の手を放した高野姉さんは次の瞬間に疾風のごとく雪乃介から刀を奪い取り、両手と右膝でへし折っていた。


 まぁソフトプラスチックだから簡単に折れるけれども、なんとまぁ男前なこと。


 そして……


 パシンッ


 刀を失って急変したかのようにオロオロし始めた雪乃介に高野姉さんがビンタを一発。


「祐樹に手を出したということがどういうことなのかわかっているかしら?」


 雪乃介の本名を口にするのは恐怖を意味すること。


 高野弟に手を出すということは絶望を意味すること。


 このクラスの不文律である。


「ふ、ふぇぇ。だって、だってぇ、なんだもん。キララの名前カッコよくないからやだったんだもん」


 だもんって、あんた、だもんって。


 武器を失った瞬間それかよッ。


 武士の魂は刀に宿ってたんかい……


「馬鹿ね。星達きららはご両親が付けてくれた、素敵で可愛い名前よ。恥ずべきものでは決してないわ」


 俯いて目尻の涙を手の甲で一生懸命ゴシゴシしている雪乃介に高野姉さんは語り掛ける。


 うちのボスは人情味が厚いところもウリのひとつだ。


「もう泣かなくていいから。わかったならちゃんと先生にごめんなさいをしなさい。」


「……うん。……わかった。ごめんなさいする」


 と、まぁ、なんだかんだで一件落着になりそうな雰囲気だがそうもいかない。


 だって、先生既にいないんだもん。


 高野姉さんが机を叩いて皆の注意が逸れた瞬間、マッハで教室から逃げ出したのを俺は見逃さなかった。


 床にポタポタ滴を垂らしながらな。



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