第3話「高野(弟)と、その姉」

「標高8000m級の高山の頂上で殺人鬼と対峙した場合、どう対処すればよいだろうか? 」


 3限目終了10分程前から腕を組み瞑想して、なにやら考え込んでいた様子だった双子の片割れである、高野(弟)祐樹が、休憩時間に入ってようやく口を開いたと思えばとんでもないことを言い出した。


 こ奴も航平たちに並び多胡中央学園における要注意人物の一角であることをここに明記しておく。


 まぁ、高野(弟)が何を言っているのかはなんとなくわかっているつもりだ。


 恐らくは以前こいつに見せられた、『姉を有象無象の危機から守る方法』の更新についてだろう。


 以前見た時にはCASE~83くらいまで作ってあったような気がするが、内容は中々デンジャラスだった。


 CASE~20辺りまでは不良と絡まれる姉を助ける方法など、少しは微笑ましくもあったが、CASE30を超える辺りから徐々に怪しくなってきており、50を超える辺りから空想上の生物などが出現したりしていて、 それ以降はなんか怖くて読んでいない。


「相手の殺人鬼が重火器などを所持していた場合、酸素濃度の関係上姉さんを守りつつ回避行動を取るのはやはり厳しいか……」


 そもそも、外国の高山にまで登山しに行かなければよいのではないだろうか?


 というか、標高が低ければ大丈夫なのかというところも大いに疑問である。


「1000m級であれば実践上、熊との戦闘にも快勝している。ドラゴンでも飛来してこない限り問題ない。」


 既に熊と格闘して勝利したらしい。


「ん?ドラゴン?……ドラゴン、ドラゴンか……」


 再び腕を組み考えこんでいるところから察するに、山頂での飛竜遭遇戦という新たなCASEにシフトチェンジしたみたいだ。


 殺人鬼はほっといて良いのか?



「……長谷場くん、ちょっといいかしら?」


 そして先ほどから、高野(弟)と話している度に右隣の姉の方美咲がチラッチラこちら見てくる。


 姉が弟の挙動を気にしているのは最初から気が付いていたのだが……、とうとう腕を掴まれ引っ張り出される俺。


「むぅ、ドラゴンは火を吹くのだろうか……?」


 むぅ、じゃねえよ。こっちは地べたに引き摺られてんだ。姉を守る前に、まず姉から俺を守れ。



 教室の窓際まで強制連行され、ようやく俺の華奢な腕は解放された。


「さっきから祐樹が深刻な悩みを言っているみたいだったけど、何かあったのかしら?」


 んなこと自分で聞きゃいいじゃねえか!コノヤロウ。


 そんなことの為に埃まみれになってしまった俺のズボンが気の毒で仕様が無い。


「そ、そんなこと聞けるわけないでしょうが!!男同士でしか話せないデリケートな問題かもしれないじゃないの!」


 怖ええよ、姉さん…


 きっと高野(姉)の中ではかなりスパイシー思春期的な何かな妄想が繰り広げられていることなのだろう。


「祐樹はね純なの、ピュアなの。ちょっと触れただけで脆くも崩れ去るような、繊細な心を持っているのよ。私は心配で仕方がないわ。わかってくれるわよね?長谷場くん。」


 すまん、正直わからん。


 何故なら、そんな繊細な奴は姉を守るCASEシュミレーションの為に熊と模擬戦なぞやらんと思うからだ。



 とりあえず姉には、登山をするなら手頃な近場の山にしておけとアドバイスしておいたので一件落着とする。


 まぁこいつ等は中々のトンデモ姉弟なのだが、幼少期に本当にとんでもない環境で育ってきたらしいので温かい目で見守ってやる所存である。



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