第2話「生徒会長、津野秀雄」

「俺は牛丼が食べたい」


 目を閉じて、静かに呟く木田航平。


 昼休みに珍しく無口でコロッケパンを食べていると思ったらそんなことを考えていたのかお前は。


 気を付けなければいけないのは、こいつは思いついたら平気でコンビニに買いに行くことがある。


 いや、それならまだいい。隣町のチェーン店まで行って5時限目の途中に帰ってくることも多々ある。


 ちなみに先月は学校に2回ほど出前を取った。


「よし達也、生徒会室に行こう」


 よしじゃねえ、まだ俺は弁当食ってる途中だ。


 とはいえ、このままだと航平が津野会長に無理難題を押し付けるのは明白。


 不本意ではあるが、ついていかざる得ないだろう。



 昼休みだけあって、廊下に生徒が多い。航平がすれ違うと後輩の女子がキャッキャ騒ぐのが目につくのだが、こいつは何故か下級生に人気がある。


 特に存在感は半端ない。


 そしてなんだかんだで生徒会室の前まで辿り着く。


「たのもー!たのもー!」


 航平が扉をドンドン叩く。お前はあれか?道場破りか?


 扉には『ただ今不在中』のマークが掛かっているが、多分居留守だ。俺が知る限り、このマークが外れているところを見たことがない。


「たのもー!たの―――」


五月蠅うるさい!!不在と書いてあるだろうが!!」


 やっぱいるじゃねえか!!


 勢いよく扉が開き、俺たちは生徒会室の主である津野秀雄つのひでお会長に顔を見るや否や舌打ちされた。


 うん、今日は会長をフォローする気がなくなったね。


 航平よ、存分にやれ。



「……要件はなんだ?」


「うーん、まずは喉が渇いた」


 お前凄えな。


 存分にやれとは思ったが、まさかナチュラルに茶を要求するとは思わなかった。


「フンッ、……まあいい。入れ」


 いいのかよ。


 入室を許可された俺たちは並んで椅子に腰を掛けた。



「どうぞ、熱いので気を付けてください」


 おお。これはあれだ、湯呑みだ。すし屋でよく出てくるやつだ。


 ちなみにお茶を差し出してくれたのは容姿端麗、物腰静かで多胡中央学園随一の美少女と謳われる副会長、白石綾乃しらいしあやの先輩だ。


 この人こそはこの高校で貴重なまともな人間だろうと淡い期待を抱いているが、決して油断はしない。


 俺の経験則で言えばこの高校で表面上まともに見える人は、裏で何かしら特殊なものを持っている可能性が実に高い。



「で、なんだ?要件を言え。出来れば言わずに帰れ」


 ここで帰ったら、ただ茶を飲みに来ただけになるじゃねえか。


 でも会長の気持ちはわかる。この会長はマジで多忙すぎる。


 様々なトラブル、問題事、要望など余りにも生徒会に集中しすぎている。


 というか、ほぼ会長が一人で学校を運営しているといっても過言ではない。


 教師も校長も津野会長に全て丸投げしているのが実情らしい。


「津野、購買に牛丼入れてくれ」


 おい、先輩なんだからせめてさん付けくらいしろよ。この会長もうちの担任に負けず劣らず沸点低いんだから。


「ふ、ふ、ふ、ふざけるな!!!俺は何でも屋ではないぞ!!」


 アホな事を言い出す航平も航平だが、会長もすぐに真に受けるからなぁ……


 沸点が低いのは担任と同じだが、会長の怒りはかなりの持続性があるから厄介なのだ。


「いいから、牛丼入れてくれよぅ」


 お前本当にブレねえのな。


「いい加減限界だ!!今日と言う今日は学校の貴様ら全員に物申してやる!! このクソッタレめ!!」


 出て行った。


 まぁ行先は知ってるけどな。何時もの所だ。


「では、私も失礼いたします」


 これもまた何時もの事のように副会長もその後をついていく。


 白石先輩ガンバ。



「お、茶菓子発見」


 航平よ、お前は何事も無かった様に茶を飲むな。そして茶菓子をパクるな。


 気になる津野会長の行方というと、時間的にはそろそろだろう。スピーカーから流れるお昼の放送が今日のポエムのコーナーになる。


 ポエムなんて人によっては赤面せずにはいられないかなり恥ずかしいものなんだが、放送部の三浦みうらさんは毎日即興でつくって読み上げているらしい。


 実におっかない人である。



『では今日のポエムです。皆さん是非聞いてください。―――放課後の夕日に染まる貴方の横顔に、私の心も……あ、会長』


 最後まで読ませてやれよ津野会長。


 今日のポエム恋愛系のガチな奴じゃん。


『ええい、マイクを貸せ!!……おい、学校内の貴様ら!!お前ら全員だ!!!よく聞け!いちいちこの俺に面倒な話を持ってくるな!自分らのクラスの委員長に言え、そして自分たちの裁量でなんとかしろ!!』


 おお、今日は一段とテンション高いな。


『というか、教師に言え!!校長は教育委員会からのメールを俺に転送してくるな!!俺のキャパシティは既に限界を超えているんだ!!!』


……校長、マジで丸投げしてたんだな。


『そもそも、俺は生徒会長に立候補した記憶はない!!何故やらされているかもわからんぞ!!よく考えたら選挙すら実施してないではないか!!なんだこの学校は!!理不尽極まりな……グフッ』


 あれ?今最後グフッって…


『本校の皆さま、生徒会副会長の白石です。この度は会長の津野が大変ご迷惑をおかけして誠に申し訳ございませんでした。これからも生徒会一同より良い学校づくりの為日々邁進して参りますので今後ともご支援のほどよろしくお願いします。それでは失礼いたしました』


 今まで気づかなかったが、副会長ってまさかいつも津野会長を気絶させ……いや、考えないようにしておこう。



「まぁ、津野の代わりはいねえからなぁ」


 うむ、航平に同意するのは癪だが、仮に選挙を行ったところで津野会長以外に生徒会長をやれる人なんて存在しないだろう。諦めてくれ。


 ところで、もうすぐ昼休みも終わるがどうしよう?


「まぁ、要望もちゃんと伝えたし、教室に帰ろう」


 航平がそう言うので、俺も退室する。



 後日、パン類だけだった購買に牛丼が追加されていた。


 しかも、各教室に電子レンジまで配備するという津野クオリティ。


 津野会長の行動力とキャパシティは半端ない。


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