いまだ遠きパンゲア

「これ・・・。皆で見たかったかも」


 珍しく、サーバルが静かな声で喋った。あるいは会場の大音量のせいでそう聞こえただけかも知れないが。


「うん。ヘラジカさんとか、すっごく喜びそうだもんね」


 かばんも同意する。あの戦いごっこが好きなフレンズらは、きっと大喜びだろう。


「よく見ていてね」


「ラッキーさん?」


 サーバルとかばんの間にちょこんと座っていたボスが、一言だけ。


「そうそう。よく見てた方が良いよ。大武闘会は年に一度しか開かれないからね。・・・あれ?ボスが喋った?」


 プシッタコサウルスの反応は2人には慣れたもので、説明もお手の物だった。


「ははあ。かばんになら反応するのか。なんだか分からないけど、君ってすごいんだね」


「ぼくがすごいんじゃないと思いますけど」


 かばんは苦笑。すごいのはラッキーであって、自分ではないのだから。



 中央広場では、アナウンスされた両雄のみが残り、司会のパラサウロロフスも司会席に移った。


「では!試合開始!」


ドン!


 この会場に入った時から鳴っていた地響きが、また。どうやら始まりの合図らしい。



「さあて」


 自然体にて相手に近寄るティラノサウルス。


「ふう」


 精神を集中させながら、ムチを片手に相手の動きに目を配るティタノサウルス。



 強いのは、どちらだ。



 ティラノサウルスはティタノサウルスのムチの射程ギリギリで立ち止まり

、両の足に力を溜めていた。ハイジャンプからの奇襲を試すのだ。


 ティタノサウルスはその重厚な肉体ゆえ、こちらの機先を制する事が出来ない。こちらから仕掛け放題。


 が、裏を返せば、ティタノサウルスの戦術はカウンターの一手。そしてその技は磨き抜かれている。


 こちらの奇襲さえ、彼女にとっては常識の範囲内。それが証拠にまるで表情を変えず、待ち構えている。


 ではティラノサウルスはどうする?いかなる奇策を講じる?



 無論。



オ!!


 ティタノサウルスは右手に握ったムチをフルスイングで振り回した。


 ティラノサウルスの、王者の狩りに、奇策は無い!正面から突っ込んで来る!!


 我がムチに当たりに!


ヒュ!!


 見えぬ。ティタノサウルスの腕力で振られたムチは、必中の速さで必殺の威力を実現する。生半なフレンズなら、これだけでサンドスター行きだろう。


 相手が、このティラノサウルスでなければ。



ヴァチイ



 当たった。ティタノサウルスは確かに直撃の感触を得た。


 が。



「勝負あり!勝者は!」


 一人、戦場に残っている者が手を上げた。


「最強の名、いまだ譲らず!ティラノサウルスです!!」



 司会の宣言を、ティタノサウルスは客席で聞いていた。


「おー・・・」


 気が抜けた声を出しながら。


「お疲れ」


 ティタノサウルスは観客席に放り投げられていた。そして場外を取られ、敗北。


 怪我は無い。ちょうどアルゼンティノサウルスの目の前に飛ばされたので、受け止めてもらったのだ。


「負けるのはともかく。効いてないのはこたえるね。自慢の武器なのに」


 ティタノサウルスは少々のショックを隠せていなかった。この大会に出た以上、同族の誇りをかけていたのに。


「相手が上手だったよ」


 それでもアルゼンティノサウルスは、ティタノサウルスを褒めた。


 そしてそのティタノサウルスに勝利したティラノサウルスも。


 アルゼンティノサウルスには、おおよその試合の流れが理解出来ていた。ティタノサウルスがカウンターの用意を出来たように、ティラノサウルスもまた、そのムチを食らう覚悟が出来ていた。


 だから、信じがたい握力を叩き出すその腕でムチの打撃力を防御。ティタノサウルスのスイング軌道は丸見えだった。である以上、そのムチの攻撃ラインもまた容易に推測出来る。


 それが、ティラノサウルス。最強の名を欲しいままにするあの者であれば、なおの事。


 今回の狩りごっこは、奴に軍配が上がった。それだけだ。



「続いて第二試合!トリケラトプス対マジュンガサウルス!!」


 完全武装フレンズと、素手の狂鬼。どちらも違った怖さが現れている。


 この試合もまた白熱したものになろう。


 だが、残念ながら。



 時が来てしまった。



 その頃。


「サンドスター・ロウ濃度上昇。予定通り、ロウ溜まりを形成。第2フェイズに移行する。警戒警報発令。でぃのフレンズに防衛命令を」


「了解」


 闘技場地下。中央指令所に詰めるラッキービーストが、パーク周遊ラッキービーストに指令を下す。


 戦いの時が来てしまった。




「おっと、ここでニュースです。非常事態ロウ。戦闘形態フレンズの皆さんは地下迎撃門そばで待機して下さい。一般フレンズさんは地上にてジャパリぱんの守護をお願いします。繰り返します。非常事態ロウ・・・」


 このエリアのボスに耳打ちされたパラサウロロフスが謎の文言を発する。


 その声は試合進行と同じように、会場全体に響いた。無論、2人の耳にも。


「えっ?」


「ど、どうしたんだろう・・・」


「サーバル。かばん。残念だけど、時間のようだね」


 戸惑う2人に、プシッタコサウルスが立ち上がるよう促す。


「出口は分かるね?きっとボスが案内してくれるはずだから、それに付いて行けば良い。会えて良かったよ」


「え?なんで?なんだか分からないけど、私達も手伝うよ!」


「う、うん。ぼくらもきっと何かの役に」


 2人の言葉を聞いて。プシッタコサウルスは、優しく微笑みながら、言った。


「あなた達には、戻る場所がある。居るべき場所は、ここじゃないはずよ。・・・・ここは大丈夫。ここは私達が守る。ここが、私達の縄張りだからね」


 そしてボスは動き出した。2人を守るべく。



「ねえ!ねえっ!本当に助けなくて良いの?」


 ボスの先導に、かばんと二人して付いて行きながら、それでもサーバルは自問自答せずにはいられなかった。


 目の前に困っているフレンズが居るというのに。何もせず逃げ出すなど、友達のやる事ではない。サーバルは本能的に理解していた。


「かばん。もうすぐだよ」


 それでもボスの歩みに惑いはない。いつも通りかばんを優先し、かばんを導く。それが使命であるかのように。


 かばんは黙ってボスに従っていた。サーバルの友愛は、いつも通り愛おしいものであったが。


 それでもプシッタコサウルスの言を違える事は出来なかった。


 彼女らに混じって何かをする力が、今の自分には無い。これまた、かばんは本能的に感じていた。


 彼女らが何をしようとしているのか。恐らく戦う。セルリアンと。しかも、かなりの大規模で。


 かばんには戦術指揮の経験が無い。狩りごっこ、それもお互いがルールを守る前提の、危険の少ない遊戯しか知らない。それさえライオンとヘラジカの器量あっての決着。


 かばんは自分の頭が単なる帽子置きだとは思っていない。しかし、なんでも出来るとも思えない。


 あのティラノサウルスなどの強者をもってして警戒せねばならない事態。とてもではないが、手に余る。


 それに。


 かばんが残ったら、サーバルも残る。そうなればサーバルは我が身を顧みず、他のフレンズらを助けに走るだろう。


 ここはプシッタコサウルスらに任せる。自分達は、せめて足手まといにならないように逃げる。


 二人は門番をしていたスーパーサウルスやトロオドンと挨拶を交わし、バスに乗り込んだ。


「まったねー!」


「元気で」


 明るく送ってくれる2人に、サーバルとかばんは複雑な表情で返した。


「う、うん」


「頑張って下さい!」


 それでも、かばんは応援した。それしか出来なかった。


「大丈夫」


 静かにそう言ってくれたスーパーサウルスは頼もしかった。


「また遊びに来なよ!」


 トロオドンは、どこまでも楽しかった。


 だから最後には、サーバルもかばんも、笑顔を作れた。




 闘技場地下。地獄に通じるとも噂される洞穴の前で、強豪フレンズ達が和気あいあいとお喋りに興じていた。


「お待たせ」


 その中で最前線に立ちはだかるティラノサウルスのそばに、ティタノサウルスが追いついた。


「休んでなくて良いのか?ちっとばかしサンドスターを補給してからの方が」


「それを言うなら、あなたも」


「なるほど。違いない」


 先の試合で激突した両雄だが、今は同じ戦場に立つ戦友。


 洞穴の中から具現化しようとするサンドスター・ロウを前に、幾多の友が闘気を高めている。


 トーナメント参加者だけではない。朋友、アロサウルスが。かつて辛酸を嘗めさせられたケントロサウルスが、前衛に。


 小さな敵はプテロダウストロ達飛行部隊が追跡するし、ディノニクス達の後詰めも機能する。更に前衛が消耗した時の交代要員として、アルゼンティノサウルスなどの強者も控えている。隙の無い布陣であった。



「あいつらは。もう行ったかな」


「あいつら?」


 目の前に現れつつある巨大セルリアンを前にしながら、2人は余裕で待っていた。デカいと言っても、たかが体高10メートルほど。


 彼女達の基準では、むしろ小型。


「気付かなかったか?知らない匂いが混じってた」


「分からなかったな・・・」


 別の場所ではマジュンガサウルスが無双の活躍をし、シュノサウルスとガストニアが両脇を固めていた。


「プシッタコサウルスが逃しただろうが、ひと目見て分かったぜ。あいつだ、ってな」


「そう、なの?」


「ああ」


 エオラプトルが皆を激励し、スピノサウルスがそれに応えんと鎧袖一触の働きを見せる。


「だったらなおの事、守らなきゃね」


「ああ」


 ティラノサウルスの5倍以上の高さ、ティタノサウルスの10倍以上の重さに到達しただろう巨大セルリアンが、ついに実体化した。洞穴からの灼熱の塊が、形を持った。


 そして2体のフレンズが、本気になる。




「行け、後輩」




 かばんとサーバルは、振り返らなかった。


 背後から巻き起こる噴煙も、わけも分からぬまま止めどなく流れる涙も、全て振り切ってジャパリバスは走る。


 ラッキービーストは知っている。


 まだ早いのだと。


 彼女らが表舞台に登場するには、時が足りないのだと。



 ヒトより早く地上を制した歴史上最強最大の生物。


 恐竜。


 ジャパリパークを完全復活させるその時まで、待って欲しい。


 今またお客様がいらしてくれたように、きっとその日は来るから。


 またパークガイドがこの島に戻ってくれるから。



 だから今、バスは走る。


 フレンズとヒトが共にある今を乗せて。明日のジャパリパークのために。

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でぃのフレンズ~幻のパンゲア~ にわとり・イエーガー @niwatorij

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