ある日、へいげんの昼下がり

ばるじMark.6 ふるぱけ

ある日、へいげんの昼下がり


 ***


「おりゃっ、いけぇっ!」


 ライオンが勢いよく蹴ったボールがタイヤの間を飛んでいく。シロサイがゴールを守っていたが、手も足も出ない高さで越えていくボールをどうにかできるわけもなく、ただ見送るしかできなかった。


「よっし、一点ゲットだねぇ!」

「くっ、守れませんでしたわ……ほんと、ちょっ、あの高さは無理ですの」


 うなだれるシロサイの肩を、慰めるようにヘラジカが叩く。


「なに、たかだか一点取られただけだ。まだまだこれからではないか」

「いいねぇいいねぇ! そんじゃまぁ、盛り上がってこー!」

「次はこうはいかないぞライオン! この失点、必ず奪回してみせよう!」

「ふふーん、このまま逃げ切っちゃうよ〜」


 ヘラジカとライオンの間に火花が散る。それに感化されたフレンズたちも釣られて熱くなっていく。


「あ、あの〜」


 ヒートアップしていく空気の中に、試合中審判を務めていたヤマアラシが割って入ってきた。


「そろそろいい時間ではないでしょうか? 一度休憩をはさんで、それから再開しませんか? です〜」


 言われて全員が空を見上げた。球蹴りを始めた時は低い位置にあった太陽が、だいぶ高いところへ移動していることに気づき、顔を見合わせる。


「そうか、もう昼なのだな」

「続きはご飯のあとにしましょう、です」


 ヤマアラシの提案に、ヘラジカは頷く。


「うむ、そうだな」

「そだねー」とライオンも同意した。

「もうそんな時間か」

「お腹すいたでござる〜」


 皆が口々に言い合っていると、草陰からラッキービーストたちが飛び出してきた。ジャパリまんを山積みにしたカゴを頭に乗せている。どうやら彼女たちが試合を中断するのを待っていたようだ。

 各々好みのジャパリまんを手にして散っていく。それを見届けてから、ヘラジカもひとつ手に取った。


「ありがとう。いただいていくよ」


 しかし、いつもどおり返事は返ってこない。突然語りかけてきたあの日以来、再び物言わなくなったラッキービーストに少し寂しさを感じずにはいられなかった。


   ***


 少し遠くの木陰まで歩き、腰を下ろす。自然の匂いを含んだ涼しい風が髪をなでながら通り抜けていく。誘われるように空を見上げると、青空を流れていく雲が目に入ってきた。じっと眺めていると、それがだんだんと見覚えのある形に変わっていくような錯覚におちいる。思い当たる節をたぐり寄せていくうちに、ぼんやりと浮かんでいるその姿がなんなのかをはっきりと思い出した。


「かばんたちは元気にしているだろうか」

「あの子たちならー、きっと大丈夫だって〜」


 木の裏側からのそのそと先客が出てくる。

 声で誰だかがわかった。確認するでもなく、空を見続けたままつぶやいた。


「ライオンか。驚いたぞ」

「まったまた。知ってたくせにぃ」


 軽い調子で返してくる。それに対して何か反応するでもなく、ジャパリまんをひとかじりする。

 そんなヘラジカの横にライオンが陣取り、じっと見つめてくる。この後に何を言い出すかなんて、すでにわかりきっている。


「ひと口ちょうだいよ」

「食べたんだろう?」

「いやねぇ、足りなくってさぁ。頼むよ、このとーりっ」


 手のひらを合わせて拝まれる。仕方なくかじってない方を少しちぎってライオンへと差し向けた。


「ほら」

「わーい」


 待っていたとばかりに、指ごとかけらを口に含む。


「……うーん、やっぱり草の味」

「口に合わないのなら素直にもう一つもらってくればよかろう」

「え〜。だって、一度寝転んじゃうとさ、めんどいじゃん? また起きるのさぁ」

「まったく、だらしないな……」

「そういうふうにできちゃってるんだから、しょーがない、しょーがない。はぁぁ、食べるもん食べたしお昼寝しますか〜。膝借りるねー」

「ダメだと言っても使うんだろう?」


 やれやれとばかりに溜息をつきつつ、持っているジャパリまんが当たらないよう頭上に上げる。なんだかんだ結局自分も甘いなと思わずにはいられない。

 承諾を得たライオンが、ヘラジカの膝に寝転がってきた。


「うーっ! あぁ、あったかいなぁ。やっぱ寝心地最高だねぇ、うん」


 顔を埋めてぐりぐりするライオンにカスが落ちないよう気をつけながら、一口サイズになったジャパリまんを口へと放り、あまり噛まずに飲み込んだ。


「……あの子たち、仲間は見つけられたかな」


 声がして視線を下げると、寝転がったまま空を眺めるライオンと目が合った。ふわふわに広がる金色の髪を、木の葉が落とす光と影のまだら模様が泳いでいる。時たま頭から漏れて顔に落ちた光が目に入って、そのたびに眩しげにまぶたを細めていた。


「ついさっき、あの子たちは大丈夫だって言ったのはライオンじゃないか」

「……あっはははぁ、いやぁ、うん、そうだったねぇ。たぶんあれだね、今日はあったかいし、きっと今頃は今のわたしたちみたいにどっかでごろごろしてるに違いないね」


 なんだかんだ言ってライオンも彼女たちが心配なのだろう。そう思うと、ヘラジカの心のなかになにか温いものが湧き上がってくる。


「……ふぁ、眠い。今日もいい昼寝日和だね。寝なきゃそんそんだよ。んじゃおやすみ〜」

「おやすみ」


 体を丸めてヘラジカの顔に顔を埋めると、またたきの間に寝息をあげていた。こうなってしまったライオンはしばらく起きないことを知っている。

 ふぅ、とひと息ついてヘラジカも目を閉じた。

 視覚に代わってほかの神経に集中があつまる。聴覚や嗅覚、触覚をふわりと刺激しながら、そよ風が体を通って抜けていく。

 そのなかに、ふと、送り出したかばんたちの声が聞こえた気がした。

 いつも笑顔で支え合って、たまにケンカとかもしながら旅を続けているのだろう。

 遠くから届いてくる彼女たちの賑やかしい声に、ヘラジカは思わず笑みをこぼしていた。


 ――やぁや、かばんたちよ、元気そうで何よりだ。私たちも元気でやっているぞ。


 と、吹き過ぎていく風に記してみる。はたしてこの便りはあの子たちに届くだろうか?……いや、きっと届くだろう。と、なんとなく思う。たとえ同じ陸にいないとしても、空は見知らぬ場所も包み込んで、いつまでもずっとそこに広がっているのだから。

 でもまあ、と思う。気が向いたらいつでも帰ってくるがいい。みんなかばんたちを待っているからな。と、遅れてやってきた風に追記を乗せておいた。


 ***


 日もだいぶ傾き、風の中に柔らかな涼しさがこもり始める時間。

 フレンズ達が一本の木の下に集まっていた。

 視線の先にはなかよく眠るヘラジカとライオンの姿があった。少し前まではいがみ合っていた二人(正確にはヘラジカが一方的にライバル視していたのだが)が、お互いに身を任せて無防備に眠っているのだから、思わず頬を緩んでしまうのも仕方のないことだった。

 すやすやと眠る二人を起こすのは少し忍びなかったが、夕食の時間が近いのもあり、このままにしておくわけにはいかない。

 ヘラジカの肩をオオアルマジロが、ライオンの肩をオーロックスが揺らして、二人の目覚めの手助けをした。

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