はたけもの

宇佐つき

はたけもの

「ジャパリまんって、元は木に生っているんじゃないのか? リカオン」

「そんなわけないですよほら見えてきたですよ。あそこが例の畑、だとか」


 ストン。ストン。鉄錆びた門を軽々飛び越え、二匹のアニマルガールは見慣れぬ広場に降り立った。

 一面に広がる茶色と緑のまだら模様。不自然に、だが丁寧に掘り返された土の上、植物が規則的に生え揃っている。畑と呼ばれるそれを背景に、もう二匹。


「キンシコウ、どうだ?」

「一足先に説明を聞きましたよ。なんでも畑泥棒が……」

「よく来たわね刑事さん!」


 馴染みのハンター仲間の顔を、依頼者は首に巻いたマフラーで遮った。


「けーじ? 私の名前はヒグマだ。この頭悪そうなのが?」

「アミメキリン! 名探偵よ! こっちは助手の」


 少女達の合間を、するりとボスが通り抜ける。小柄な体躯に獲れたての野菜を載せ、奥の小屋へと吸い込まれていく。何食わぬ顔で。「あそこで加工して、ジャパリまんにしているんですって」とキンシコウがフォローを入れた通り、真ん丸としたソレらを載せたボスが帰ってくる。呆気にとられた間に。

 役者は揃うも締まらない。アミメキリンは仕切り直そうとする。


「コホン、気を取り直して……見て! ジャパリまんの数が、いつもより減ってるでしょう! これは事件です!」


 いつもの数を知らぬヒグマには、「そうなのか?」と生返事以外出来なかった。


「そうですよ。ジャパリまんの供給が途絶えたら……パークの危機、ですよね」

「キンシコウさんの言う通り! しかも大変なことに、私の推理では……犯人はセルリアンなのですから!」


 その根拠に自分達以外の足跡が周囲に残っていないこと、ボス達が対応できていないことなどを力説する自称名探偵。キンシコウも噂の飛行型じゃないだろうかと依頼者を立てる。

 しかしヒグマからすると、あまりにも馬鹿馬鹿しく、滑稽な話だった。


「そんなことでセルリアンハンターを呼んだのか? あのなぁ、私達も忙しいんだ。セルリアンがお前達じゃなくジャパリまんを食べてくれるなら、ハンターなんてやらなくて済むんだ」

「ヒグマさん、ハンター向けのジャパリまんにはサンドスターも含まれてるって博士が」

「ちょっぴり、だろ! 身代わりにも使えな」

「ヒグマさん」


 優しい仲間の鋭い眼差しに、被害者の怯えた視線に、ヒグマはハッとする。参ったなと頭を掻く。


「ヒグマさーん、畑に妙な臭いが残ってますー犯人ですかねー」

「鳥系か?」

「そんなような、クンクン、でもなんだか黴臭い気も……どこかで嗅いだことあるような……」


 ヒグマ達の立ち話をよそに単独仕事していたリカオンが、手土産を持ってくる。それは畑から不自然にはみ出た芋。ボスが収穫したのとは別の、泥棒の取りこぼしらしかった。

 すかさずヒグマは臭いの元の追跡を命じる。可能かどうか、訊きもせず。


「オーダーキツイですよやりますけど」

「おお、警察犬ねすごーい! ギロギロにも出てきた!」

「お前は付いてこなくていいんだぞ」

「ってヒグマさんは心配してるけど大丈夫ですよ、いざという時は私達が守りますから。困っているフレンズを助けるのがハンターの務め、ですよ」


 必死にふらふら嗅ぎ回るリカオン、顔を赤くしてそっぽ向くヒグマ、先走りそうなアミメキリン。てんでバラバラな三匹はキンシコウに制御され、次の現場へと導かれた。



 徐々に視界を覆い尽くす緑は、赤く染まっていく。日暮れは近い。すなわち、夜行性の動物達で騒がしくなる頃合いだ。なのに、辺りは静か。

 まるでセルリアンが出たかのように――怪しい影。


「この先、図書館ですよね? あの影、そっち向かってます多分」

「本泥棒なんて大事件! 急いで!」


 ハンターより先に探偵が命令する。アミメキリンは愛読書『ホラー探偵ギロギロ』が無事か気がかりで、頭が沸騰しそうだった。


「ったく、泥棒かどうかもまだわからないのに……」

「私達も行きましょう。図書館なら博士達がいるから大丈夫、だと思いますが」


 赤い日差しが、黒々と沈みゆく。

 前方の影も追跡者に気が付いたか、コースを外れ闇に溶け込もうとする。そこで二手に分かれてキンシコウは図書館で待ち伏せ、残りは爆走するアミメキリンの脇を固める形で影へ向かった。


「そこまでよ泥棒猫! おとなしくお縄につきなさい!」


 迷探偵はついに追い詰める。漫画の朗読を真似て声高らかに、宣言した。

 ――犯人は、翼を広げその正体を晒す。


「失礼な。我々は猫じゃないのです、泥棒ですが」

「我々はエライので捕まりませんよ、泥棒ですが」


 そこにいたのはアフリカオオコノハズクの博士とワシミミズクの助手、図書館の主だった。その小さな両手にはめいいっぱいの野菜を抱え。臭いの一致を確認するまでもなく、答えは一目瞭然。


「ああ本の臭いか混じってたの。成程通りで……セルリアンじゃなくて良かったですね」

「良くない!」

「えっやるですか? 博士達じゃないですか」


 気後れするリカオンを尻目に、ヒグマは武器の熊手を構える。足元にサンドスターの光が満ちた。


「相手が何であれ、ジャパリまんなら、取り返せるモノなら取り返す。だろ!」


 跳ねる。少女の姿をした巨獣が跳ねる。振るう。野生のハンターの力を。震える。空の長たる梟には届かない、その証に。

 地に足の着いた武者を、無慈悲な女王は高みから見下ろす。


「ジャパリまんじゃなくて原料なのですよ。ねぇ助手」

「これを使ってジャパリまんより美味しい物を作るのです。ジャパリパークの発展と我々のグルメの為に。譲れない理由があるのですよ。ねぇ博士」

「今日のジャパリまんの方が大事じゃないか? キリン、お前もそう思うなら、野生の長い首で届けさせろ!」

「えっ? ええーっ!?」


 突如アミメキリンは背中からヒグマに乗っかられ、首根っこ掴られる。わけもわからぬまま倒れないよう踏ん張れば――本当に首が伸び始めた。ろくろ首がごとく。


「よし、行ける!」

「ヒィ! 何なのですかその野生解放!」

「もうすぐ……いやもういい止まれって、止まうわっ」

「こっち来るなです! やっ、助手、後は任せぎょっ」


 ヒグマが迫ってくる以上にアミメキリンの異形さに恐怖し、博士は本能のままに身体を細くするも、あえなく追突事故。哀れな二匹のけもの達は放物線を描き、ドスン、と強烈な音が地面に木霊した。


「博士の分はキャッチしたのですよ。ここは一旦退くのです。我々は賢いので」

「われわれ、かしこ……」

「く、待て!」


 気絶した博士を退かせて空を見上げるが、もうヒグマの手の届くところに助手の姿はなかった。夜の闇に覆われて、図書館すら見えなくなる。


「どうしましょう……追跡、オーダーですか?」


 か細い声でリカオンが訊いた。やはり力を使い果たしてアミメキリンを一瞥し、ヒグマは力なく首を横に振る。


「その必要はありませんよ」


 と同時に、闇の中から金色の光が差した。


「キンシコウか……えーっと」

「わかってますよ。図書館にも畑と同じ物があったので。まぁ博士達は何か考えあって必要だったのでしょう。その代わりですが、いらなそうなものを貰ってきました」

「それってまさか」

「はい」


 キンシコウは持てるだけのジャパリまんを広げてみせ、ニッコリと微笑む。


「これでアミメキリンさんの不足の分と今回働いてお腹すいた分、引いてもお釣りが来ますねやったですよ!」

「ん……ああ、やったな!」


 平和に一件落着したものだから、ヒグマも久々に、心から笑えた気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

はたけもの 宇佐つき @usajou

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ