Wedding Gift
青い空に白いベイブリッジを挟み、青い海が広がる。
赤いレンガ造りの古い建物のテラスから臨む風景は、みなとみらいを一望出来る。
ステンドグラスの施された柱の間に吊り下がる二つの幸せの鐘、祭壇、敷かれた長い赤い絨毯の両脇に一列ずつ並ぶ参列者用の白い椅子、それらがテラスを教会風に仕立て上げる。
外国人牧師を前にした、白いタキシード姿の新郎と白いウェディングドレスの新婦は、誓いの言葉を交わし、指輪を嵌める。
無事に式が終了すると、夕方からは同じ建物内にあるライヴ・レストランで、両家の親族たちに友人や仕事関係者を招待したブライダル・ステージとなる。
ステージと客席の間に作られた新郎新婦向けのテーブルに、鮮やかな青色のスーツを着た奏汰と、白いウェディングドレスにオレンジの花をあしらった蓮華が着くと、三人だけのワイルド・キャッツのサプライズ演奏が始まった。
翔のギター、雅人のドラム、琳都のジャズオルガンが、とぼけて誕生日の歌を演奏し、笑いが起こると、メンデルスゾーンの『結婚行進曲』を賑やかなアレンジで披露し、会場をさらに沸かせた。
奏汰も加わり、ジャズのスタンダード・ナンバーが、コテコテのジャズではない、ジャズ風味の16Beatやロックのアレンジで続く。
その後、ステージは奏汰と翔のデュオがメインとなる。
ステージの照明もタイミング良く変わり、通常のライヴそのものであった。
後半のステージには、ゆかりがヴィオラで賛助出演として二人に加わる予定だった。それまでは歓談の場であった。
「ああいうライヴって初めて観たわ。ジャズは良く知らないのに、なんだかすごい熱量が伝わって来たわ」
ビュッフェではBGMがかかり、蓮華の友人・涼子が、明日香とマークと並び、上気した笑顔で話す。
「奏汰くん、ニューヨークから帰ってからも、ますます演奏が垢抜けたね!」
明日香も涼子に続いた。
「ありがとうございます!」
蓮華と挨拶をして回る奏汰が、会釈をする。
「向こうにいる時には、お二人で時々ライヴにも来てもらっちゃって」
「そうだったの。明日香ちゃんもマークも、出発前からいろいろありがとうね!」
須藤と美砂、百合子の姿を見つける。
「百合ちゃん、ウィーンからわざわざありがとうな!」
「別に、あんたをお祝いするために来たんじゃないんだからねっ。美砂ちゃんの結婚式に行かれなかったから、顔見るついでに、こっちにも寄ってあげただけよ」
奏汰が目を丸くしていると、蓮華が笑った。
「忙しいのにホントにありがとうね! 向こうでずっと頑張ってて偉いわ!」
少しだけ、百合子の目が潤むと、俯いた。
「蓮華さんには、いろいろ相談とかに乗ってもらって……。親よりも、私の話聞いてくれて……あの……」
「いいの、いいの、それ以上言わなくて」
蓮華が笑い飛ばすと、百合子が涙ぐみ、すすり泣き始めた。
「淋しくなったら日本に帰ってきて、いつでもお店に来てくれていいのよ」
百合子の背を、蓮華が子供をあやすようにやさしくたたいた。
「あの子、誰?」
親族の席にいた潤がいつの間にか、奏汰の後ろに来ていた。
「百合ちゃんのこと? 俺の一コ上で、ウィーンに留学しててピアノやってる」
「……かわいい。泣いてるとこ見てたらキュンて来た」
「はっ?」
「ウィーンでピアノ勉強してるなんて、お嬢様か?」
「いや、兄貴、それ以上あの子に興味持たなくていいから」
ミュージシャン仲間や仕事関係者、ゆかりと孝司とも言葉を交わし、蓮華が菜緒と話す間、奏汰は翔と雅人、琳都とじゃれ合っていた。
親族とも改めて顔を合わせ、奏汰のステージを観ることのなかった両親も、多少彼のやってきたことを認めるような言葉をかけた。蓮華の父母は会釈のみであったが、挨拶の時よりは穏やかな表情である。
祖父と祖母がにこやかに、親し気に長々と話しかけてくると、奏汰には例えようもない嬉しさがこみ上げて来た。
最後に『J moon』従業員のいる場所に向かう。
その一角には、カクテルを作るブースが儲けられている。
一番の先輩従業員であるハヤトは独立に向け、優の手伝いもあり準備中だった。
次に先輩にあたるタケルは、主にギタリストとしてアルバム制作に参加したり、ライヴに出たりしていたので、アルバイトで入ることは減っていたが、奏汰とは一番親しかった。
他従業員や高校生アルバイトとも顔を合わせ、蓮華の同級生で親友である、店の経営を手伝う新香と京香にも、改めて礼を言った。
「お店の方は、私たちが今まで通り手伝うから、奏汰くんは安心してお仕事に励みなよ!」
姉御肌で冷静に物事を見てきた新香が、激励するよう奏汰の背を豪快に叩き、主婦の京香は奏汰もよく知る癒しの笑顔で見守っている。
優が昔作ったオリジナル・カクテル、友人の結婚で創作したカクテル「ウェディング・ギフト」が振る舞われる。
欧米では花嫁はウェディングドレスにオレンジの花を飾り、カクテル「オレンジブロッサム」を飲む古くからの習わしがある。
優の「ウェディング・ギフト」は、ジンと、オレンジのブランデーであるグラン・マルニエと、オレンジジュースを加え、オレンジ・スライスもシェイカーの中に入れて振るい、仕上げにオレンジの果皮のオイルを飛ばし付けるピールという方法で、オレンジの芳香をふんだんにまとったカクテルであった。
辺りは、オレンジの香りに包まれている。
直接、優から受け取った蓮華と奏汰は、その豊かな香りと味に感動していた。
「これを、本当の意味で、優ちゃんからもらえるなんてね」
店では、六月のカクテルのメニューに入れ、他の月であっても注文が入れば作る。
銀座で行われたカクテル・コンクールで、即興で作った優のカクテルが金賞を受賞した。誕生の瞬間を見た蓮華にとっても、優にとっても感慨深いだろうと、その場にいた奏汰にも想像がつく。
空になったグラスを受け取った優が、バーテンダーから友人に戻り、笑いかけた。
「おめでとう! 蓮ちゃん、綺麗だよ」
「ありがとう……」
「やっと安心したよ。やっぱり、蓮ちゃんは奏汰くんとが一番合ってるよ」
蓮華の瞳が潤んでいく。
「優ちゃん、ホントにありがとう。言葉ではとても語り尽くせないくらいお世話になったわ。今まで、ありがとうね!」
感極まり抱きつくと、優は軽く背を抱えてから、遠慮がちに言った。
「あのぅ、蓮ちゃん、……ダンナさんがあちらで待ってるよ」
「いっ、いえっ! そんなっ! 気にしてませんからっ! どうぞごゆっくり!」
優と目が合い、焦った奏汰に、従業員たちが笑った。
空は深い紺色となり、ライトアップされた赤レンガ倉庫に見送られながら、スーツとワンピースに着替えていた二人は、ホテルに着いた。
「疲れたー!」
スイートルームの、通常より大きいサイズのベッドの上にゴロンと転がった。
仰向けに並んだ二人は、どちらからともなく手を重ね合わせ、顔を見合わせると、自然と笑みがこぼれていくのを抑えられない。
ふと起き上がり、バルコニーへ出て夜景を眺める蓮華に、奏汰が寄り添った。
「結婚……しちゃったね」
「……うん」
恥ずかしそうに呟いた蓮華の声に、奏汰も照れた声で返してから続けた。
「このまま新婚旅行に行かれたら良かったんだけど……」
奏汰のレコーディングと、学校のテストや生徒たちのライヴもあったため、数ヶ月先に繰り越された。
「それも、アジアで良かったの?」
「いいの。アジアが好きだから。ニューヨークへは、また今度ね。その時は、奏汰くんがライヴに出演する時よ」
蓮華の心の底からの笑顔を、奏汰は、これからは、ずっと一緒なのだと思うと、愛しさに感謝も加わった想いで見つめていた。
※「カクテル・バー『J moon』」最終話「Ending」より抜粋し、『カクテルあらかると』エピソードを加えました。
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