Ⅲ.(9)適当カクテル

 『ワイルド・キャッツ』は未だに自分たちの音楽を確立しないまま、ライヴハウスやイベントに出場していた。ネットで見付けたオーディションにも、まだ一度も通っていない。


 助っ人に琳都を呼び、ジャズオルガンが加わったことで急に音楽の路線を変え、模索中であることは仕方がないと、始めのうちは皆そう考えていたが、バンドリーダーでもあるドラムの雅人は、自分のせいだと思うようになっていった。


 これまでになく間違えるようになり、がっくりと落ち込むほどのスランプに陥っていた。

 自分が一番劣っていると言って練習量を増やすが、上達するというよりも煮詰まっていくばかりで、奏汰から見れば、それは痛々しく映った。


 淡々と鍵盤を弾く琳都にも、翔が、どこをどうとまでは言えずに「とにかく、もっと熱く!」と言い続けている。


 雅人がソファに突っ伏した。


「俺たち、この路線でいいのかな?」


 『ワイルド・キャッツ』は、自分たちの音楽を見失いかけていた。

 ジャズのノリがわからず、試行錯誤していた経験のある奏汰と、おそらくスランプを経験していたであろう翔は、メンバーのスランプには、これ以上、どう付き合けば良いか思い付かずにいた。


 煮詰まる日々が続く。

 シェアハウスでは、口数が減っていた。


「やっぱり、もっといろんな音楽を聴かないと! こんな時こそ、人の演奏を聴いた方がいいと思う!」


「ああ、そうだな!」


 奏汰に、珍しく翔がすんなりと賛同した。


 奏汰はベースの師匠である橘からのライヴ情報や、ネットで調べた中で、四人の興味のあるものを上げていく。

 四人が揃う時と、翔と奏汰の二人の時もあった。


「琳都は試験で、雅人は学校の課題が終わってないって言ってたけど、翔はいいのか?」

「ああ、レポートなんて、バイトにやらせたからな」

「バイト?」

「文学部のヤツで、自分の練習にもなるからって、時々そういうのがいるんだよ。そいつに千円払って書かせたから、後で写すだけだぜ」


 奏汰はあんぐりと口を開けて、悪びれもせずに言い放つ翔を見た。


「お前、要領いいな」

「あんなのにかける時間があったら、少しでも弾いていたいだろ?」


 顔を歪めて笑ってみせる翔を見て、奏汰は苦笑しながら頷いた。


 二人は、選んだライヴには必ず足を運んだ。

 演奏を聴いて感動する、或は、悔しく思うなど、二人で共感するうちに、翔の性格も、多少は丸くなってきたと、奏汰には感じられていた。


 近頃の翔には、菜緒以外の女の気配もない。

 女たちからの連絡が来る度に着信音が鳴っていたスマートフォンも、電源を切っていることが多い。


 彼ら二人の話は音楽が中心であり、たまに、菜緒の様子など奏汰が聞き出すと、彼女に対する翔の態度は少しずつ、良い方向へと変わっているようだった。




 四人が揃った夜、気分転換にと、奏汰がカクテルを作った。


 スピリッツは練習用に買っておいたジン、ウォッカ、ホワイトラムがある。


 それらを割る炭酸水、トニック・ウォーター、ジンジャーエール、コーラ、レモンそしてシュガーシロップを購入し、少ない材料でも出来るカクテルを三人に差し出した。


「美味いな、これ!」


 ジントニックを一口飲んだ雅人の表情が、明るくなった。

 琳都はウォッカ・トニックを飲む。


「レシピ通りじゃねぇもん作ってみろよ。音楽で言う『アドリブ』だな!」


 翔が、意地悪く笑ってみせた。

 奏汰も、にやっと笑い返すと、冷蔵庫を開ける。


「え~っと、ソースとマヨネーズは……」

「ちょっと待て。てめぇ、何作ろうとしてんだよ?」

「試作品。『ブラッディ・メアリー』がトマトジュースにウスターソースとかタバスコとか入れるから、それにならって」

「罰ゲームじゃねぇんだから! ちゃんと飲めるもん作れ!」

「あ、そう?」

「やっぱり信用出来ねぇ! 俺が自分で作る!」


 トボケる奏汰の隣で、翔がグラスに適当にアルコールと炭酸類を入れて作り、がぶっと飲んだ。


「……」


 顔をしかめ、しばらく黙っていた翔は、それを奏汰に突き出した。


「おい、これを改良して、飲めるようにしろ」

「は? お前が勝手に作ったんだろ?」

「うるせえな、お前、バーでバイトしてんだろーが」


 それほど嫌な顔もせず、奏汰は、翔から受け取ったグラスの飲み物を口に含む。


 そして、無言で立ち上がると、コンビニでコアントローの小振りな瓶と、手に入る材料を買って来た。


 味を見ながら、コアントローと少量のシュガーシロップを足し、絞ったレモンをそのまま入れてから、グラスを翔に返すと、翔は、うさん臭そうな顔で、少量だけ啜った。


「意外と美味い」そう言うと、一気に飲み干す。


「お、おい、大丈夫なのかよ?」


 雅人がおろおろするが、翔は、まだ信じられない不思議そうな顔で、氷の残ったグラスを見ていた。


「俺も、だんだん優さんに近付いてきたかな?」

「はあ? まだまだに決まってんだろ」


 わざと自慢気に言った奏汰に、翔が意地悪く笑った。

 雅人も笑い、黙っていた琳都も、くすっとだけ笑った。


 少しは皆の気分も変わっただろうか、と奏汰は思った。


 普段より、多少ハイテンションに見える翔も、彼なりに盛り上げようとしたんだろうと、奏汰には思えた。


 煮詰まっていたシェアハウスの空気も、少しずつ、新たな空気が流れ出し、撹拌かくはんされ始めていた。

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