Ⅲ.(8)新メンバー・オーディション
「翔は口も性格も悪いけど、それを超えるギターのセンスがあるよな! 音楽やってる時なら、お前の性格も、そんなに悪くないって錯覚出来るぜ!」
邪気のない笑顔の奏汰だった。
「それ、褒めてるのか? けなしてるのか?」
奏汰が、あっけらかんとズケズケ言っても、翔は、それほど嫌ではない様子で返す。
バンド『ワイルド・キャッツ』を結成した、シェアハウスに住む四人の男子は、音楽浸けの日々を送っていた。
『ワイルド・キャッツ』のレパートリーは、ほぼロック、ジャズ、フュージョンと、その系統のオリジナル曲だった。
奏汰と翔は練習に熱中し、アレンジの意見を出し合っていた。端から見ると口論しているようなこともあったが、ケンカにまで発展することはなかった。
練習を重ねるうちレパートリーも増えていき、一歳年上で大学四年の
「せっかくだから、一回、琳都が全面が出る曲をやってみたらどうかな? 琳都は昔からピアノとかジャズオルガンで遊んでたそうだから、その時気に入ってた曲とかを、皆でやってみないか? 翔も俺も、コードがわかれば、すぐ合わせられるんだし」
「そうだな、琳都、聴かせてみろよ」
「俺も、ジャズオルガンは聴いたことないから、聴いてみたい!」
奏汰に続き、翔も雅人が期待を込めた目で、琳都を見た。
『J moon』閉店後に四人は蓮華の許可を取り、ステージのスペースを借りる。
ジャズオルガン自体初めて目の前にする翔も雅人も、少し緊張した面持ちで、立ったまま見守る。
ジャズオルガンに座り、ドローバーを調整し、音色を作りながら、琳都が言った。
「『St. Louis Blues――セント・ルイス・ブルース』、原曲は、こんな感じ」
ミディアム・テンポの、グレン・ミラー・オーケストラの演奏で知られる「セント・ルイス・ブルース・マーチ」だった。
奏汰、雅人も、中学や高校の吹奏楽部が演奏していたり、どこかで聴いたことのある曲だった。
「これが、ジミー・スミス・バージョンだと、こうなる」
琳都が弾き出したのは、アップ・テンポで華やかなブルースだった。
三人とも目を見張った。
イントロもなく唐突にテーマが始まり、終始アグレッシブな演奏だった。
足鍵盤は、トゥ&ヒール奏法などと呼ばれる、つま先とかかとを使い分ける弾き方だ。
速いフレーズでは、つま先とかかとを交互に使うことが多い。テンポの遅い曲であっても、足でもなめらかなフレーズを弾くためには不可欠な奏法だった。
じっくりと琳都の演奏を見たことのなかった三人は、ただただ圧倒されていた。
「ジャズオルガンの超絶技巧って、こんなだったのか……!」
琳都の演奏が終わっても、前傾姿勢の翔が、無意識に言葉を漏らす。
「超かっけぇ! お前の左足、ベーシスト並みだな! 魔法か!?」
同じく前傾姿勢だった奏汰が、はしゃぎながらオルガンに駆け寄り、雅人は、未だ余韻から抜け出せず、口を利くどころではなかった。
琳都の弾いた『セント・ルイス・ブルース』は、完全耳コピーであった。
ジミー・スミスは、ジャズピアノからジャズオルガンに転向し、ハモンドオルガンを普及させた、黒人で、楽譜の読めない奏者で、マイケル・ジャクソンの『Bad』でも演奏している。
ジャズピアノでは、指のタッチがつける強弱が重要であるように、ジャズオルガンらしく演奏するには、強弱の右ペダルを常に細かく操作し、それが、全体のノリに大きく関わる。
奏汰も翔も、それを感じ取っていた。
琳都の演奏は、その意味では申し分なかった。
さっそく、三人も合わせてみるが、テンポの速さにドラムが追いつかなかった。雅人は、ここまでの速いフレーズは叩いたことがなく、最後までテンポを保つのが難しい。
強く、時には抜くように軽く、スネアを叩く雅人の側に、奏汰がついていた。
「今の感じ、良かったぜ!」
奏汰がそう言うと、雅人も微笑んだ。
その横では、相変わらず、淡々としている琳都の演奏に、「超絶技巧はOKとして、琳都は、もっとネチッこく弾け! ホント、もったいないな!」と、翔が注文をつけていた。
あるプロダクションから、メールが届いた。
シェアハウスでは、琳都のノートパソコンを皆でのぞき込んだ。
ミディアム・テンポのスタンダード・ジャズを一曲、ジミー・スミス版『セント・ルイス・ブルース』、翔が作曲したバラード計三曲のCD-Rを試しに送った結果だった。
メールの批評を読んだ雅人は、鋭い指摘に、「あああ、ごまかしたとこ全部バレてる~!」と頭を抱え込んだ。
最終的には、「今回は、見送らせていただきます」という返答だった。
その後も、演奏データを送ったところからは、レトロな路線にするには、まだ演奏が若いだとか、四人の演奏に統一感がないだとか酷評されたり、無難な断り文句のみであったりで、オーディションには落ち続けていた。
それらの批評に共通していた部分は、四人ともが、うすうす感じていたことで、最もな分、文句の言いようもない。
シェアハウスは、静まり返っていた。
「メンバー希望者の方は集まってきたよ。この際、正式なメンバーが決まるまではゲストでもいいかもな」
皆の顔を見回しながら、雅人が、ぎこちないなりに明るい声を出した。
「このままじゃラチが開かねえもんな。仕方ねえ、多少は気に入らないヤツでも我慢してやるよ」
翔が、ふっと笑って悪態を吐く。
雅人も奏汰も、ホッとしたように笑った。
雅人と翔の大学の部室では、同じ大学の参加希望者が集まっていた。
それぞれが、カラオケCDだったり、伴奏者を連れて来たりしている。
部室の奥には、机を並べて座る、雅人、翔、奏汰、琳都がいた。
オーディションの様子をおさめるカメラも奥に設置されている。
「はい、ありがとう。結果は後で知らせるから」
どの候補者にもにこやかに雅人が言い、ボーカル志望者全員のオーディションは無事に終わった。
「三人とも、音程が定まってなかったように思えたんだけど」
口火を切ったのは、奏汰だった。
「二番の子は、声も良いし、パンチがあって、悪くなかったんだけど、高音になると、首締められてるみたいに声が詰まるよな……。それが、どうしても気になる」
「だよな」と、翔もうなずく。雅人も残念そうに賛同した。
次は、サックス、クラリネットなど木管楽器を始め、ソロ楽器を持参してくる者たちだった。
二人目の演奏曲目に、雅人と奏汰は「おっ!」と、嬉しそうな顔になった。二人が高校の時に演奏した曲だったからだ。
懐かしそうにほころばせた二人の顔は、演奏を聴くうちに、光を失っていった。
演奏終了直後、ガツン! と、机の足を蹴った音が響いた。
演奏者は驚き、雅人と奏汰もびっくりして、翔を見た。
「ワリイな。足が長いもんで」
机を元の位置に直すでもない翔は、腕を組み、椅子の背にもたれかかったまま、機嫌の悪そうな上目遣いになっていた。
演奏者は、すごすごと部屋を出て行った。
その後の候補者たちの演奏を聴くうちに、翔がますます不機嫌になっていく。
それが態度に表れているため、怖くなったクラリネット奏者は、緊張してますます固くなり、ピッ! と奇妙な音を連発した。
「この下手クソ! リードミス多すぎだろ! しかも、チューニングから微妙に合ってなかったぞ! 基礎もちゃんとやれ!」
「ひいーっ!」
立ち上がり、今にも暴れそうな翔を、奏汰と雅人とで取り押さえる。
「後で連絡するから、とりあえず今は逃げて!」
雅人が早口で告げ、
「次!」
椅子にかけ直した翔が、ふてくされた顔で、机に肘を付く。
現れたのは、帽子を目深に被り、着ているものからブーツまでを、ウエスタンにまとめた男子だった。
スパイを連想させる、黒い専用の収納ケースには、銃や小道具の代わりに、十種類以上のハーモニカが並んでいた。
「おっ?」と翔も奏汰、雅人も見入る。
一年生にしては、貫禄の備わった奏者は、Key 毎に並んでいる中から、一つを取り出す。
ウエスタンにハーモニカ、いかにも、カントリー・ミュージック等アメリカ系音楽にハマッていそうだ。
こいつなら、やってくれるかも知れない!
『ワイルド・キャッツ』メンバーは、密かに期待の目で見守っていた。
マイナスワンCD(ソロの部分を抜いた演奏カラオケ)をかけ、青年はブルース・ハープを口に当てた。
その姿格好は、様になっていた。
一通り、演奏が終わる。
「おい」
冷めた目で、翔が口を開く。
「ブルース・ハープであれば、デタラメ吹いてもカッコいいとでも思ってんのか? せっかくのハープが宝の持ち腐れじゃねえか!」
翔が一喝すると、また奏汰と雅人が取り押さえ、ハーモニカ奏者は慌てて立ち去った。
「元の音楽をよく聴けよ!」
廊下にも、そんな翔の声が響いた。
すべてのオーディションが、終わった。
誰も、メンバーの目に留まる者はいなかった。
「せっかく、人集めたのにー」
「しょうがねえだろ? あんな下手なヤツらと組んでも、レベルが低くなるばっかだぜ!」
ぶうぶう言う雅人に、翔は「けっ!」と言った。
「確かに、他のバンドに入ってないだけあって、……っていうか、入れてもらえないだけあって……って感じだったな」
ずっと沈黙を保っていた琳都も、さすがに絶望的なコメントをせざるを得なかった。
「ああ。だよな……」奏汰も、しんみりと同調した。
「そうだ! 奏汰んとこの学校の生徒には、いないのかよ?」
雅人が手を打つ。
「ああ、あいつら、ちょっと腕良くても、時間にルーズだったり、すごい天然だったりで、多分、翔と合わない……いや、翔どころか、皆と合わないかも。人間的には大丈夫なヤツでも、センスが合わなかったりとか」
「まったく! 残ってるのは、意識の低い奴らってワケかよ」
翔は足を投げ出して座り、大きく溜め息を吐いた。
正式メンバーに相応しい奏者は、なかなか見付からず、完全なジャズでは雅人が付いて来れず、派手な曲では、琳都のクールさが歯止めをかけていたが、琳都の仕事が始まり、完全にメンバーから抜ける時までは、このまま四人で頑張るしかなかった。
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