Ⅲ.(7)My Romance

 待ちに待ったデートで、奏汰の腕に腕を絡ませる蓮華を、奏汰は嬉しそうに見下ろした。


 カフェでは、奏汰が、PAの講師として通う学校の話と、バンド『ワイルド・キャッツ』の話をしながら、レコーダーの演奏をイヤホンで蓮華に聴かせる。


 瞳を輝かせながら話す奏汰を、眩しそうに、蓮華は見ていた。


 ひとしきり話してから、奏汰が、小さい箱を、蓮華に差し出した。


「今まで、俺がプレゼントしたのって、カクテルのテストの時に、グラス一つだけで、プレゼントらしい物あげたことなかったよね? ごめん。皮肉にも、翔に『ヒモ』って言われて気付いたんだ」


 中身は、イヤリングだった。


「かわいい」


 蓮華が再び奏汰を見上げると、照れながら、奏汰が説明する。


「何か身に付けるものをあげたくて、いろいろ考えたんだ。指輪やブレスレットだと、仕事でカクテル作る時に邪魔になるから、蓮華いつもしてなかったよな? それに、蓮華に夢見てる客もいるだろうから、あんまり男の存在をアピールしない方がいいかとも思って。イヤリングなら無難だし、サイズも関係ないから」


「ありがとう」


 先に付けていた自分のイヤリングを外してから、蓮華は、もらったイヤリングに付け替える。


 奏汰は、あえて、仕事用ではなく、普段使い用のものを選んでいた。

 そこにも、『蓮華に夢を見ている客』への気遣いが、現れている。


「似合うよ」


「ありがとう。今日は、ずっと、これ付けてる」


 蓮華は、嬉しそうに笑った。




 日もすっかり落ちた頃、二人は手をつなぎ、店の前まで奏汰が送る。


 上り電車の最終時刻が近付く。

 彼がシェアハウスに引っ越す前に比べ、早い別れが二人を訪れた。


「……じゃあ、また」


 奏汰が、名残惜しそうに、蓮華の手を放した。


 彼を見上げる蓮華の頬を、ポロッと涙が伝っていった。

 それには、奏汰だけでなく、蓮華自身も驚いている。戸惑いながら、指で止めるように拭っていた。


「あたし、奏汰くんと離れるの、……イヤみたい」


 頬を染めた奏汰が、蓮華の顔をのぞきこむ。


「蓮華が、別々に帰ろうって言ったんだよ」


「だけど……。あたし、男の子の前で、泣いたことなんかないのに……」


 途切れることのない涙を、俯きながら、静かに拭い続ける蓮華の仕草を見ているうちに、抑え切れない想いがこみ上げてきた奏汰は、蓮華の肩をつかむと、唇を重ねていた。


 やさしく、強く。

 求め合い、応え合う。

 止めなく湧き出す愛おしさを、これ以上現せないくらいに。


 口笛と冷やかす声に我に返った。

 コンビニから出て来た若者達は、騒ぎながら去って行く。


 彼らの姿が完全に消えるのも待ち切れないほど、奏汰は、すぐにでも、蓮華との口づけを再開したかったが、見られたことで、幾分頭が冷静になった。


 コンビニも近い、このような路上では、やはり、人目が気になる。

 そんなところは、根っからのナイーブな日本人なんだなと思うと、苦笑してしまう。


 蓮華はママの時とは雰囲気が違い、一見したくらいでは本人とわからないが、店の近くでは軽率な行動だったと、奏汰は反省した。


「やっぱり、もうちょっと一緒にいようか?」


 恥ずかしそうにそう言う奏汰に応えるように、目の端を指で拭いながら、蓮華が手をつないだ。


「奏汰くんと一緒にいられて、嬉しい」


 きらきらと輝く蓮華の笑顔は、子供のように素直だった。


 営業中に見せる、美しい大人の笑顔とは相反している。

 どちらの笑顔も、奏汰は好きだった。


 だが、彼だけが知る、愛にあふれた素直な笑顔は、格別だった。

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