Ⅲ.(6)バンド結成!(仮)
翌日、翔を含めたライヴの打ち上げと反省を、シェアハウスで行うことにした奏汰たちは、缶ビールや
レコーダーで録音した他のバンドの曲も流しながら、反省会と称した飲み会が始まる。
奏汰のソロに、翔が割り込んだところだ。
「翔、お前も、軽いノリでやったのかも知れないけど、今後はもう、こういうことはするなよ、わかってるとは思うけど」
雅人がライヴ直後の時よりは穏やかだが、しっかりと釘を刺すよう、翔に言い聞かせた。
翔は返事代わりに雅人を見てから、奏汰の方を向いた。
「奏汰、はっきり言って、俺はお前が気に入らない」
「お、おい、翔、そうじゃないだろ」
後輩二人がびくびくと状況を見守る中、翔を止める雅人を、奏汰が更に止めた。
「俺も、翔と、ちゃんと話をしようと思ってた。わかったよ、そんなに俺や彼女のことが気に入らないなら、彼女の分も俺が引き受ける。二人分、俺を殴れ。その代わり、もう彼女に仕返しなんかするなよ」
「おい、奏汰まで、何言い出すんだよ!」
雅人が手にしていた缶ビールをテーブルに置き、睨み合う二人の間に挟まるようにして、いつでも止めに入る体勢になった。
改めて奏汰を睨みつけ、翔が吐き捨てるように言った。
「バカか、お前は! 殴ったりしたら、ギター弾けなくなるだろうが! それに、お前なんかを殴ったところで、俺の気は晴れねえ!」
奏汰が肩を竦めた。
「仕方ないなぁ。じゃあ、いったいどうしたらいいんだ?」
「お前、全然、許してもらおうって態度じゃねえな?」
「わからないから、聞いてるだけだよ」
口を
「翔、お前、奏汰の何が気に入らないんだ? プライベートで何があったかは聞かないでおくけど、奏汰のベースに不満があるのか? 友達だからって肩を持つわけじゃないけど、俺は、前のベースのヤツより、奏汰の演奏の方が好きだぜ」
その言葉に、翔の表情が少しだけ和らいだ。
「こいつにイラつく理由が、俺もやっとわかった。思ったよりやるな、って認めた時からだ。雅人のドラムとも息が合ってたし、技術も感性も、今まで出会ったヤツの中で、一番かも知れない。もしかしたら、俺以上の何かがあるのかも知れない。そう思ったら……」
「わかったよ、それ以上言わなくても、お前の気持ちは」
雅人が、穏やかに翔の肩を叩いた。
奏汰は意外な顔で、翔を見つめていた。
「奏汰、翔を許してやってくれないか? お前に、そのう……イジワルしたのも、お前の実力に、今までの自分の地位が脅かされる気がして、つい……だったんだよ。ただ、こいつ、ひねくれてるからさ、素直に、お前と共演したいって言えなかったんだ。好きな子を、ついイジメちゃうガキみたいなもんで。だから、許してやってくれ」
「おい、雅人、変なこと言うんじゃねぇよ!」
怒りながらも、翔の頬が、うっすらと赤くなった。
「それじゃ、彼女がワインぶっかけたのは、もう怒ってないのか?」
「はっ? ワインぶっかけ……?」
雅人が驚いて、奏汰と翔をキョロキョロ見る。
睨んでいた翔は、溜め息を吐いた。
「それには、もう仕返ししたし、ピシッと返されたし。あのねーちゃんに言われて、俺も、これからやらなきゃならない課題が見えて来た、音楽の方のな。恋愛の方は、……しばらく保留だが」
雅人と奏汰の顔は、晴れていった。
「だったら、翔も一緒に住もうぜ! 俺ももっと翔のギターと合わせてみたい。だから、菜緒さんさえ許してくれるなら、翔もここに来いよ!」
奏汰から思わぬ誘いを受け、翔は驚きを隠せないでいた。
「ただし、ここは女子禁制だからな。女連れ込むのはダメだぜ」
雅人が咳払いしながら、二人をからかうように見た。
数日後、翔がシェアハウスにやってきた。
それと同時に、後輩二人はバンドを抜ける、と言い出した。
二人は、今まで、翔の自己中心的な振る舞いにも我慢してきた。
奏汰とはうまくやっていけそうに思ったが、自分たちがオアシスだと思っていた練習場所に翔が住むのも、これ以上、翔とやっていくのにも耐えられなかったのだ。
雅人がなだめ、止めるのも空しく、二人は出て行った。
奏汰がそれを知ったのは、バーのアルバイトから、戻ってきてからであった。
愕然とした。
翔本人も、少なからずショックを受けているように、黙ったままだった。
「あの二人は先輩たちのいるバンドに行くって。うちの大学には、いくつもバンドがあって、今までイベントとかでメンバーが足りない時は助っ人し合うこともあったけど、……うちには、もう助けには来てくれないと思う。先輩たち同様に」
雅人が肩を落とす。
翔が、「けっ」と言った。
「どうせ、俺のせいだよ。俺が、うまく周りとやらないからだろ。だけどな、周りに気を遣ってばかりで、やりたい音楽が出来るか? 今の自分の腕に満足して磨きをかけない、向上心もねぇ奴らといても、腹立つばっかだったし」
「そうだったのか」
奏汰には、やっと、翔を、少し理解出来た気がした。
これまで、自分の参加してきたバンドは大人ばかりで、修行中の自分は、なんとか彼らに付いて行くために必死であったが、同年代の世界では、以前組んでいたバンドのように、音楽に対する温度差はあることを思い出した。
自分の腕に満足して磨きをかけない、向上心のない者に、翔が腹を立てていたと知ると、奏汰には共感出来、翔が志すものが高かったと思えたのだった。
こいつは、周りに理解されなくても、独りで努力して、あそこまでの実力を身に付けてきたんだ。
そう思うと、奏汰には、翔が純粋過ぎる音楽青年に映り、親近感を覚えた。
「といって、ドラムとギター、ベースだけじゃなぁ……。出来ないことはないけど、ああ、いよいよ、バンドが危機に……!」
雅人が頭を抱えた。
「俺が辞めれば、あいつらだけじゃなく、先輩たちも呼び戻せるだろ」
「ヤケになるなよ!」
翔と雅人が言い合っていると、奏汰が遮った。
「とりあえず一人、キーボード出来るヤツ知ってるよ」
「本当か!?」
「バンド組んだこととかないけど」
雅人の顔に、わずかに希望の光が差し込んだ。
「
「そうか! 水城さん、よろしくお願いします!」
「ああ、琳都でいいよ。敬語も使わなくていいし」
「ありがとうございます!」
雅人は、琳都に頭を下げた。
「水城って……まさか……?」
翔の目が、見開かれていく。
「姉がお世話になってます」
「なんだと!?」
琳都は蓮華の弟であり、父親とは仲が悪く、たまに琳都が家出をしては、蓮華の部屋に泊まり、店を手伝っていた。
琳都にとって劣悪な環境を懸念していた蓮華も、弟が父親から離れることは賛成だった。
改めて思い起こすと、彼女はブラコンなんだろうかと、奏汰は一瞬考えたが、自分を思ってくれるなら関係ないと、すぐに考えを改めた。
「バンド手伝うついでにシェアハウスにも移っちゃえばいいかって、ママも強く勧めてて……」
口数の少ない琳都の代わりに、奏汰が説明していた。
翔は、奏汰と琳都を見比べる。
「あのねーちゃんと、時々同居だと……?」
翔はぶつぶつ言いながら、顔を歪めた。
「方やヒモでマザコン、方やシスコン……あの女の身内ばっかかよ!」
そのように、翔が悪態を吐いても、奏汰も琳都も無反応であったので、雅人はホッとしていた。
奏汰は、あえて、ヒモと呼ばれることで、蓮華に甘え過ぎてはいけないと自分を戒められるから、構わないと思い始めていた。
琳都には、こっそり、蓮華のことは自分の片想いだ、と取り繕ったが、琳都から「わかってるから大丈夫。僕には気を遣わなくていい」と冷静に返され、非常に驚いた。
一気に四人暮らしとなった同居生活は、彼らが予想したよりも淡々と過ぎて行く。
家を出る時間も帰宅時間も違っていたため、食事もバラバラに摂り、それぞれの部屋で、勝手に練習をしてから寝るという生活だった。それがかえって気楽で、快適であるようだった。
全員そろっての練習の時、琳都は、時々発せられる翔の嫌味も、自分の父親よりもマシであり、筋は通っていると言って、気にしていないようだった。
琳都はジャズオルガンを持参するのは困難だったため、電子ピアノとジャズオルガンの音色限定のキーボードを持ち込んでいた。
「他のバンドにはない、レトロな雰囲気も出せていいかも知れない。ジャズオルガンは、ハードな音色もソフトな音色も作れるから、ジャズにもロックにも向いてるし、ギターとベースは、エレキも生も、どっちもイケると思うよ」
奏汰の思い付きを受けて、翔は少し考えた。
「だったら、俺、アコギ(アコースティックギター)使ってみるか」
「おっ! いいじゃないか! 俺もウッドベース使おうかなぁ!」
「お前、ウッドベース出来んの?」
翔が目を丸くして、奏汰を見た。
違う楽器ではあっても、エレキから入った者が、生楽器に取り組むのは難しいことは、充分知っていた。
「消音ウッドベースだけどな。まだ借り物で。今、修行中なんだ」
それまでの曲は、ギターとベースがアコースティックになっただけでも、ぐっと印象は大人びた。
翔の作ったバラードを即興で、アコースティック・バージョンにして演奏してみる。
これまでにない感覚を、四人は味わった。
演奏後、溜め息を吐き、すぐには、誰も発言出来ないでいた。誰もが自分たちの演奏に、うっとりしてしまった、とでも言うように、なんとも言えない感覚に襲われていた。
「ちらっと、メロ思い付いた」
翔が、レコーダーにギターを弾いて吹き込む。
楽譜には書けない、または、書くのが間に合わない場合はレコーダーに、それもない時は、スマートフォンに録音しておくのが手っ取り早い。
「後で、譜面に起こしておくよ」
珍しく、琳都が発言した。
「え、琳都、楽譜読めるだけじゃなくて書けるの?」
奏汰が尋ねると同時に、他の二人も琳都に注目した。
「うちの父親は、音楽やるのは反対してたから、自分の部屋でこっそり、CD耳コピーして、楽譜書いたりして遊んでた」
「遊びで? はあ~、すげえな!」
そう言ったのは奏汰だったが、三人とも、琳都の静かだが音楽に対する情熱を、垣間見た気になった。
そうして出来上がった翔の曲には、ベースソロはなかった。
「なんでだよ? 俺だって、もうちょっと弾きたい!」
「ベースのくせに、目立とうとするんじゃねえ!」
「そんな言い方ないだろ!」
奏汰と翔は、よく言い合いをしていたが、ケンカとは違い、音楽面の話の上であった。
試行錯誤の上、方向性が決まりつつあった。
バンドの名前も、新しく変えた。
そこでも、奏汰と翔が揉めたのだが。
『ワイルド・キャッツ』
発案者は、雅人だった。
山猫、短気な人、そのような意味合いだ。
粋がってる自分たちには、ぴったりだ、と。
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