Ⅲ.(4)仕返し1

 ライヴ本番。

 黒で統一された、少しずつデザインの違う衣装に、黒いハードなブーツ、髪もワックスで散らした五人が、ライヴハウスのステージで、楽器を準備する。


 狭いジャズスポットで演奏することの多かった奏汰には、普段と違う熱気に、思わず飲まれそうになった。


 前列に迫る、奇声を発する着飾った女子たちは、翔の名を呼んでいた。

 彼のファンが多いことは、聞いていた通りだ。


 この日は、アマチュアバンド、主に大学のサークルが集まるイベントであった。


 雅人のバンドも、二曲だけ演奏することが決まっている。

 ロック、ジャズなどのテイストの、翔の作った曲だ。


 アップテンポのロック調の曲で、奏汰がアドリブを弾いている時だった。

 まだ終わらないうちに、翔のエレキギターが重なる。


 ベースとの掛け合いで、『合いの手』だと思っていたのが、ますます主張していくので、とうとう奏汰が譲った。


 割り込まれた!

 奏汰は、そう感じていた。


「おい、翔、どういうつもりだよ!」


 演奏後、ライヴ会場の客席に座ると、雅人が問いただした。


「まだ奏汰のソロが終わってなかったのに、なんで割り込むような真似を……!」


 翔が、面倒そうな顔になる。


「もたもたやってっから、飽きたんだよ」


「飽きたって……まだ1コーラス目の途中だったじゃないか!」


 それには応えない翔の顔を、じっと見据えていた奏汰が切り出した。


「昨日のこと、まだ怒ってるのか?」


 ぴくっと、翔の眉が動いた。


「ライヴが全部終わってから話そうと思ってたけど、もし、昨日のことが引っかかってるんだったら、俺に直接言えよ。演奏中は、お客さんに音楽を聴いてもらうことだけを考えようぜ。私情は挟まずに」


 むっとした顔で、翔は返した。


「後から来たくせに、でけえツラすんなっ!」


 立ち上がった翔は、会場から出て行った。


     *


「早かったわね。途中で抜けてきたの? 一人? それとも、女と?」


 マンションに帰ると、菜緒が恨めしそうに迎え入れた。


 取り合うこともなく、さっさとリビングに腰を下ろす翔を、菜緒が目で追う。


「どうしたの? なんだか、イライラしてるみたい。ライヴ上手くいかなかったの?」


「ライヴは上手くいったに決まってんだろ。だけど、なんかスッキリしねぇ」


 菜緒はスピーカーを通して翔のレコーダーを再生し、彼らの曲を聴いていた。


「前よりも軽快感が増して、すごく良くなってるじゃない。バラードは色気があって、せつない感じが現れてて」


 分析する菜緒の表情は、真面目な様子から、曲を楽しむように変わっていった。


「何がこんなに違うのかしら? ドラムがパターンを変えたから?」


「ドラムだけじゃねえよ。ベースが大分変わった」


「ベースって、昨日会った奏汰くん?」


「あいつ、これまで組んだ奴らと、なんか違ってた。何が違うんだ……?」


 練習の時から感じていた謎だった。

 自分の曲も、奏汰の工夫で、高揚感が増したのだ。


「奏汰がベースの弾き方を変えたら、雅人もそれに合わせてドラムを変えた。それだけなのに……」


 ドラムはともかく、これまで特に意識していなかったベースが変わっただけで、あんなにも印象が変わるものなのか。

 盲点を突かれた思いだった。


「確かに、ドラムとベースの息がピッタリね。リズム隊がしっかりしてると、ボーカルも歌いやすいのよ。翔もキーボードの子たちも、ノリやすかったんじゃない?」


 菜緒の言うことに、翔は答えなかった。

 落ち着かない様子の翔は、玄関に向かう。


「また他の女のところに行くのね」


「それが、どうした?」


 イライラとした口調で答えると、翔はマンションを出て行った。


 どうにも腹の虫がおさまらなかった。


 奏汰のソロの出番を奪ってやった。

 だが、それでも、奏汰に勝ったような気にはなれなかった。といって、負けた気がしているわけではない。


 なのに、なぜ、自分は焦りを感じているのか?


「そうだ、あの女……!」


 そう思い付くと、彼の足は方向を変えた。




 『J moon』では、昨日のカジュアルな雰囲気とは違う、シックな出で立ちの蓮華がいた。


「よう!」

「あなた、昨日の?」

「覚えててくれたか。光栄だなぁ」

「当たり前でしょ? こんなに年下のくせに、あたしを怒らせた子なんて、滅多にいないんだから」


 話している二人を、カウンターの中から見ていた優が、翔に目を留める。

 と同時に、翔も優に気が付いた。


「あれー? 優さんじゃん。ほら、銀座と新宿のお店にいたでしょ? 俺、そこのライヴに出たことあるんだぜ」

「ああ、上原翔かみはら しょうくんだったね」

「覚えててくれたんだ?」

「知り合いだったの?」


 翔は、蓮華に説明した。この店に来る前に、優が働いていた店のライヴにも、彼が高校生の頃から出演していたのだと。


 カウンターに座った翔は、蓮華に語り出した。


 蓮華は、彼が、若年の割には、古い音楽に詳しいことや、クラシック・ギターも勉強したこと、ジャズの曲のギター部分を耳から聴いてコピーしていたこと、ジャズのノリを出すのに練習を重ねたことなどを知った。


 音楽に関しては、真面目に取り組んでいるようだった。

 そんな話をしている時の翔は、粗野な感じはなく、純粋な音楽青年であった。


「翔くんて、口の利き方も知らない小僧だと思っていたけど、一回り上の菜緒さんが、あなたと離れられないのがわかった気がするわ」


「でしょ? 俺って、ホントは夢見る王子様なんだぜ」


 蓮華が苦笑しながら、「何言ってんだか」と言う。


「蓮華さんも、第一印象と違うね。結構、いい女じゃん」


「あら、よくわかってるじゃないの」


 翔と蓮華は、楽しそうに笑っていた。


 翔の、蓮華を見る瞳には、明らかな好意が現れていた。

 蓮華も、にこやかな笑顔を絶やさなかった。


 そんな彼女が、カウンターの奥に一瞬引っ込んだ時、優が近づいた。


「上原くんのことだけど……」


「大丈夫よ、気は抜いてないから」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る