Ⅰ.(2)チャラくてダサい?

 動画を見ながら、蓮華がスマートフォンを操作すると、無線で専用スピーカーから曲が流れる。

 奏汰のバンドが演奏しているものだった。


 しばらく、蓮華は聴き入っているように、テーブルの上で指でリズムを取りながら時々ロックグラスを揺らし、傾ける。


 隣に腰掛ける奏汰のロックグラスは、ジンライムだった。

 優の作るカクテルが、居酒屋や安いチェーン店のバイトが作るものと違い、濃いせいだろうか? 一杯目で、もう気分が良くなっている気がする。


 ふと、バンド仲間でギターのハルトの言葉を思い出した。


「お前はまあまあイケメンの部類だから、ママと仲良くなっておけば、コネであちこち売り込んでくれるかもな!」


 嫌なことを思い出してしまったと、酔いが醒めた。

 モテなくはなかったし、イケメンだと言われることもあった。

 しかし、だからと言って、そのようなやり方は嫌だった。実力でプロになりたいと思っていた。


 年上の女性は、彼にとっては未知の世界だ。

 擦れていない若者が、年上女性に弄ばれた話や、女にのめり込み、堕落し、通っていた専門学校へ来なくなってしまったクラスメイトがいたことも思い出す。

 その後、音響の仕事をしていた時も、ミュージシャンの間のくっついたり離れたりはしょっちゅう目にしてきた。


 今は、優の作る、その濃くて美味いカクテルに酔わないよう用心する。


「ベースなかなかうまいじゃない。軽快で爽やかな感じ!」


 唐突に、蓮華が言った。


「ありがとうございます」


 奏汰は、真に受けていないような返事をした。


「でもねー、ジャズ弾いたことないでしょー?」


「はい……?」


「ジャズが出来るとロックももっと味のある演奏になるの。一層セクシーな演奏が出来て、奏汰くんもセクシーになれるよ」


「男の演奏に、セクシーなんて関係あるんですか?」


 奏汰は明らかな疑問を顔に表す。

 蓮華は、ころころ笑った。


「若いから、まだわからないかしら? セクシーな方がいいに決まってるじゃないの」


「それは、ママの個人的な好みじゃなくて?」


「あら、ホントにわかってないみたいねぇ。もしかして、奏汰くん、女の子と付き合ったことないとか?」


 意表をつかれた彼は、驚いて黙った。


「えっ、マジで経験ないとか?」


 ここは黙ってはおけなかった。


「そんなこと、ママに関係あるんですか? 俺が何人付き合おうと、どこまで深くかかわろうと、勝手でしょう?」


「怒った?」


「別に、怒ってなんかいません」


 まったく、いくつ上だか知らないけど、いつもからかってばっかりなんだから!

 奏汰は、ふてくされたように、ジンライムを一口飲んだ。


 蓮華が悪びれる様子もなく、グラスに唇をつけた。


 彼女の動作を目の端で追うと、目が離せなくなる。


 まただ。

 エロい……いや、色香という言葉の方がふさわしいのだろうと、思い直す。


 天使のような小悪魔のような微笑みを始め、このような動作も、大人の女性なら無意識に、否、意識的に出来てしまうのかも知れない。


 憎々し気に横目で見ていると、蓮華が口を開いた。


「楽器やってればね、大抵、女の子にモテるわよね。でも、それで寄って来た子たちって、本当のあなたを見て好きになったと思う? 『楽器をやっているあなたが好き』なんじゃないの? もっと言えば、。そこから入ると、長続きはしないわよね」


 天使の唇から発せられた毒の舌が、奏汰の痛いところを突いた。

 この人、全然天使なんかじゃない。


「……なんで、そんなことまで……?」


「年の功かしら。本人を見て、演奏聴いただけでわかるのよ、いろんなことが」


 うっすらと睨む奏汰を見ながら、恐れるでもない蓮華は、少し真面目な顔になった。


「さらに、こういうこともわかるわよ。あなたは、どこかムキになっているところがあるわ。演奏も、テクニックを使って、背伸びしているように聴こえる部分がある。人に認められたいのかしら? それとも、ストイックにならなければ音楽は出来ない、と思っているとか?」


 今度の彼は睨む余裕すらなくなり、青ざめ、何も言えなくなった。


「深入りして悪かったわ。だけどね、余裕のない演奏は、聴く人が聴けばわかってしまうわ。素直に自分を出せるようになれると、もっといいと思う」


 余計なお世話だと言い返す余力はなかった。

 自分の演奏では、まだまだ世間では通用しない現実を突きつけられた、そのダメージの方が大きかった。


「なんだか、無理してあがいているみたい。今はそれでもいいんだけど、そんなに焦らなくても、まだまだ若いんだから大丈夫だと思うわ。一回リセットしたつもりになってみれば? わからないことがあれば私に聞いて。私には甘えてくれていいのよ」


 なだめるように、蓮華は言った。

 それには、彼を引っかけてやろうだとか、からかっているとか、そのような素振りは感じられない。自分を心配してくれているように、彼には素直に受け取れた。


「でも、俺、誰の力も借りずに、自分の実力で、伸し上がってやりたいと思ってるんです。ママに取り入って、コネでプロになっても……」


「意外と真面目なのね。なんだかイメージと違うわね」


「そんなに俺、チャラく見えました?」


 奏汰が、自分の髪をつまんでみせる。


「これ、よく染めてると思われるんですが、地毛が茶色いだけなんです」


「あら、そうだったの? どうりできれいに染まってると思ったら……それは失礼。イケメンで茶髪でバンドやってるっていうと、大抵チャラく見えちゃうもんだから」


「なんか、俺、大人から見ると、イメージ悪いんですね……」


 ますます打ちのめされた奏汰は、力なく溜め息を吐いた。


「そこよ! あなたは外見の印象と中身が違うの。一見、カッコ良くてクールで、ひょうひょうとしているように見えても、中身は地道な正当派で古風なの。チャラいと思って寄って来た女子には、実はダサかったみたいに思えたわけよ」


「外見チャラくて、中身はダサい……」


 ぐさぐさと、奏汰の頭と心に、見えない釘が刺さる。


「それって、……いいとこなしじゃないですか」


「違うの!」


 はっきりと打ち消した蓮華を、びっくりして見た。


「その子たちが、わかってないだけなの。あなたは悪くないの! あなたをちゃんと理解してくれる人と付き合えばいいの。そして、あなたは、地道で正当派なところを見せればいいの。


 まずは、見た目をダサく……というか、シンプルにしてみて。ここのライヴでは、TシャツとジーンズでもOKよ。音楽に入れ込んでます、服装よりも演奏で勝負します、ってね。そうして、だんだん自分の音やカラーが音楽にも現れて来たら、それに合う衣装を考えていけばいいわ。


 『Tシャツ、ジーンズで目立たなくても、いい演奏してるし、よく見たらカッコいいじゃない、イケメンなのに見た目にはこだわらずに音楽に打ち込んでいる姿ってステキ!』って、それが女にも男にもカッコよく映るわけ。あなたは、その路線で行ったらいいわ」


 いつの間にか、奏汰は、はーっと口を開けて、蓮華の話を聞いていた。


「……すごい妄想力ですね」


「ええ、ありがとう。でもね、私の見立てって、意外と当たるのよ」


 蓮華は、グラスを掲げて、にっこり笑った。

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