Ⅰ.(6)ビールの肴

「それにしても、奏汰、頑張ったなぁ! それっぽい弾き方になってきたじゃないか!」


 と、ひげづらのベーシストが低音を響かせ、上機嫌に笑う。

 店の馴染みのオヤジバンドにも鍛えられ、十から二〇、中には三〇歳以上も離れた男たちとリハーサル後、メンバーと居酒屋に行っていた。


「ありがとうございます!」


 奏汰も周りと同じく大ジョッキを掲げる。


「エレキからアコースティックは、難しかっただろ?」


「はい。フレットがないから目印がなくて最初戸惑いましたけど、なんとか。お借りしてる消音ベースの、あのの形にも驚きましたが」


 コントラバスをアコースティックベース、ウッドベースと呼ぶ。奏汰の借りた消音ベースは、コントラバスの弦を張るネックの部分と、側板を象った枠組みだけのすかすかな外観だった。ヘッドホンでも練習出来る良さとリアルな音質、持ち運びに便利であり、コンサートホールで使うミュージシャンもいる。


 笑って答えた奏汰に、豪快にビールを半分以上飲んだギタリストが続いた。


「まだ欲を言わせてもらうと、バラードん時、もうちょっとが欲しいっていうか、さわやかすぎる気がするんだ」


「ほら、ジャズだから、時々もたった方が、それらしくなるわけよ。ベースだから、テンポくずすわけにはいかないんだけどさ、ひとつひとつの音を大事にするっていうか、充分に保って、常に裏拍を意識して……って、まあ、慣れるまで難しいんだけどな」


 ベーシストが口添えした。


「俺も、皆さんと一緒に演奏してて、自分だけノリというか、なんか違うなって思ったんですけど、どうしたらいいのかよくわかんなくて……」


 奏汰が、う~ん、と唸りながら難しい顔になる。


「今、女いないだろー?」

 サックスの男が、ジョッキを持って割り込んだ。


「わかります?」

 奏汰が上目遣いになる。


「そりゃあ、わかるよ! 技術はそこそこあっても、淡々と弾いてるように聴こえるんだよ。やっぱ、が欲しいかなぁ。ミュージシャンは、いつでも恋をしていた方がいい音楽が出来るんだぞ」


「それって、関係あるんですかね?」


「あるって!」


「といって、中身が子供なのはダメだぞ。一般人でも、音楽に理解のある子ならともかく、女は、一見ものわかり良さそうでもSNSとかで『すぐに返事くれない』って言い出したり、『私と音楽とどっちが大事?』とか聞いてきたり、こうやって男同士で飲むのも気に入らなくて束縛したがる子もいるからな。そんな足引っ張るようなのに捕まったら面倒でしょうがないぞ」


「……どれも覚えがあるな」


「お前さー、イケメンな方なんだから、選べる立場にあるだろ?」


「ちゃんと見極めろよ」


「はあ。でも、そんなに都合良く、理想的な彼女なんか見つからないですよ」


「ママはどうだ? 気に入られてるみたいだし」


 奏汰がビールをこぼしそうになった。


「なっ、何言ってんですか! あの人は雇い主ですよ? 確かに、き、きれいだし、話しやすいし、相談にも乗ってくれるけど、男女としてっていうより同性みたいな感じだし……」


「ああ、ママは考え方がちょっと男っぽいからな。美人なのに気軽に話せるからモテるよな」


「ほ、ほら! ママみたいな人は外に彼氏がいるんじゃないですか? 俺なんか相手にされないですよ」


「相手がいるいないは関係ないだろ?」


「へっ!?」


「彼氏がいたとしても結婚してるわけじゃないし。結婚してても浮いた噂のあるヤツもいるし」


「たまたま客で居合わせた女性ミュージシャンが飛び入りで、一、二曲共演しただけで、バンドの一人と深い仲になったとかもよく聞くぜ」


 奏汰は、目を丸くした。


「ま、まあ、俺もPAの仕事してたから、業界のそういう話は耳にしますが……」


「だからさ、奏汰、頑張ってみろよ!」


 どん、とサックスが背を叩く。


「ちょっ、ちょっと待ってくださいよ! だいたい、俺は、ママに取り入って仕事もらおうなんて考えたくないんですから!」


「うんうん、そーか、そーか!」


「案外、脈あるかも知れないぞ?」


「ははは! まあ頑張れよ!」


「奏汰が相手にされない方に百円賭けよう!」


「じゃあ、俺は、付き合っても長続きしない方に百円! それじゃ賭けにならないか!」


 オヤジたちはゲラゲラ笑っている。


 途中から気が付いた。

 完全に、肴にされたことに。


 早く大人になりたい……


 そう思った。

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